7話 人間誰しも心に闇の炎を抱えていたりする
「単刀直入に言います。私と碧唯さんは入れ替わってるみたいです」
先の現実すら受け入れられていない俺に向かって理不尽にも投げつけられた新たな爆弾。最悪のスタートを切った学園生活に始まり、箱から出てきた謎の少女、そして入れ替わり。
正直な話、既にパンク状態の俺の脳では処理が追いついていない。
結果、俺にできたのは精々乾いた笑いにすらならない声を漏らすことくらいだった。
当然だろう、漫画やゲームの話ならともかくこれは紛れもなく、俺自身に直接降りかかっている現実なのだから。一介の男子高校生が平静を保つには荷が重すぎる事案だ。
呆然と立ち尽くす俺とは逆に男子生徒もといアリスは思案顔で端末を操作しながらゆっくりと口を開いた。
「もしかすると何かご存じなのではとも思いましたが……反応からしてそれはなさそうですね」
「ああ、すまんが全く、これっぽっちもわからん」
考えることを放棄したわけではないが、現状何も理解できていないのは事実なので、ひとまず頭を下げておく。
対してアリスは慈愛に満ちた表情で被りを振った。
「いえいえ、謝らなくてもいいんです。最初から碧唯さんにさして期待などしてませんし。それに超高性能AIの私にすら理解に苦しむ事象なのですから、人の子になんとかできるはずもないです」
「なんだよそれ」
余程メンタルが強いのか、頭が残念なことになっているのか、もしくはその両方なのか判断はつかないが、事ここに至ってもアリスにとってそのキャラ付けは重要らしい。
それにしても他の連中の前でもこんな感じなのだろうか。他人事ながら少し心配になってくる。
あまり触れてはいけないのかもしれないが、入学したばかりの人間関係が固まってきていない今だからこそ伝えてやるべきだ。それに彼女がクラスで孤立するようなことになるよりかは幾分かマシだろう。
「一つ聞きたいことがあるんだが……昨日もシンギュラリティがどうとか言ってたけど、最近はそういうのが流行ってんのか?」
「はい?」
「いや、俺らも高校生になるんだしそういうのはもう卒業したほうがいいかなーっていうか……」
刺激しないよう、回りくどく、遠回りして言葉を選ぶ。
反応やいかにと窺っていると、アリスはしばらく考え込み、ハッと何かに気づいた表情を見せた後、声にならない声を漏らしながらわなわなと震え始めた。
「あのー、アリスさん?」
「……私は”厨二病”じゃありません!」
厨二病――俺も通った道だからわかる。思春期特有の奇病。今となっては懐かしさすら覚える。自分はどこか他人とは違う特別な人間じゃないのかと思ってしまうあれだ。
でも悲しいかな、現実は非常なのだ。実は王家の生まれだっただとか、ある日異能の力に目覚めるだとか、そんなものは実際には起こりえないのだ。
デリケートな問題ゆえ、その直接的すぎるワードは避けていたのだが、とにかく彼女には俺の言わんとしていたことが伝わったらしい。
きっと受け入れがたい事実なのだろう。アリスは否定するように腕をブンブンと上下忙しなくに振り回して足のほうでは軽く地団太を踏んでいた。
アリスの設定では俺は双子の兄らしい。ならばこちらが大人な対応をしてやってもお節介にはならないだろう。
「わかったわかった、俺の前だけなら好きにしてくれていいからさ。ま、ほどほどにな」
「どうして我儘な子供を見守る親みたいな目でこっちを見てくるん……はっ、もしかしなくても昨日からずっと私のこと。「さっさと病院行けよ。ま、薬じゃ治んねーけどな(笑)」なんて思ってたんじゃないですか?」
「俺のことなんだと思ってる? そこまでは言ってねぇだろ」
「嘘です! 道理で反応が薄いかったんですね。普通、私みたいな可愛くて何でもできる上に可愛い子が突然目の前に現れたら、跳んで喜んで夜はベッドでゴロゴロ悶えるに違いありませんから」
「自己評価が高すぎて怖ぇよ。ってかやっぱり俺のことなんだと思ってんだよ」
確かに可愛いというのは否定しない。だとしても、唐突にやって来てドアを破壊した挙句、部屋に押し入り、家主に飯まで提供させただけのやつに、何でもできるっていう評価には流石に無理がありすぎる。
俺だって母親の手紙がなければ質の悪いストーカーとして警察に突き出していたかもしれない。
とはいえここまで堂々とされると物の一つぐらい試したくなってきた。
「何でもって言うならとりあえずこの状況をさくっとどうにかしてくれよ。超高性能AI様ならハッキング? なりなんなりすればなんとかなるんじゃないか」
「……ハッキング?」
「いや、別に俺も詳しいわけじゃないからわからないけどさ。こっちの世界で起きてることなら、それで解決したりするんじゃねえの?」
「盲点でした。試してみます」
言って、アリスは自身の端末を手に持ち、それにもう一方の手をかざす。やけにらしい動作に思わず息を飲んでしまう。
これは期待できるのではと思ったのもつかの間、彼女は数秒もしないうちに一つ溜息を漏らした。
「ダメです」
「え、何かした? こう、なんかこっからカッコいい感じになったりとかは?」
「しません」
「しないのか……でどうだったんだ?」
「簡単な話、碧唯さんと私の内部データが格納されている座標を入れ替えてしまうだけ……なんですけど。それ以前にアクセスが厳重に制限されてるみたいで。昨日まで出入り自由って感じだったはずなのに」
俺にも理解できるように説明してくれているのか、完全にとは言わなくとも大体の内容は理解できた。
けど、今時分、大抵のものは他人のアクセスを制限しているほうが当たり前じゃないだろうか。
「で、その制限ってのは解除できたりしないものなのか?」
「できますよ。そこで数年待っててくれれば。私は構いませんけど」
「つまり八方塞がりってわけか」
再度、神妙な面持ちで端末を弄っている彼女を見ていると、内ポケットに突っ込んでいた端末が短く振動した。
確認してみるとそこにあったのは見知った名前。いや、見知ったなんてのは他人行儀なのかもしれない。
「出なくていいんですか?」
硬直したままの俺を不思議に思ったのだろう。覗き込もうとしてくるアリスを手で制して『応答』の表示に指を運ぶ。
「あー、もしもし。久しぶりだな母さん」
最後に話したのはいつだっただろうか。丸一年会ってなかったなんてことはなかった気もするが、特に俺のほうから話すことも――いや、あった。
「あ、お母さんじゃないですか」
顔を上げれば、向こうから見えているわけでもないのにアリスは手をひらひらと振っていた。
前回の更新から少し時間が空いてしまいました
申し訳ないです
ここまでお付き合いくださってる方、ありがとうございます。