第04話 その技術は卓然と
――危なかった。
いつものように間一髪で攻撃を避け……ることができなくて、損傷した機体と共に、彼女は基地へと後退した。これで、もう何度目のことだろうか。ここ最近は、これまでは避けられていたはずの攻撃が避けられず、当たっていた攻撃が当たらず……何度も危機的状況に陥っている。
常人ならぬ能力を持つ彼女にとって、自分の反応速度、そして操作精度に付いてこられないこの量産型の機体性能は、歯がゆくてたまらないものである。必然として、その戦いぶりは精彩を欠いたものとなり。戦績は落ち、危ない目にも何度も合った。
――心当たりは、ある。整備の担当者が、彼じゃなくなったからだ。
基地へと戻った彼女は、自分の機体を整備する技師たちを眺めた。だがそこに、彼の姿はない。
「あの、すみません」
とうとう我慢ならなくなって、彼女は技師の一人に声をかけた。
「どうしました?」
「前に整備を担当してくれていたひと……どうしたんですか?」
「さて……誰のことでしょうか」
「ええと、黒髪でこのくらいの背の高さの」
彼女は指を揃えて手首を曲げると、自分の頭頂部から少し上あたりに手をかざした。
「静かなひと」
「ああ、ハンスですか。あいつなら先月でクビになりましたよ」
「そう……なんですか。ありがとう」
日常とはかけ離れた軍という世界においても、彼女はごく異質な存在だった。ベルツ博士による錬金術研究の粋を集めて作られた、戦闘用の人造人間。特に彼女は、巨人兵の操縦に最適化して九体だけ製造された『人形』と呼ばれる人造人間の、最後の一体である。他の『人形』の半数は戦場に没し、残る半数は心身に不調をきたして処分されていた。
この軍内に、彼女を人間扱いする者はいなかった。「お前がしっかり機能しなかったせいで!」と、戦闘でのストレスをむき出しに暴言を投げつけられるくらいなら、まだマシである。
『人形』のうち一体だけ残った彼女を、ベルツ博士は一見溺愛しているかのようだった。だから帝国内で皇帝に次ぐ影響力を持っている博士に取り入るためにと、まず彼女に媚びへつらうものもいる。だがその手合いの人間は、期待が外れると手のひらを返したようによりひどく彼女を扱った。
ここの全ての人間が、彼女をただ、道具として見ていたのである。
そんな中で、ハンスだけは特殊だった。彼女を『物』ではなく感情を持つ『者』として扱って、気分の波は制御系に影響するということを教えたのだ。彼が整備していたのは、機体の性能面だけではなかったのである。
――いつも私の調子を気にかけてくれていたのは、こだわり抜いた仕事のためだけだということは、わかってる。仕事以外の会話なんて、一度もしたことがなかった。それでも単純に、言葉少ない彼の気づかいが、私は嬉しかったんだ。
――もうここには、私を理解してくれる、しようとしてくれる人なんて、ひとりもいない。
もうここにいる、理由はない。
*****
物質は通常、温度が上がると膨張する。巨人兵に使われている金属などの素材についても、それは同様だ。つまり激しく駆動することによって機体の温度は上昇し、それぞれの素材は膨張してゆくのである。
だがそれは、全ての部品に等しく起こるものではない。部位によって稼働率が異なり、素材によって膨張率が異なることは、少し考えれば分かることである。そのため機体の酷使を続けると、徐々に歪みが蓄積してゆくのだった。
特に巨人兵の場合、遠距離攻撃に用いられるのは、『石の油』に魔力で着火して放射する火炎砲である。『竜の息吹』にも例えられるそれは連続使用で機体温度が簡単に上昇していき、それに負比例するかのように機体性能は低下してゆく。
この事実は反応速度の低下や照準の狂いとしてパイロットへと跳ね返り、故障や被弾率の上昇という結果を引き起こす。しかも操作能力が高く機体への負荷が大きくなりがちなエースパイロットほど、問題になりやすいのだ。
