命名
「バカじゃないのか?」
「……言うな」
カウンターに座ったバンダに対してグリムは哀れみすら感じる目を向けていた。
バンダの隣では25号が出されたオムライスを美味しそうに食べている。
全身を覆えるようなローブを見に纏っている為、顔も完全に隠す事ができる。
「お前だってその状況になったら助けるだろ」
「……否定はしない」
「じゃあ言うなよ」
「その荷物は?」
グリムが指を指した先にはバンダが持ってきたかなり大きな背嚢が一つ置かれていた。
中身はかなり詰め込まれているようだ。
「数日サイタマで身を潜めようと思ってな」
「その子を連れて?」
「サイタマ程度ならガキ1人連れててもなんとかなる」
「……詳しくは聞かないけど」
「そんでよ、一つ頼みがあるんだ」
「何?」
「人体実験を行ってる組織、について調べてくれ。出来るだけ最新の情報がいい」
一瞬グリムの目線が25号の方に向いた。
この状況で察せない人間の方が少数だろう。
少しの間、2人の視線がぶつかり合う。緊張感を感じ取ったのか、25号も手を止めて横目で2人を見ていた。
先に動いたのはグリムだった。
呆れたようにため息を吐き、額に手を当てる。
「はぁ……分かった」
「助かるよ」
「事が済んだら詳しく話してもらう」
「そりゃもう」
「あと、溜まったツケも払ってもらう」
「………………はい」
露骨にテンションの下がったバンダを横目に、25号の前に新しいオムライスを置いた。
25号は目を輝かせ、一心不乱という言葉を体現するかのようにオムライスを食べ始めた。
「おめえは幸せそうだな……ん?」
カウンターに突っ伏したまま横を見たバンダの目に写ったのは、いつの間にか10枚程も積み上げられた皿の山。
サービスで出してくれているのかと思って何も言わなかったが、それにしては量がおかしい。
「……サービス、ですよね?」
「まさか」
「……ツケ……てもらってもよろしいでしょうか……」
「びた一文まけないから」
「こころぐるしく……んぐ、おもってます」
「じゃあ食うのをやめんかい!」
真顔でそう言い放つ25号にグリムは頬を緩めた。
「名前は?」
「25号です」
「呼びにくい」
「外でそう呼ぶ訳にもいかねえしな」
「……ニコちゃん」
「あー、いいんじゃねえか? 呼びやすい」
「ニコ…ですか」
大人2人が25号の顔を見ると、うっすらと口角が上がっていた。
どうやら満更では無いようだ。
「よし、決まり。今日からニコだ」
「嬉しそう」
「と、トイレに行ってきます!」
ニコは照れ隠しか、いそいそと席を離れてトイレに向かっていった。
「かわいい」
「食う量は全く可愛くねーがな」
「……なんで、匿ってあげる気になったの?」
「……聞くのかよ」
「気になるに決まってる」
2人の間に微妙な空気が流れた。
グリムの疑問も当然の事だろう。
常連の男が突然少女を保護して連れて来たのだから。
何かしらの裏があるんじゃないかと疑ってもおかしくはない。
オマケに妙な依頼までしてきたのだから、むしろ何をしようとしているのかと疑わない方が異常だ。
「……ガキの頃の俺と被った。昔の恩人の気持ちが分かるかと思った。助手も欲しかったとこだ。あと……」
「あと?」
「目の前でボロボロのガキ見捨てる程人間辞めてねえ」
「……そう」
グリムの返答はそっけないものだったが、表情は何となく満足気に見えた。
そして、真面目な顔をしていたバンダもニヤリと笑った。
「あと、暴れられそうだろ?」
「……その悪癖治したら?」
「無理だね」
そう言うとバンダは立ち上がり、背嚢を背負った。
「行くの?」
「あいつが来たらな」
「そういえば、なんでサイタマエリアに?」
「まだ相手が分からねえから、街に潜るのはまずい。色々と状況も分かってねえから誰にも聞かれない場所でそのあたりのことも聞き出したい。あと、助手やってもらうならそれなりに技術を学んで貰わねえとな」
「怪我させちゃダメだよ」
「怪我だって経験だろ」
「可愛い子に怪我させるなんて犯罪だから」
強烈な意見のグリムとバンダがそうしてぎゃあぎゃあと言い合っているうちにニコが戻って来た。
何を言い合ってるんだろう、と言いたげな表情で。
「おう、行くか」
「えっ、もうですか?」
「外で長居はしたくねえ。追われてんだろ?」
「……もうすこし食べたかったです」
「ふざけんじゃねぇ! ただでさえツケ溜まってんのにこれ以上食われてたまるか!」
「私は大歓迎」
「うっせえアホ! ほれ、行くぞ!」
そう言うと、バンダは振り返らずに店を出て行った。
ニコは店のドアの前で振り向いてグリムにぺこりと頭を下げて出て行った。
店内に残されたグリムは重なった皿をまとめて下げ、直ぐに洗い始める。
このバーには基本的に裏の人間が客として来店する。普通に営業している為、そういった客ばかりでもないが、治安の悪い地域の為普通の客は滅多に来ない。
その為、ニコのような可愛らしい少女にご飯を食べさせるなど数年に1度あるかどうか。
なんとも気分が良かった。
鼻歌を歌いながら、洗い物の途中でボソリと呟いた。
「……ツケの計算しなきゃ」
バンダのくせにあんな可愛い子を連れているのは気に入らないから、少し増やしてやろう。