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第32話 その嘲笑は傲然と(2)

「フィア!」


 ふたたび鋭い声を上げるレッテに、司令部にはざわめきが広がった。


「どうした?」


 それでも冷静なクラウスの問いに、レッテはなるだけ感情を抑えて声を出す。


「フィア機、気絶したようです」


「いかんな、早く回収したいが、誰か適当な者は――」


 だがタイミングの悪さとは、得てして連続してくるものである。三体のキメラ兵から同時に相手をするよう仕組まれていたカスパル機が、以前のお返しとばかりに過加熱を誘われて停止したのだ。


 その他の操縦師たちも育ってきているとはいえど、まだ不動のエースたちの代わりが出来るほどではない。これまでベルツ博士の周囲を固めていたキメラ兵たちが、ここぞとばかりに(おど)り出ると。動揺の広がった味方巨人兵たちは、次々とその行動を抑え込まれていったのだった。


『ああ、悪いお友達もみな……ようやくおとなしくなったようですねぇ。さあ、おうちに帰りましょうか。あのハンスとかいうオモチャのことは、あきらめて置いて帰りなさい。またすぐに、新しいものを用意してあげますから、ね?』


 まるで陶酔(とうすい)しているかのような長口上(ながこうじょう)と共に、博士の操っているらしき巨人兵は、地面へとその両の膝をついた。沈黙したままのフィア機に手を掛けると、硬い鉄の両腕で抱き上げる。


 高台からその様子を双眼鏡で見ていたハンスは、再び近くにいたクラウスの持つ通信石を腕ごとつかんで引き寄せると、淡く光る石に向かって叫んだ。


「カスパル、頭部を切り離せ! 前に現場で砲塔換装する試験しただろ!? あの要領だ!」


『はぁっ!? んなこと言ったって、交換用の頭部なんて今日は持って来てねぇだろ!』


「交換する必要はない。捨てろ!!」


 頭部砲塔はその熱を持ちやすい特性上、機能停止を起こしやすい。そのため戦闘中に頭部交換を行うことを検討していて、その準備のために外す機能だけを手始めに実装していたのだ。


 だが今回は、交換するのではない。

 捨てるのだ。


『んなっ、マジで言ってんのかよ!?』


「いいから早くしろッ!!」


『クソったれ、分かったよ!!』


 カスパルは言われた通りにロックを解除し、頭部砲塔を地面へと叩き落とした。熱を持った巨人の首が轟音と共に地面に落ちて、剥き出しになった放熱材(ヒートシンク)が爽やかな秋風にさらされる。


『うおっ、一気に内部温度が下がりはじめたぞ!?』


「想定通りだ。じゃあ主原動機に魔力を流してみろ!」


『ああ!』


 とうとう息を吹き返した無頭の巨人が、ゆっくりと立ち上がる。


『うわっ、ととと。頭部がねぇとバランスがやっべぇな!』


「大丈夫だ、お前ならやれるだろ?」


『ったく、簡単に言ってくれるぜ!』


 文句を言いながらも、カスパルはすぐさまバランスが変わった機体に順応した。立ち上がったカスパル機に気付いた博士の乗機が、顔……つまり砲塔を、こちらに向ける。


 それがガパッと大口を開けた瞬間。カスパルは切り離した自らの頭部を拾って、おもいっきり投げつけた。それは見事に敵顔面にヒットして、ズゥンと重たい音と共に、二体の巨人が地面に倒れ込む。


『ハッハァ! やったぜ!』


「おいっ! フィアは無事か!?」


『あ、やっべ! すまん!』


「機体は放置でいい。操縦席だけぶっこ抜いて帰って来い!」


『了解っ!』


 カスパル機は慌てて駆け寄ると、博士と共に倒れたフィア機の横にしゃがみ込んだ。胸部装甲のスキマに指を掛けると、鋼の腕で引き剥がす。そして周囲を覆うカプセルごと器用に操縦席を抜き取ると、今度は大事そうに両の手で包んだ。


「よし、急いで退避だ!」


『……ああ』


 だが歯切れの悪い返事をもらしたカスパルは、まだ起き上がれないでいる博士の乗る巨人兵を横目で見た。そして間髪入れずに目を上げて、近づきつつある敵の増援を視認する。


 ここで博士に止めを刺しておくべきか……だが、気絶したフィアを抱えたまま、その間に追いついて来そうな増援と戦えるわけがない。


 一瞬迷ったカスパルだったが。今回ばかりは見逃して、その場を離れることにしたのだった。



 *****



 急ぎの作業を終えて医務室へと戻ったハンスは、寝台の脇に椅子をひとつ引き寄せて座った。そうして眠り続ける彼女に目をやると、その寝顔はごく穏やかなものである。小さく上下する胸は呼吸が正常であることを示していていて、ハンスは少しだけ安堵した。


 こうして静かにしていると、その寝顔はかつての『四番(フィア)』のようにも見えて、不思議な感覚にとらわれる。


 ここで初めて会ったとき、なぜ自分はすぐ彼女に気付かなかったのか。それほどまでに他人に興味がなかったということなのか。それとも……


 そうハンスは考えると、まるで自らを嘲るかのように、片眉を上げて苦笑した。


 初めて彼女の好意を自覚したとき、ハンスがまず抱いた感想は『まともに顔すら覚えてなかった俺しか頼れる相手がいないなんて、気の毒な奴だな』という、状況を一歩引いて見たものだった。ハンスにとって彼女からの好意は、とても危ういものに思えていたからである。


 軍を飛び出した彼女の世界は、これからどんどん広がっていくだろう。そうすれば自分なんかより魅力的な人間は、いくらだっているのだ。


 いつかこの手をすり抜けて、たやすくどこかへ行ってしまうのではないか。彼女の好意に溺れた後で、それを失ってしまうのが怖かった。


 そうしてハンスは、自らの感情から目を背けることにした。


 ――だがあんなふうに手放しで(した)われて、()かれるなって方が無理だろ、普通……。


 ハンスは恐る恐る手を伸ばし、彼女の乱れた前髪を整える。すやすやと眠り続けるその顔は、無機質な『人形』とはずいぶんとかけ離れているものだった。


 ――人間じゃない、か。とてもそうは、思えねぇよな……。


 気絶したまま基地へと運び込まれた彼女を診察した医師は、周囲を安心させるように笑って言った。


『健康面には何の問題もありませんよ。目を覚まさないのは疲れが一気に出たからでしょう。今はゆっくり寝かせてあげて下さい』


 ――医者にだって、人間じゃないって気付かれねぇんだもんな。たとえ人造人間(ホムンクルス)だろうと、ほぼほぼ人間みたいな……いや、待てよ。


 そこでハンスにふと、疑問がよぎる。


 ――そもそもなんで、人間じゃなきゃダメなんだ?


 そこから至った結論に、彼はとうとう、喉を鳴らすようにして笑い出した。


 ――フィアはフィアだ。たとえ人間じゃなくても、それでいいじゃないか。


 そしてハンスは、ある決意を持って立ち上がると。未だ目覚めぬ彼女を置いて、医務室を後にした。


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