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佳話でありますように  作者: クレオメ
9/11

第八話「光、輝く」

 明くる朝、ぼくは徹夜したことによってハイになっていた。これまでの人生で手紙を書こうと思い立ったことはあっても書き終えた試しはなく、なんだかよくわからない達成感もあってか全く眠くなかった。




 依然、日が昇ってからはうだるような暑い日々が続いており、その朝も蝉の声が街中の目覚まし時計として高らかに響いてはいたが、ぼくのうじうじした思いが満ち満ちている部屋に吹き込んだ風はどこか夏の終りを教えてくれるかのように心地よく感じられた。




 ぼくの書いた手紙は終ぞ便箋六枚に及んでいた。家には縦書き、横書きのどちらの便箋もあったが、書いてみると綺麗に見えたというもっともな理由から夜中の自分は縦書きを選んでいた。




 手紙というものは例に漏れず、改めて読み返すと自分が編み出したものとは思えないほどに恥ずかしい言葉たちが並んでいる。しかし、そう感じるにはまだ書き終えてからの時間がさほど経っていなかった。




 だからぼくは一度眠って頭を冷静にしよう、そう思った。そうやって最大限、客観的に評価したものでないと届けてはいけない。そう決めて目を閉じるとすぐに身体が真ん中から温かくなり、不思議なふわふわとした感覚に襲われて次の瞬間、この世界からぼくはいなくなった。






 夢をみていた。






 ぼくは真夜中にいつもの公園にいた。




 「さとるさん。猫ちゃん、いましたよ」




 生い茂る木々の向こう側からぼくの名前を呼ぶ彼女の声が聞こえ、ぼくは引き寄せられるようにゆっくりと彼女の方に歩を進めた。彼女はしゃがみこんで一匹の子猫とじゃれ合っていた。子猫は彼女に信頼の証としておなかを見せてくつろいでいた。首輪はしていなかったが、一本一本の白毛が乱れることなく整っており、時折外灯の光を反射するほどに光沢のある綺羅びやかな猫だった。




 ぼくが近づくと、今まで彼女と甘い時間を過ごしていたことの余韻に微塵たりとも浸ることなく、暗闇に走り去っていった。




 「あーあ、せっかく懐いてくれていたのに。これは理さんのせいだな。うん、絶対そうだ。お詫びにここで踊ってちょうだい」




 彼女は意地悪くぼくの顔を見て笑いながら、敬語を使うことなくぼくに罰を科してきた。ぼくは、踊ったことなんてない、それに今は脚が痛いから代わりに踊ってほしいとよくわからない言い訳を伝えると、彼女は




 「もう、しょうがないなあ。目に焼き付けておくんだよ」




と満更でもない様子で立ち上がった。




 そこがまるでステージであるかのように颯爽と公園の真ん中に進んだ。どんな踊りを見せてくれるのだろうと、夢の中にして、ぼくは胸を高鳴らせていた。そのとき突然ぼくの背中のほうの茂みからガサガサと音が聞こえ、さっきの子猫が姿を見せたかと思いきやたちまちぼくのつま先をかすめて駆けていった。ぼくの視線が、走り去る白猫の尻尾を捉え、尻尾だけ茶色だったんかあ、気づかなかったなあなんてぼんやりと考えていると彼女がぼくの名前を呼んだ。




 「理さん」




 夢の中で我に返り、振り向いたその先で彼女は、子猫にも勝るとも劣らない純白のワンピースをふわりとなびかせてくるりと一回転した。




 その数秒は数分にも数時間にも感じられた。公園の外灯も、遠くに立ち並ぶマンションの部屋から漏れる明かりも、ぼくたちを頭上から照らす月明かりも、この夜に存在するすべての光が彼女を輝かせていた。夢の中の光景だろうが、ぼくはその彼女の姿を一生涯忘れられないだろうと信じて疑わなかった。






 どれくらい眠りについていたのだろう。開けっ放しの窓から差す陽光の眩しさに目がくらんだ。そうして閉じた瞼の裏には今しがたの彼女の姿が焼き付いたままだった。このままでいい、そう自分に言い聞かせるようにつぶやきながらぼくはその手紙をかばんにそっとしまい、「本当にありがとう」という彼女の言葉で終わっている会話に文字を打ち込んだ。




       ***




 彼女から返信はなかった。そうでなくとも待ち合わせの場所に彼女が来ないことは分かっていた。それでも少なくともただ待つという行為そのものが、自分の気持ちを落ち着けてくれていることは確かだった。




 その公園の駐車場はいつもと変わらず、一台が出れば一台が入るような状況だった。それでも時間が経つにつれて向かいの車が出ていき、隣の車も大きなエンジン音を鳴らしながら荒々しく消えていった。残すはぼくの車ともう一台、いかにも値が張りそうな黒光りする大きな外車だけだった。




 この車が出ていったらぼくも終わりにしよう、そんなことを考えていた矢先、駐車場の入口に一台のタクシーが止まった。少しずつ心臓の鼓動がはやくなったのが分かった。後部座席のドアが開き、薄く青みがかったデニムをはいた女性が降りた。見間違えるわけがなかった。




 彼女だった。

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