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6話 こんなに可愛い子が女の子のはずがない




 誰かが言うに、無重力空間では上下左右の感覚がなくなるそうだ。詳しいことまでは説明できないが、認識と感覚にズレが生じることで脳が混乱を起こすとかなんとからしい。

 

 言うなればこれは乗り物酔いに似た状態で――

 

「……吐きそう」


 昨日は何ともなかったはずだが、俺は絶賛グロッキーな状態だった。

 眩暈、それに頭痛もひどい。なにもそんなところまでリアルに再現する必要はないだろうに。

 

 リアルと言えば俺が今いる場所もそうだ。

 気分が悪くなって条件反射的にトイレに駆け込んだものの、実際に使えるのだろうか。ほんの少しだけ好奇心に負けそうになる。

 

「……何考えてんだ俺は」

 

 ありのままの姿の俺を映し出してくれている鏡のおかげでようやく酔いも覚めてきた。

 

 蛇口を捻り、両手で水を煽ればひんやりとした感覚に少しずつ思考がはっきりとしてきた。全身を捉えようと鏡から二、三歩距離を取る。

 

「しかし、まぁ、あれだな……」

 

 端正な顔立ちに、艶やかな茅色の髪。身長はそこまで高いわけでもなく、同年代の女子の平均程度といったところ。しかしながら出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいて。不自然すぎる程に整った容姿はやはり自分とは思えない。

 

 枯れるにはまだ早いなどと大五郎はよく俺に苦言を呈してくるが、まったくもって余計なお世話である。

 別に興味がないわけじゃない。実家は孤立無援の女性社会だし、異性に対しての免疫はあるほうだと思う。ただ中身も知らずに、可愛いだの付き合ってみたいだのと、本能に素直に従って恋愛をするのに抵抗があるだけなのだ。

 

 い、いかん。危うく自分に見惚れてしまうところだった。

 

 誰に咎められることをしているわけでもないが、ふと人目が気になり入口のほうに視線を遣るとちょうど二人の男子生徒が入ってきた。うち一人が青ざめた顔をしているのを見るに、俺と同じ用事なのだろう。


「あ、悪い。ちょうど出るところだから」

「……へ……へ……」

「――?」

「変態だー」


 いきなり聞こえてきた言葉に振り返ってみるも、そこは何の変哲もないただの男子トイレ。そう男子トイレ……全くもって失念していた。これじゃあ、完全に痴女じゃないか。


「ちっ、ちがうんだー」


 美少女×男子トイレなんていう混ぜるな危険としか言えない光景をまざまざと見せつけられた彼は俺の弁明を待たずに一目散に走って行ってしまった。

 

 一方で彼を介抱していたもう一人の男子生徒は何を言うでもなく爽やかな笑顔を向けてくる。

 

(そこまで堂々とされると逆に怖いんですけど……)

 

 何を期待されているのか知らないが、この状況にさして高尚な理由なんてものはない。

 

 ここで大喜利。

 女の子が男子トイレで鏡を見ながら悦に浸っています。何故でしょう?

 

「えーと、友達とかくれんぼしてた? みたいな?」

「確かに。ここなら絶対に見つからないですしね」

「そ、そうなんだよ。じゃあごゆっくりー」

 

 何よりもまず、と足早に彼の横を通り抜けようとする。

 が、出口まであと一歩というところでそれも許されなかった。

 

「なぁ、冗談きついぞ。とりあえず手離せ」

「そっけないですね。折角ですし、もう少し話でもしていきませんか?」

「ほら、こんなん見られたらお前も困るだろ。それにもうすぐ授業だし……」


 焦る俺の意思に反して、軽々と向き直らされ今度は両肩を掴まれてしまった。

 

 いくら力を入れても引き剝がせない。感覚からして力は正常に伝わっているように思える。おかしいのは相手のほうだ。あり得ない大きさの岩でも引っ張らされているとでも言えばいいのだろうか。


 同時に午後の授業の開始を知らせるアナウンスが響いた。鳴り終わると冷淡で機械のように張り付いた笑みを浮かべた顔をこちらに寄せてくる。

 

「私、さっき言いましたよね…………ここなら絶対に見つからないって」

「は、早まるな。それに俺は男だ。お前だって男とよろしくやろうなんて悪趣味なやつじゃないだろ」


 一か八かとそう告げると、男はふむと考え込むような姿勢を見せた。

 一瞬でも隙を見せてくれればもしくはと画策していたが、相変わらず身動き一つとれない。裁判の結果を待つような緊張感に全身が脂汗でべったりと濡れているのがわかる。

 

「ま、これも一つの経験というやつですね。碧唯兄さんもちょっとは気になってたんでしょ……あ」

「……おい」


 尋常じゃない力の持ち主で人の話を聞かなくて極めつけに俺のことを兄と呼んでくる人物。そんなやつはこの世に一人しかいない。

 

「昨日の晩飯は?」

「カレ……さ、鯖の味噌煮」

「アリスじゃねぇか! なんだよその渋いチョイス!」

「すいません。冗談が過ぎました。碧唯さんの反応を見てるとつい楽しくなってしまって」

 たった今までそこにあったはずの張りつめた空気が一気に吹っ飛んでしまった。

 しかし、にわかには信じられないというかこうなってしまっては信じる他ないのだが、この青年がアリスだという。


「どういうことだ?」

「話の前に生徒証、確認してもらってもいいですか? 私のを見せてもご理解いただけるとは思うのですけど。他人には見せられないみたいなので」

「生徒証? それなら昨日も見たぞ」

「お願いします」


 少年――いや、少女の視線は真っ直ぐだった。けれど、そこに入り混じっているのは不安と疑心。

 それを感じ取れたからこそ、何も言わず彼女の頼みを聞いてやる。

 

『天草アリス 1-A所属 所有貢献ポイント10』


「なんだこれ……」


 天草碧唯と表記のあったはずの場所にその名はなく、その下には――


『シンギュラリティに至るまで99ポイント』


 幸か不幸か、もう酔いは醒めてしまっていた。

ここまで読んでくださった方、ありがたいことにブクマ、評価、感想等くださった方感謝です。

それと少し時間があいてしまい、申し訳ありません。

次回以降もお待ちいただけると幸いです。

あと、時々活動報告のほうも更新させていただいておりますので、そちらも暇なときにでも。

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