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第33話 その職人は超然と

「オマエさ、魔力操作はなかなかのモンだけど……絶望的に運動神経悪いだろ」


「……」


 操縦席に座っている間、緊張して無理な姿勢をとってしまっていたのだろうか。痛む腰をさすりながら練習用の巨人兵から降りてきたハンスに、カスパルはそう、容赦なく言った。ぐうの音も出ないハンスは、黙って抗議の視線を送る。


 例のどんくさい巨人兵の正体がベルツ博士だと判明した、その日の夜。ハンスは失ったフィア機を新たに作り直すことすらせずに、カスパルに頼み込んで巨人兵の地下演習場に立っていた。


 調整後のテストにも使われるこの場はハンスにとっても通い慣れた場所だったが、しかし今日いつもと違っているのは『操縦師(パイロット)見習い』としてここにいる点だろうか。


 これまでただの一度も私的な頼み事なんてして来なかったハンスの珍しい要望に、カスパルは驚きつつも思わずうなずいてしまったのだったが。しかしその結果は、惨憺(さんたん)たるものだった。もう絶望的に、センスがないのだ。 


「巨人兵の操縦はさ、魔力操作とついでに平衡感覚とかの運動能力も重要だからさ……」


 言いにくそうに、だが明らかに諦めるようにとカスパルはうながしたのだが。しかしハンスは、その気遣いを拒絶するように(かぶり)を振った。


「できないんなら、何度でも練習すりゃあいい。あんただって、いきなり乗りこなせたわけじゃないんだろ?」


「うーん……もうちっとはマシだったかなぁ……なーんて」


 歯切れ悪く否定するカスパルに、ハンスはなおも食い下がる。


「頼む。俺はどうしても……巨人兵(こいつ)に乗れるようになりたいんだ」


「急に、どうしたんだよ」


「もう……見てるだけは、嫌なんだ。通信石ごしに手をこまねいてるだけなのは、耐えられねぇんだよ!」


 とうとうハンスは、なりふり構わぬ声を上げた。彼ら以外無人の演習場に、悲痛な叫びがこだまする。だがカスパルは、今度ははっきりと首を横に振って見せた。


「んな理由なら、絶対にダメだ。お前を守ってやるために、フィアちゃんの足を引っぱることになってもいいのか!? 酷なことを言うけどさ……あきらめろ」


「フィアはもう、戦場には出さねぇ。それに巨人兵のことは、俺が一番(わか)ってる!」


「ああそうさ、オマエが一番解ってるだろ。なら操縦に適性がないことも、一番分かってるはずだ! なあ、本当に、戦闘(それ)がオマエのやりたいことなのか!?」


 とうとうカスパルも、強く声を上げた。だがその言葉は、火に油を注いだだけのようである。


「いつも先陣切って戦場を駆けてるあんたに、分かるかよ! ただひたすら後方で、あんたやあいつを送り出すことしか……背中を見てることしか出来ねぇ俺の気持ちが!! 俺だって、本当はッ……!」


「お前……それ、本気で言ってんのかよ。お前は見てるだけなんかじゃねぇだろ!? つまんねぇこと、言ってんじゃねぇ!!」


 激昂(げっこう)と共に繰り出されたカスパルの右手が、ハンスの横っ面に突き刺さる。だがハンスはなんとか倒れぬよう踏みとどまると、ぐっと反撃の拳を握った。


「うっせぇ!!」


 ()き上げるような一撃を腹に受け、カスパルはその思わぬ重さにたたらを踏む。


「っつ、重てえええ! ハンスお前、意外と力あんのなッ!!」


 だが瞬間に体勢を整えると、カスパルは再び前へと踏み込んだ。ハンスはその拳を重ねた腕で受けきると、力まかせに振り払う。


()()()、は、余計だっっ!!」


 そのままよろめく相手の胸ぐらをつかみ上げると、額に額を打ち込んだ。


 ボグッと鈍い衝撃が響き、視界に白く火花を散らす。だがハンスは地面を強く踏みしめると、意地の力で倒れ込まずにとどまった。


「いっっっってぇぇぇえ!! 普通ここまでするか!?」


「黙れ。先に殴ったのはあんただ」


 自らもまだフラつく頭を押さえながら、ハンスはうずくまるカスパルに手を伸ばす。カスパルはその手を取って立ち上がりながら、ボソリと言った。


「気ぃ済んだかよ」


「……分からん」


「上手く言えねぇけどさ……オレはいつだって、お前に背中預けてるつもりだからよ。だから」


 そこで一旦言葉を切ったカスパルは、ニヤリと、だが少し淋しそうに笑って見せた。


「カッコつかねぇこと言ってんじゃねぇぞ、相棒」



 *****



 ――何やってんだろうな、俺。


 まだ少しのわだかまりを拭えないまま、ハンスはひとり、巨人兵の部品たちと向き合い続けていた。こうしていると気分がいくらか落ち着いて、頭が冷えてゆくようである。


 調整を終えた全てのパーツを組み上げると、ハンスは新しいフィア専用機として生まれ変わった巨人兵を試験起動した。まだ装甲板は付けていない状態ではあるが、無機質な全身に動力が流れてゆくにつれ、巨人の体に徐々に生命力がみなぎってゆくようである。


 個々に作られた全ての部品(モジュール)たちが美しく噛み合い、連動し、ひとつの『システム』となって完璧に動き出した、その瞬間。内からこみ上げ脳へとめぐりゆく快感に……ハンスは我知らず打ち震えた。


「クソッ、ははっ! ……やっぱ面白ぇんだよな。他人にどう思われようと、関係あるか。俺は、この瞬間がたまらなく好きなんだ!」


 思わずそう声に出すと、自然、口が笑みを形作る。彼にとって、答えはそれだけで十分だった。


 ――いったい何を焦ってたんだ、俺は。

 これで、いいんだ。


 ハンスは片手で顔を覆うと、低く声を上げて笑い続けた。

 そしてもう、迷わないと決めた。


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