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第36話 その違いは歴然と(2)

「で、新兵器はどこだって!?」


 そう工作室に現れるなり勢い込んで言うカスパルに、ハンスは静かに首を振った。


「いや、二人を呼んだのはその件じゃない。座席の調整をしようと思ってな」


「座席ぃ? なんで?」


 勢いをくじかれて不審な顔をするカスパルの横で、フィアも軽く首をかしげた。二人の目の前にあったのは、巨人兵の座席を分解したパーツたちである。だがそれはワンセット分ではなくて、なぜかひとつの部位ごとに微妙に違うものが複数個用意されているようだった。


「これからあんたらの身体に合わせた座席を作る。カスパル、あんた巨人兵に長時間乗っていて、腰が痛くなったりしてないか?」


 ハンスの質問に、だがカスパルはこともなげに笑ってみせた。


「なんだ、そんなことかよ! 巨人に乗ったら最初は誰でもなるもんさ。でも慣れたら平気だって!」


「やっぱりあんたも最初は痛みがあったんだな」


 若さで強引に順応し、その脅威をひとごとのように笑い飛ばすカスパルに、ハンスは静かに言った。


「根性で無理な方に慣らして良いことなんか、何もないだろ。知らないうちに歪みが蓄積して、年取った頃にシワ寄せがくるぞ」


「お、おう……」


 長年巨人兵の調整にこだわってきたハンスだったが、実際に自分で長時間の操縦練習をしてみて初めて気付いたことがあった。それは、操縦席の座り心地の悪さである。


 もともと巨人兵の操縦席は、本体に固定されているだけで、その他はわりと普通のちょっと頑丈なイスである。特に大柄なユーゲル人の一般兵に合わせるように、大は小を兼ねるサイズとなっていた。


 だが北に行くほど寒くなるこの大陸に分布する民族は、北に行くほど平均の体格が大きくなってゆく。祖先が大陸南部からやってきたロカナン族は、元々北部の出身であるユーゲル人と比べて、平均的に小柄だったのだ。


 つまりユーゲル人用に作られた巨人兵の操縦席は、ロカナン族の操縦師たちの身体には、決定的に合っていなかったのである。さらに女性であるフィアにとっては、言わずもがななことだった。


 合わない座席で長時間すごしていると、腰にくるのは当然だ。ハンスはカスパルの身長に合わせて座面とヘッドレストの位置をきっちり調整すると、さらに自然な体勢で核に手を当て続けていられるように、アームレストを取り付けた。


 さらにこれまでは、戦闘中は核に向かって前傾姿勢、つまり猫背になりがちで肩がこるという問題があった。そこで核の台座の位置を変え、背もたれに背を預けるようわずかに上を向いたまま手を当てていられるよう、角度の調整を行ったのである。


 このオーダーメイドのゲーミングチェアのような新装備をひとまず予備の実機に反映してから、三人は練習場へと移動した。二人のエースに乗り心地を確認してもらうためである。


『やっべ、これ、クセになるな! さっすがハンス、いい仕事してるぜ!!』


 通信石ごしにカスパルの歓声を聞きながら、ハンスは思わず口角を上げた。


 ――あん時は我ながらバカなことをしたと思ってたが。無駄な経験なんて、案外ないもんなんだな。



 *****



 数日後の、格納庫。

 ついに完成した新兵器を前にして、カスパルがボソリとつぶやいた。


「これ……草刈り鎌じゃね?」


「そうだ」


「新兵器っつーから期待してたのに、農具じゃねーか!! もっとこう、カッコよく剣とかにできなかったのかよ!?」


 予想通りの反応を返すカスパルに、ハンスは冷静に答えた。


「二足歩行の巨人兵は、足元を崩してやるのが有効だ。なら低い位置を一気に薙げる大鎌が一番効くに決まってんだろ」


「そりゃそうだけどさぁ……」


「そもそもなんで、博士は兵器をこんな二足歩行の巨人になんてしたんだかな。技術的な側面から見るなら、四足歩行の方がはるかに簡単に安定するんだが」


「そんなん、カッコいいからじゃね?」


 拳を握ったカスパルが、白い歯を光らせるようにして不敵に笑ってみせた。


「まあそれはどうでもいいんだが」


「いや、聞けよ!」


 カスパルの叫びを無視して、ハンスは言う。


「大鎌って言やあ、この国の民間伝承に出てくる死神の持ちもんだろ。これを振りかぶったヤツが目の前に出てきたら、どう思う?」


「うわ、えげつねぇな……オレ、いちおう正義の味方のつもりなんだけど」


 そう言ってカスパルは、困ったように頭をかいた。


「戦争に正義も悪もあるかよ。あちらさんだって、自分が悪だなんて微塵も思っちゃいないさ」


「まあ、そうだよな……」


 肩を落とすカスパルを励ますように、ハンスは言葉を続けた。


「もちろん、あんたに正義がないとは言わないさ。だがそれを忘れちまったら、あの皇帝と同類だ」


「だな……」


 そう言うと、カスパルは神妙な顔をして押し黙る。


 ――しまった、悪いこと言っちまったか。


 そうハンスが自分の発言に後悔していると、だが、カスパルは言った。


「オマエやフィアちゃんが居たおかげでさ、オレ、見えるものが(かたよ)らずにすんだ気がするよ。……ありがとな」


「……そういうのは、全部終わってから言えよ」


「ハハッ、だな!」


 カスパルは破顔すると、ぐっと握った右手を挙げる。それに応えるようにハンスも拳を作ると、カスパルのそれに軽く打ち付けた。


 そのまま新兵器の試用に向かったカスパルを見送ると、次にハンスはフィアに向かって大盾の説明を始めることにした。あれ以来元気を失ったかのようなフィアとは、未だに少しぎこちない距離感のままである。


 ハンスは彼女に歩み寄りたいと、何度か謝ることを考えた。だがそれもなんだか違うような気がして、今日まで結局、何も言えずじまいだったのである。


「盾が武器?」


 不思議そうに問うフィアに、ハンスはうなずいた。


「ああ。持ち手をつかんで(へり)で殴れば、立派な武器だぞ。構えて突進するなんてのもいいだろう」


「そっか……そうだね」


 本当は、武器より身を守る物を持って欲しかった。だがハンスは、またもやそれを伝えるタイミングを失ってしまったのだった。


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