ではそれを回避するにはどうすればいいかというと、機体がオーバーヒートしないように、なるだけ無理をさせないように、気を付けることである。しかしこれでは、全くもって本末転倒なことだった。力を抑えて戦っていては、エースパイロットの真価を発揮できないからである。
ところがこれらの問題は、普通のパイロットが普通の量産機に乗るぶんには、発生しないことだった。なぜなら、一般の量産機は部品の精度が甘く作られているからである。
精度が甘ければ、少々の歪みは許容されるのだ。そうして普通のパイロット程度がどれだけ機体を酷使しようとも問題にならないように、量産機は設計されているのである。
この部品精度の甘さは、機体ごとのパーツの互換性や生産性を高めるためにも一役買っていた。部品同士の結合精度なんて気にしなければ、部品はどんどん量産できる。さらには壊れた機体が三体もあれば、上手にパーツ取りして一体の動く機体を作るなんてことも可能なのだ。
もちろん、部品の精度が甘くなることにより、照準は甘く、反応速度も鈍くなる。だが普通のパイロットにとって、それは誤差の範囲内だった。なぜならそれに気付くほどの技量が、ないからである。
しかし通常の三倍働くエースパイロットともなると、その作り込みの差は歴然だった。エースが使う機体には、個人の持つ操縦のクセに合わせた高度なチューンナップと多様なカスタマイズが必要だ。それには部品レベルでの、高精度な作りこみが欠かせないのである。
しかも、単に寸法の精度を高くすれば良いだけではない。エースの酷使に耐え抜き、その真価を発揮できるように、素材ごとの熱膨張の違いにも配慮した作りこみが必要なのだ。
「いやあ、初めはこんなことまでするのかよ!? って思ったけど、すっげぇよかったぜ! 思う方へ思うだけ機体が動いて、まるで本当の手足のようだった!」
帰還した巨人兵の修理を行っているハンスの横で、ロカナン族解放戦線に所属する主席操縦師の青年――カスパルが、腕組みしながらうんうんとうなずいた。
帝国にとっては皮肉なことだが、遺伝的に魔力操作に長けている者の多いロカナン族は、ユーゲル人より巨人兵の操作に適性が高い。軍にいた専用のホムンクルスほどではないが、一般兵と比べればその能力の差は歴然……そう考えながら、ハンスは言った。
「今回の戦闘で集めてもらった情報が届けば、次はもっとカスパルさん個人に最適化した調整が行えると思います」
「マジかよ!? いやあ、バルドルの言ってた『オレよりすげぇ弟子がいる』っての、本当だったんだなぁ……」
――ここの奴らは、どうしてこうも人を手放しで誉めるのが好きなんだ。
ハンスは居心地が悪そうに頭を掻くと、ボソりと呟いた。
「カスパルさんは、俺が憎くはないんですか?」
「あ? なにが?」
ボケたように問い返すカスパルに、ハンスは口ごもった。
「いや……俺は、ユーゲル人だから」
「何言ってんだよ。オレのひーばーちゃんは、ユーゲル人だぞ。今じゃ純粋なロカナン族なんて、半分もいねぇんじゃねーか?」
「……そうなんですか?」
「ああ。この国も今の皇帝になる前は、民族浄化なんて声高に叫んでなかったからな。だから別に、オレはユーゲル人自体に恨みがあるわけじゃねえんだ。諸悪の根源である皇帝をぶっ倒す! ……それだけだぜ」
そう言って硬そうに跳ねる赤毛を揺らすと、カスパルは拳を握って高く突き上げた。
「なるほど……」
だがハンスは、思案顔で押し黙る。その様子を見て、カスパルは呆れたようにため息をついた。
「オマエも色々とあるんだろうけどさ、深く考えすぎるだけムダだって。それよりハンス、オマエの方がオレより年上なんだろ? いいかげん、敬語はやめろよな!」
「いや、組織人は、年齢より階級や経験年数で上下が」
「だーから、深く考えんなって! じゃあ、後は頼むな!」
――いつも騒がしいヤツだな。
慌ただしく立ち去るカスパルの背を、そんな感想と共に見送ると。ハンスは軽くため息をつきつつ、再びカスパル専用機の修理に戻る。だがカスパルと次に話すときは敬語はやめてみようかと、そう少しだけ考えたのだった。