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番外編 ある男の見た夢の話

 午後の錬金学の講義を終えて、僕は足早に大教室を出た。まっすぐ事務室へと向かい一通の手紙を受け取ると、自分の研究室に戻るのも待ちきれずに封を解く。だがそこに書かれていた『却下』の文字を見て、僕はがっくりと肩を落とした。


「はぁ、また申請、通りませんでしたねぇ……」


 まだ事務室前に居た僕がため息をついていると、向こうから来た学生時代からの友人が、こちらに気づいて手を挙げた。先日最年少にして准教授に昇進したという彼は、目覚ましい実績を次々と上げているらしい。ここのところ研究予算の不足で停滞している僕とは、大違いだ。


「おう、この間書いてた研究計画調書のあれ、どうなった?」


「いやあ、またダメでした」


 僕は手に持った紙をヒラヒラとさせて、苦笑してみせる。すると友人はわずかに困ったように眉をひそめて、口を開いた。


「まだあの『石の油』とかいうやつの研究してるのか?」


「はい」


「お前、いつまでそんな荒唐無稽なことやってるんだ? 院をぶっちぎりの主席で修了したお前が万年講師かよ。もったいねぇな」


「『石の油』はね、最近アルディオンで新しい精製方法が発見されまして、効率よく熱力を取り出せるようになったんです。その『石の油』を燃料とした魔動機巧理論が実現したら、専門職の魔術師でなくとも誰もが生まれながらに持つ最低限の魔力だけで、重労働用ゴーレムや馬のない馬車を操ることができるようになるんです。輸送や農業の現場で役立って、きっと世の中が、もっと便利に変わるはずなんですよ!」


 そう一息に力説した僕を見て、だが友人は、やれやれとでも言うように頭を振った。


「それが駄目なんだよ。魔研費は、あくまで()()()()()()()()の略称なんだぞ。審査員は皆、魔術師界のお偉いさん方だ。魔術師の既得権益を脅かす新技術になんて、予算が付くわけがないだろう」


 本来、技術というものは、広く人々を幸せにするためにあるはずだ。なぜ少数だけで、その恩恵を独占しようとするのだろう。


「でもきっと、この研究が完成さえすれば……必ずこの有効性に、気付いて貰える(はず)なんです」


「まあ……お前がそれで良いのなら、俺は止めないけどさ……」


 僕はこの古い友人が、本気で心配してくれているのだということは、よく分かっていた。だが誰にでも、譲れないものというのは……あるのだ。


 これまで『石の油』の用途といえば、原油のまま船底などに塗り付けて、防水処理に使う程度のものだった。だが安全に精製できる蒸溜塔がアルディオン王国で開発されたことにより、『灯し油』などの燃料として使えるようになっていた。僕はそこに活路を見出し、魔力の代わりに石の油を動力とした装置を作り出そうとしていたのである。


 魔力のない人々も平等に技術の恩恵を受けられる、皆が快適に暮らせる社会を……僕は、未来に夢を描いていた。



 ――そんな頃だった。

 運悪く街へ買い物に出掛けていた妻とまだ幼い娘が、その暴動に巻き込まれたのは。


 帝国による少数民族の資産差し押さえを不当であるとして抗議活動を行っていたデモ隊が、憲兵隊と衝突。暴動へと発展したのだ。


 鉢合わせた現場から逃げる途中でつまづいて、娘は路上へと倒れ込んでしまったのだという。そして暴徒と化した群衆にぐちゃぐちゃに踏み潰され、死んだ。


 むごたらしく死んだ娘の姿を目の当たりにした妻は、助けることができなかった自分を責めた。そして心を病んだ挙げ句――ある日、僕が仕事から帰宅したら冷たくなっていた。娘の遺品の人形を、まるで(かば)おうとするかのように、その胸に抱いて。


