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恋情フォルテッシモ

私が、私の中の暖かくてふわふわして、たまにチクチクするものに『恋』という名前をつけたきっかけは本当に何気ないことだった。


「「おはよ」」

「あっ」

「被ったな」

「本当だね」


ただ、いつもの挨拶で彼と声が重なっただけ。これだけで、私の中のふわふわが微かにきゅんと弾けて。

私は、今この時が幸せなんだと気づいた。そして、その理由を『恋』と呼んだ。


そこからは、色々と大変だった。楽しかったけど。

『いい、我が妹。昔の人は風林火山を戦いの心構えとしたが、十代の恋愛の極意は風風火火よ』とは、姉の言葉だ。要するに攻めろということらしい。

これまで自分から男の人にアプローチをしたことがない私は、この時ばかりは素直にそのアドバイスに従って、姉には鼻で嗤われることもあったけど、それはもう頑張ったのだ。

幸運なことに、彼と私には、共通の趣味があったのでそこを突破口にした。

好きなアーティストのアルバムが出れば、直ぐに彼にSNSで連絡をして。毎日学校で顔を合わせるけどそれとは別に、連日だらだらとアーティスト絡みの話題から、関係のない雑談に繋げて。

お陰さまで、彼が好きなことを先回りして当てたり、嫌いなことを察知したり、みたいなことができるようになった。嬉しい。


しかし、二次元、三次元共に百戦錬磨のお姉ちゃんからすれば、すさまじく遅い歩みだったそうだ。


「で、告白は?」

「も、もうちょい……」

「あんた、そのまま卒業するつもり?」


はい、このまま卒業してしまいました。理由なんて、一つしかない。

どれだけ、私自身の心のなかにあるはずであろう勇気を精査しても、一欠片も見当たらなかったのだ。


だから。

高校卒業後も繋がりが途絶えることもなく、先日のライブの後に彼から告白されたということが、私にとってどれほど嬉しいことだったのかということは、察して貰えたと思う。


分かりやすくいえば、今の私はめちゃくちゃ浮かれている。


夕方にもなれば太陽が沈み気温も下がるはずなんだけど、夏という季節に関してはそんなことお構いなしに気温も高いままだ。そして、まだまだ明るい。

私はというと、今晩のために新調した浴衣を前にして唸っていた。


「絶対……あっつい……」


快適に過ごすために極力布を薄くしたりと工夫をこらされているはずのそれは、現代の環境には適応できない衣服になってしまっている。


「どうしよう……でも、せっかくだし……」


今日はここらで一番大きいお祭りの日であり、なにを隠そう私と彼はデートをするのだ。出不精である彼を引っ張り出せたのは、彼も私とのデートを楽しみにしているから、なんて考えても自惚れではないはずだ。


「(我が妹よ……聞こえますか……あんた熱中症になるわよ……)」

「お姉ちゃん!?」


なんで扉の外にいる筈なのに、私の行動を読みきれるんだ。そして、わざわざ「丸カッコ」って口にして読む意味がわからない。

私は、自室の扉を開いてお姉ちゃんを招き入れる。


「良い?浴衣なんてものは夏場に着るもんじゃないのよ。どうしても浴衣が諦められないんだったら、秋頃に浴衣デートにいきなさい」

「いや……でも……せっかくの花火なんだし……」

「これは友達の話なんだけどね……」


あっ、これ絶対本人の経験談だ。


「その日は記録的な猛暑だったの……そしてその友人は浴衣で電車に乗って遠くで開かれるお祭りに行ったのよ……その帰り道…………」


おどおどろしい雰囲気を出そうとお姉ちゃんは声を震わせている。正直さっさと結論を言ってほしい。


「なんと電車は大混雑…………足は慣れない草履で水ぶくれ…………」

「ひぃぃぃぃ!」


めっちゃ痛いやつ!


「私とカレじゃなきゃ乗り越えられなかったわね…………」

「結局お姉ちゃんの惚気話じゃん」


知ってたけど。


「ま、そういう訳で悪いことは言わないからここはお姉さまのアドバイスに従っときなさい。ちゃんと、コーディネートも手伝ってあげるから」

「はい…………お願いします…………」


結局、メイクも手伝ってもらった。


ざわざわと、人々が発する音が大きい。

いつもは人気も閑散としてるこの道も、お祭りということも相まって独特の熱気があった。

金魚すくい。ベビーカステラ。タピオカ。

うん、まさに夏祭りって感じだ。

私は、そんな空気から一歩離れて、スマホのインカメを覗き込んでいた。


「変、じゃないよね」


普段の私が自分では選ぶことのない、服と、お化粧。お姉ちゃん曰く、『あんたはこれくらいする方が映えるの!』らしい。疑っている訳じゃないけど、落ち着かない。


「うん、可愛いよ」

「そ、そう…………え?」


え?


「遅くなってごめん」

「いや、私の方が早く来すぎただけだから…………」


え?

ずっと見られてた?

私の質問には答えずに、行こっか、と彼は言って私の手を引いた。

君そんなスマートなことできる人でしたっけ!?


彼から伝わる温度は、夏の気温に負けないくらいに暑くて。

心地よかった。

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