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第06話 その抱擁に驚然と(2)

 ――そうか、そういうことか。


 ハンスは彼女のどこか幼い雰囲気にようやく合点がいって、内心でうなずいた。その期間に個体差はあるが、人形(プッぺ)は肉体の強度が安定するまでの数年間、培養液の中で育成される。言われてみれば四番(フィア)の運用訓練が始まったのは、ハンスが見習いに入った直後のことだったのである。


 培養液の外に出てからまだ十年ほど、それも育った場所は軍などという特殊な環境下だ。つまり情緒の成長がいびつな可能性を考えると、彼女の外見年齢と中身のイメージにギャップがあるのも、うなずけることだった。


「七歳で外に出たって……何だか大変だったんだねぇ……」


 病気療養か何かで訳アリだったのだろうと考えたイルマは、『つまりこの娘は十七歳なのだ』と、とりあえず自分を納得させることにしたようだった。


「ううん、お父さんが全部準備してくれてたから」


「父? ……ああ、ベルツ博士のことか」


 ――そういや軍のウワサで、聞いたことがあるな。博士は人形たちに自らを『お父さん』と呼ばせている、と。


 ──聞いたときは人造人間(ホムンクルス)相手に何とも悪趣味だと思ったが、今の口調のフィアが言ったら違和感ないから笑えるな。


 しかしそんな中身は子供みたいな『人形』がこんなところで行き倒れているなど、一体どうしたのだろうか。そう疑問を抱いたハンスは、彼女の今後の予定を確認しようと口を開いた。


「そういや、休暇はいつまでなんだ?」


「休暇?」


「ここへは休みを取って来たんだろ?」


「ううん……」


「まさか、脱走したのか!?」


「……うん」


 うなずくフィアを見て、ハンスは内心頭を抱えた。


「今晩はここに泊めてもらうとして、明日からはどうするつもりだったんだ?」


「明日……どうしよう」


 困ったように眉尻を下げるフィアを見て、ハンスは思わずため息をつく。


「そもそも何が目的で、脱走なんてしたんだ」


「ハンスに、会いたくて……?」


 ――もっとマシな言い訳があるだろ……。


 ハンスは軽い頭痛を覚えて、額に手を当てた。


 ――こいつは一体、俺にどうしろって言うんだ。


「そういやあんた、金はあるのか? もし無いのなら、いくらか貸してやるが」


「お金……」


 それだけ呟くと、フィアは押し黙る。


 ――行き倒れていたくらいだからな。やはり持ち出すのを忘れていたんだろう。仕方ない、少しくらい工面(くめん)してやるか……。


 だが彼女の答えは、そんなハンスの予想の斜め上を行くものだった。


「使ったことない……」


 ぽつりと爆弾発言するフィアに、これまで会話に付いて行けず黙っていたイルマが、本日何度めかの驚愕に目を見開いた。


「使ったことないって、お金をかい!?」


「うん。……自分でお金使うようなとこ、行ったことなかったから」


「よくそれで、ここまでたどり着けたな……」


「えへへー、帝都の地理はぜんぶ頭に入ってるの!」


 急に元気になり得意げに胸を張るフィアを見ながら、ハンスは困った。おそらく軍での最低限の生活と、作戦行動に必要な知識しか与えられていないのだろう。この外見だけは綺麗な世間知らずのお人形を、そのまま通りに放り出したりすれば……たちまち騙されて売り飛ばされるのがオチではないか。


 だからといって、軍に帰るよう(うなが)すことも問題だった。なんと言っても『人形(プッペ)』は、反帝国派にとって『最強のボスキャラ』だったのである。彼女がこのまま戻らなければ、帝国軍は大きく戦力を削られることになるのだ。


 ――そもそも、普通なら脱走兵は死罪だ。貴重な『人形』を殺してしまうとは考えにくいが、どのみち重い処分を受けることになるだろう。いくら『人形』の受ける教育が偏っていたとしても、軍規については完璧に刷り込まれているはずだ。軍ではあまり良い扱いを受けていないようだったし、脱走は余程の覚悟の上ってことなのか?


 ――だがその状況で、よりによって頼る相手が俺なんかとはな。他に外に知り合いがいなかったんだろうが、とんだお荷物……いや、爆弾を抱えてしまったもんだ。


 ――とはいえ既に頼られてしまった以上は、なんとか助けてやりたいところだが。さて、どうすれば……。


 険しい顔をしたままじっと考え込んでしまったハンスの方へ、不安げな目を向けると。フィアは申し訳なさそうに眉尻を下げて、小さく唇を開いた。


「ごめんね、急に来て迷惑だった……?」


「いや、そういうわけじゃない。ただ、いい方法がないか考えてたんだ」


 なんだかんだ言って人の良い部分のあるハンスは、なんとか安心させようと少々ぎこちない笑みを彼女の方へと見せてから。イルマの方へと向き直って言った。


「その、今日から俺が使わせてもらう予定だった個室に……しばらくこいつを泊めてやってもらえませんか?」


「そのくらいなら構わないけど……でも、早めに帰らないと、おうちの人が心配してるんじゃないのかい?」


 この国で十七歳といえば、もうとっくに働いている者も多い、立派な大人の年齢である。そんな十七歳相手にするにはなんとも変な質問だが、フィアのどこか幼い雰囲気にイルマは()まれてしまっているらしい。


「もう、帰れない……」


 そう言ってしょんぼりと肩を落とすフィアの姿を見て、イルマはすっかり同情したようだった。


「おやまあ! 何があったか知らないけどさ、そういうことなら、いくらでもいていいんだよ!」


「いえ、早めに外に部屋でも見付けて、そこに移す予定です」


 ――あまり長くここに彼女を置いておかない方が良い。


 そう考えて、ハンスは口を挟んだ。たとえ淡々と命令に従っていただけだとしても、それでも四番(フィア)は帝国軍の元主席操縦師なのだ。彼女に、いや『人形』が操る巨人兵に恨みを持つロカナン族は、少なくはないだろう。


 ――フィアの正体に気付かれないうちに、早く拠点を移さなければ。だがこの先自活していけるようにするには、色々と教えてやることが多そうだな……。


 そうハンスが頭を抱えていると。ようやく合点がいったという面持ちで、イルマが手を叩いた。


「おやまあ、所帯を持つのかい? なんだ、そうならそうと早く言ってくれりゃあいいのに!」


「ちっ、違います!!」


「まあまあ、そう照れなさんな。お嬢様が追いかけてきてまで駆け落ちするなんざ、あんたも隅におけないねぇ!」


 フィアの浮世離れした様子を、相当な深層の箱入り娘だったからだとおかみさんは理解することにしたらしい。ハンスは内心ため息をつきながらも、今はその設定に乗っかっておくことにしたのだった。


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