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第29話 その成長は当然で

「ハンスさん、あの、なんかオレにできることありませんか!?」


「いや、今日はもういいよ。お疲れ」


「はい……お疲れさまでした」


 そう挨拶をして工作室を出ていく見習いが、どこかがっかりとした様子であることに気付くこともないままで……ハンスは一心に、巨人兵の整備を続けていた。いつしか調整に付き合っていたパイロットたちも姿を消して、その場に残ったのはハンスひとりきりである。


 だがその静かな石造りの廊下に、コツコツと響く足音があった。この固いヒールの足音といえばここらで該当するのは約一名だけだったが、作業に集中しているハンスの耳には届いていないようである。


「やっぱり、まだいたわね」


 入室したレッテは声を掛けたが、しかしハンスは無言のままだった。


「ねぇ、ハンス?」


 今度は名を呼んだが、集中している様子の彼はわき目もふらず一心に作業を続けている。レッテは小さくため息をつくと、部品に計測器を当てている彼の背後に近づいた。


「ハーンス?」


 柔らかな吐息が、ハンスの耳朶(じだ)を震わせる。彼はびくりと肩を跳ね上がらせると、ようやく作業の手を止めて振り返った。


「な、なんか用か!?」


「なんか用か? じゃないわよ、まったく! 何回呼ばせたら気がすむの!?」


「す、すまん」


 ハンスとしてはその最後の呼び方に文句を言いたいところだったが、だが上手い言い方も思いつかなかったので、黙って謝ることにする。だがその対応は正解だったようで、レッテは静かにうなずいた。


「……まあいいわ。フィアが心配してたわよ? あなたたち、お互いに無理し合っては心配し合って、一体何やってんだか」


 ふたたび深いため息をつくレッテを見ながら、ハンスはわずかに眉をひそめてみせる。そうしてこちらもため息で返しつつ、くるりと彼女に背を向けた。


「余計なお世話だ。今忙しいから、文句言いたいだけなら今度にしてくれよ」


「まったく、疲労は判断力を低下させるわよ!? ……ああもう、こんな状態なのにクラウスもカスパルも好きにさせとけだなんて。ほんっと、男はこれだから!」


 レッテは腕組みしながら怒ったが、それでもハンスは背を向けたままである。だがその時。廊下から複数の無遠慮な足音が響いて、レッテは入り口の方を振り返った。


「おう、レッテじゃねぇか」


「あら、親方! それに皆も、どうしたの?」


 多くの気配に思わずハンスも振り向くと、そこにあったのはバルドル親方を先頭に、いつもの見習いたちの姿である。


「おうハンス、今夜もひとりで残業か?」


「あ、はい。すいません、急ぎの作業が終わらなくて」


「お前、なんでひとりでやってんだ?」


「はい?」


「仕事が多いんなら、他のヤツに割り振りゃあいいだろう?」


「いやでも、専用機の調整は、俺がやらないと……」


「なあハンス、お前の仕事を任せるに値するヤツは、本当にいねぇのか? 全部じゃなくていいんだ。どれかひとつだっていい。こいつらがそれぞれ得意なものを分担すれば、お前の代わりだってできるはずだ」


「得意……ああ、そうですね」


 ハンスは思わず、見習いのうち一人の顔を見た。彼は特に熱心に技術面を学びに来ている後輩で、そのセンスには光るものがある。


 ――そういやさっき何かできることがないかと聞いて来たのも、コイツだったな。確か名前は……


「ディルク……だったか」


「はい!」


 名を呼ばれた見習いの青年が、勢いよく応えて背筋を伸ばす。その顔を見ながら、ハンスは強い意志を込めてうなずいた。一度決断したら行動は早いのが、彼の強みである。


「あんたは手先が器用だから、部品の削り出しから研磨まで任せられそうだな。補助に……そうだな、フーゴが入ってくれ」


「「はい!」」


 ディルクとフーゴの返事を聞きながら、ハンスは見習いたちの顔を眺めた。まだ、使えそうな人材(ヤツ)はいる。


「ヤンは細やかな計算が得意だから、情報処理を頼むか。補助はラルフだ」


「「はい」」


 今度は別の二人が嬉しそうにうなずいて、首を縦に振った。


「あとは……ウッツ、あんた誰とでも気軽におしゃべりできるよな。本人も気付かない他人の感情やら体調を見抜く目もあるから、操縦師たちの日々の調子の確認は……俺なんかより、ずいぶんと得意そうだ。頼めるか?」


「了解でありマッス!」


 ウッツが満面の笑みで敬礼を返すと、ハンスは口角を上げた。


「いつの間にか……こんなに育ってたんですね。気づきませんでした」


「なに言ってんだ、お前がここまで育てたんだろ?」


 ニヤリと笑う親方を見て、ハンスは頭を掻いた。


「そう……なんスかね」


「元のお前はよ、技術は一番だったが……他人に興味がなさすぎるようだった。だがこれからは、いつでも『親方(マイスター)』としてやっていけるだろ」


「はい……ありがとうございます」


 ハンスは先ほど名を呼ばなかった見習いたちにも見込みのある分野を割り振って、いくつかの班を編成することにした。いつの間にか、ハンスに最初に名を呼ばれた面子も、そうでない面々も、どこか自信に満ちた顔つきになっている。


 その様子を横から見ていたレッテは、何も言わず、だが嬉しそうに目を細めながら……静かに部屋を出て行った。



 ――後進の育成も悪くないもんだな。


 ハンスが無意識に背負っていたものは、物理的なものだけではなかったようである。その夜、彼は久々にぐっすりと眠った。


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