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5話 妹が欲しいって? いやいや実際には年が近い妹なんてのは以下略


 翌朝。

 

「ただいま、ご紹介に預かりました、天草アリスです。一身上の都合により皆様と同じ、鏡瀬学園に籍を置くこととなりました。至らぬ点は多いとは思いますが、以後お見知りおきを」


 目下俺の頭を悩ませている残念系美少女は、城崎先生から急遽決まった転校生として紹介されペコリと頭を下げていた。

 

 昨日から引っかかってはいたが、キャラがブレブレだ。まだまだ作り込みが甘いのかもしれない。

 ところでしばらくはこの清楚系箱入り娘的な路線で行く腹づもりなのだろうか。


「はーい拍手。みんな仲良くしてあげてねー」

 

 憂鬱。窓際の一番後ろの席――本来であれば当たりといえるポジションだが、ここ今日に至っては逆に疎外感すら覚える。ここはなんて肩身の狭い空間なのだろう。

 

 努めて無関係な風を装って、窓の外、景色を眺めてみれば、本日も晴天なり。俺の心中を嘲笑うかのような春の陽気にこのまま眠ってしまいたい気分になってくる。

 

 しかし、まぁ、二日目にして転校生とは。俺自身は昨日から立て続けに起こっている諸々の事件のせいで麻痺しているのだろう。ここにきて特に驚くこともなかったが、普通に考えれば誰しもおかしな話だと思うはずだ。

 

 果たして連中の反応はいかに――と。

 

『――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

 同時に湧き上がる俺を除いた男子たちの歓喜の声が俺の疑問を粉砕した。一人混じっているというか、輪の中心で両手で涙ながらにガッツポーズを決めている女子もいるが、気にしないことにしておこう。

 

 それに何も知らなければ、特Sクラスの美少女。あそこに加わるっている自分は想像したくはないとしても、少しばかりは心を躍らせていただろう。

 

「それじゃあ、質問ターイム! アリスちゃんは彼氏とかっていたりする?」


 いかにも陽キャといった雰囲気の男子が、これまたいかにもな質問を投げかけた。

 途端、男子たちの間に緊張感が走る。するとアリスは不躾な問いに不機嫌になるでもなく、ふわっと表情を緩ませた。

 

「……残念ながら、そういった特定の異性というのは今はいません。強いてあげるなら一緒に住んでる双子の兄がいます。それぐらいでしょうか」

 

(こっちを見るな。こっちを)

 

 悟られまいと、内心必死に顔を逸らす。

 

「……なんだと」

「妹属性、俺お兄ちゃんかもしれない」

「先生、早退してもいいですか? 俺、お兄さんに挨拶に行く準備があるので」

「神に感謝……」



 アホな男子たちはこの際放っておいても大丈夫だろう。

 が、女子のほうはそういうわけにもいかず――


「双子? 天草さんって言ったよね?」

「え? それってもしかして」

 

 まずい、そう思ったときには既に遅く、それまでアリスに向けられていた好奇の眼差しが瞬く間に俺に集中する。

 

「あのー、皆さんどうしました? そんなに怖い顔をして」

「…………」

「先生! 私は兄さんの隣の席を所望します」

「いや、待て待て。俺じゃない」


 咄嗟、脳内に『逃げる』という選択肢が浮かび上がる。俺は迷うことなくそれを選択した。

 

 しかし、まわりこまれてしまった!

 

 

 

 

「なに、お前柊奈(ひな)ちゃん意外に妹っていたっけ」


 柊奈というのは現在小学5年生の俺の妹だ。一概に妹とは言ってもこちらは本物である。

 

 あの後、始業のチャイムのおかげで暴徒と化した男子たちから、辛うじて逃げ切った俺だが、今なお突き刺さるような視線が痛い。

 

 そんな俺とは対照的にアリスは二日目の転校生なのにも関わらず、しっかり転校生扱い。隣に目を向けると昼休憩こそと女子たちに質問攻めにあっている。


「いない……はずだ」

「なんだそれ」

「俺にもわからん」


 机を挟んで反対側、中学からの悪友である衣川大五郎(きぬがわだいごろう)は俺が机に伏しているのを見てケタケタと笑っている。

 

「にしても大五郎も鏡瀬に受かってたんだな」

「おう。これも俺の普段の行いの賜物だな。って、その名前で呼ぶなって言ってるだろ!」


 大五郎、曰く祖父に付けられた名前らしい。俺は男らしくてかっこいいと思うのだが、当の本人は「なんか古臭くて嫌だ」とのことだ。


「で、これは至って真面目な話なんだけどよ……お兄さん、僕にアリスさんをください!」

「大五郎君。顔を上げたまえ」

「お、お兄さん……」

「……ダメだ」

「やっぱダメかぁ。てかさっきから絶対わざと名前呼んでるよな?」


 中学時代は毎日当たり前のようにやっていたやり取りだ。たった数か月ぶりのことだが、今の俺にはその当たり前が身に染みた。

 

 極めて浅いノスタルジーに浸っていると、今度は別の来客が俺たちの間に割って入ってくる。

 

「あんたら、高校に入ってもなんにも変わらないのね」

「そういうお前もな」

「お前って、あたしには穂波日葵(ほなみひまり)っていう立派な名前があるんですけど」

「痴話喧嘩か? もしかして俺邪魔?」

「ちげぇよ!」


 ――穂波日葵と俺はいわゆる幼馴染というやつだ。たしか高校はどこぞの女子校に行くつもりだと聞かされていたはずだが、直前で気でも変わったのだろうか。

 

 俺と穂波が些細なことで言い合って、その間で大五郎がそれを茶化す、これまた日常といった光景だった。


「そうだ。こんな話をしに来たんじゃなかったの。碧唯、あの子誰なの? あたしあんたの双子の妹なんて、見たことも聞いたこともないんだけど」

「ああ、俺もだ」

「……意味わかんない。碧唯、なんか隠してたりしない?」


 問い詰めながらもどこか心配そうな顔をする穂波に心が痛むが、本当に何も答えられることがない。ツンツンしてるけど悪い奴じゃないんだよな。

 

「……すまん。ちょっと今俺のほうも色々と整理している最中でな」

「ま、、まぁいいわ。その代わり何か分かったら必ず教えること! いいわね」

「善処するよ」


 完全に納得したわけではないだろうが、このあたりで引き下がってくれるところが穂波らしい。

 

「あーあ。昨日の女の子はカッコよかったな。碧唯なんかとは違って」

「なんかとはなんだ。それより昨日のって?」

「ああいうのってカツアゲって言うんだっけ? 昨日、あたしたちと同じ新入生が男の人に囲まれてて」

「あー、俺も見てたわ」

「衣川。あんたも見てたなら何とかすればよかったじゃない」

「いや、無理無理」


 ……なるほど。大層、身に覚えのある話だった。

 

「あたしは怖くて通報しかできなかったんだけど、その子はそいつらにガツンと言ってて――」

「あー、それは惚れるわ」

「ウン。ソウダネ」

「……って碧唯? もしかして知ってる子? なら紹介してくれない? 友達になってみたくって」

「あー、うん。わかったわかった」


 と、昼休憩の終わりを告げるチャイム、その予鈴がなった。

 予定では午後からミラー・ワールド内での初めてのカリキュラムが組まれている。


 一体どう説明したものかと色々考えてはみたが、こいつらとは何もなければ三年間一緒に生活することになる。であれば、件の少女が俺だと隠しきれるはずもない。


 百聞は一見に如かず、つまりそういうことなのだろう。

 

 先に出て行った二人を追う形でターミナルルームに向かうのだった。

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