 僕は物言わぬ妻を抱き上げると、声にならない叫びを上げた。

 もう僕には、何もない。



 少数民族への復讐を決意した僕は、帝国軍の門を叩いた。あいつら全員踏み潰して……娘と同じ苦しみを与えて、殺してやるのだ。


 娘の最期の姿を見て以来胃が肉を受け付けなくなっていた僕は、栄養失調で倒れる寸前、石の油から理想の完全栄養食を作り出した。それさえ食べれば、もう、味のしない食事を無理に胃に詰め込む時間から開放されるのだ。


 もっともっと効率的に、奴らを殲滅(せんめつ)するためだけに、時間を使うことができるのだ。復讐を成し遂げられるまで、僕はまだ死ぬわけにはいかない。


 僕の狂気を気に入ったのだという皇帝により、研究には有り余るくらいの予算が付けられた。技術的にはこれまでと全く同じ内容の研究だ。だが今まで予算が下りなかった原因は、人道利用を掲げていたからだったのだ。


 技術発展の歴史は、常に軍需(ぐんじゅ)と共にある。それは兵器だけではない。通信技術も、医療技術も……常に戦争の歴史と共に、産み育てられてきたものなのだ。


 立場を奪われたかつての宮廷魔術師共は、言った。


「そんな夢のようなもの、上手くいく訳がない!」

「すぐに皇帝の逆鱗(げきりん)に触れて、首が飛ぶだろうよ!」


 だが僕は雑音などお構いなしに、研究に没頭し続けた。


 僕は娘の亡骸(なきがら)から造り育てていた九体の強化複製体(クローン)を、とうとう完成した巨人兵に乗せることにした。娘を踏み潰した奴らは全員、娘に踏み潰されて(しか)るべきなのだ。


 こうして魔力ではなく石の油で動く巨大兵器が誕生したことにより、帝国は魔力に勝る少数民族を物理力で完全に押さえ込むことに成功した。世界の宗教を牛耳る『教会』、そして洋上の強国アルディオンから文句を言われることさえなければ、今すぐにも奴らを殲滅してやれるのに。


 さあ、もっと抵抗しろ。

 抵抗すれば、殲滅の口実が手に入るのだ。


 僕はお前らを、許さない。

 全員無惨に踏み潰して、娘と同じ苦しみを味わわせてやるのだ。


 必ず、必ずだ──



 *****



『――さん? ねぇ、お父さんってば!』


『……ん?』


 薄く目を開けると、なぜか少し怒り顔の娘が、こちらを覗き込んでいた。


『もー、また本読みながら寝落ちしてたんでしょ! 庭なんかで寝てたら風邪ひいちゃうよ!?』


『ああ、別にこのくらい大丈夫ですよ。で、何の用です?』


『ええと、ね……今度の休みに会って欲しい人がいるんだけど……』


『かまいませんが……誰ですか? そんな改まって』


 娘はわずかに視線をそらすと、どこかモジモジとしながら、言った。


『大事なひと』


 ──次の休日。

 娘が連れてきたのは、どこか冴えない雰囲気を持つ男だった。冴えないとか僕が言えた立場じゃないって? うるさいな、気にくわないものは仕方ないだろう。


『その、娘さんと真剣にお付き合いさせてもらってます』


 ハンスと名乗った青年は、そう言って頭を下げた。


『何が真剣に、だ! 結婚もしてないというのに、おつきあい、だと!? まさか、不適切な真似をしてるんじゃないだろうな!』


『ちょっ、変なこと言うのやめてよお父さん! 今どきそのくらい普通なんだから!!』


『なっ、まさか本当に……!』


『安心して下さい! 責任取って結婚します!』


『お前なんかに、娘はやらんっ!』


『もーっ、こんな雑なプロポーズやだー!!』


 頭を抱えて叫ぶ娘を見て、僕は思った。

 手塩にかけて育てた娘にも、とうとう巣立ちの時が来てしまったようだ。


 落ち込む僕の背を軽く叩いて、(かたわ)らで妻が笑った。


 ……そうか、そうだな。

 僕たちの可愛い娘を、どうかいつまでも幸せに──。



 おやすみなさい、お父さん。

 ──良い夢を。








 おしまい


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