隊長
バンダが隠し通路から出ると、部屋の隅でニコは体操座りをして泣いていた。
「おう、帰るぞ」
「……あいつは」
「しょんべんもらして動けなくなってる。そうしないうちに報いを受けるだろうよ」
「これで、よかったんでしょうか……」
「知らねーよ」
バンダはばっさりと切り捨てた。
ニコが睨みつけるように顔を上げる。
「そいつが死んだ時点で復讐してほしいかなんて誰にも分からねーし、自己満足でしかねーよ」
「……」
「ただよ、そいつが身を張って助けてくれたのはお前に生きてまともに暮らしてほしいからだろ?」
「………………」
「じゃあこれでいいじゃねえか。少なくともお前を脅かす最大の脅威は消えたわけだ」
「こんなことしたって……」
「うだうだうるせえな。ムカついてたからぶっ飛ばした。それでいいんだよ」
「…………」
「お前が生きてればそれだけでその人が生きてた証になるだろ。違うか?」
「いえ……」
「割り切って生きていくしかねえんだ。誰だってよ」
そう言うと、バンダはニコの手を取って引っ張り上げた。
無理矢理立ち上がらせると、背中に手をまわして軽く抱きしめた。
「まだ子供なのに、よく頑張った。よく殺さなかったな」
そう言って軽く頭を撫でるとすぐに離れる。
ニコは嗚咽を上げながらゆっくりと座り込んだ。
バンダは煙草に火をつけ、少し離れた場所で彼女が泣き止むのを待っていた。
五分ほど経っただろうか。
赤くなった目元をごしごしと擦って少女は立ち上がった。
「気は済んだか」
「……あの人が望んでなかったとしても、私は敵を討てた事を誇らしく思います」
「よし、じゃあ行くか」
そうして二人は所長室を後にした。
「その『くだらねえ正義感と自己満足』ってのは強く生きてく為には絶対に必要なもんだ。忘れるな」
最後にそうバンダが言い放った。
それに頷くニコの目はもう庇護を受けるか弱い少女ではなく、力強い人間の瞳だ。
二人はゆっくりと通路を歩く。
言葉は交わさない。
この数日間の出来事を思い返していた。
そしてこれからのことを考えていた。
「……ここを出たら」
「ん?」
「私はどうすればいいんでしょうか」
「……」
「恩返ししようにも、どうすればいいか分かりません」
「いらねえよ」
「そういうわけにはいきません! それに……恩返しは私の自己満足のためです」
その言葉にバンダは面食らったような顔をした後、大きく笑った。
そしてニコの頭をがしがしと荒く撫でた。
「いいんだよ! あのボケから金は取ったし、面白いものも見れた。充分だ」
ニコは納得していない様子だったが、そのまま黙って頭を撫でられていた。
だがそれ以上食い下がることもしなかった。
何を言っても認めないであろうことを分かっていたからだ。
当然バンダもこれ以上ニコに何かを背負わせたり、しがらみを作らせる気は一切無かった。
二人が騎士と戦った場所に近づくと、何やら慌ただしい声が聞こえてくる。
「もう来てたのか」
騎士と戦ったロビーのような部屋に出ると、武装した複数の人間が動き回っていた。
彼らは地に伏せていた施設の警備兵を拘束し外へと連れ出している。
「これは……?」
「エリアJ特殊治安部隊。通称ASSF。簡単に言えばケーサツだな」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「ああそうか、おめえ寝てたか。事前に連絡して事情もある程度説明してあるから大丈夫だ」
そう言うバンダは悪い顔をしていた。
それ以上聞かない方が良い気がしてニコは顔を背けた。
するとこちらに向かって歩いてくる者と目が合った。
他の隊員はフルフェイスのヘルメットを被っているが、その人物はヘルメットを外して小脇に抱えている。
長い黒髪をなびかせ、切れ長な黒い瞳をした美人だ。装備のせいで体型は分かりにくいが細身であることは僅かに感じ取れる。
少し妙なのは、そのおしとやかそうな見た目とは合わないずかずかとした大股歩きという事だろうか。
「おう! 派手にやったな! だははははは!」
その艶やかな口から唐突に放たれた全く品のない物言いにニコは目を丸くした。
バンダは呆れたようにため息を吐いて頭に手を当てる。
「……相変わらずだな、ピース」
「てめえもな! ……と言いてぇところだが……」
ピースと呼ばれた女性がちらりとニコに視線を落とす。
「そういう趣味に目覚めたのは知らなかった」
「バカ言ってんじゃねえ。はぁ……ニコ、こいつはピース。ASSFの隊長で、女の皮を被ったオッサンだ」
「だはははは! 間違っちゃいねえ! よろしくな、カワイイ嬢ちゃん!」
その外見と綺麗な声からは想像もつかないような口調にニコは未だ追いつけていないようで、頭の上に読み込みマークが出ているかのような表情を浮かべていた。
ピースがニコの頭を撫でている間、バンダは室内の状況に目を配らせる。
騎士が持っていた剣や落ちていた鎧は見られない。当然、本人の姿も。
「おい」
「カワイイなぁ!」
「ちょっ、やめてください!」
「いいじゃねえかちょっとくらい、癒しをくれよぉ」
「おい、ピース」
「なんだよ」
「剣は落ちてたか?」
「剣だぁ? 知らねーな」
この女はくだらない嘘をつくような人間ではない。
深い付き合いではないが、それなりに顔を合わせてきた間柄だ。そのくらいなら知っている。
つまり、騎士はあの状態から回復して自力で逃げたことになる。
次は敵として会うか味方として会うかは分からない。
つながりかけている左手をさすりながら、敵ではないようになるを祈っていた。




