第27話 その邂逅は偶然に(3)
「でも……」
気勢を削がれたものの、シスター・ローズはまだ納得できない様子である。そこでハンスは仕方なく、言葉を重ねた。
「あんたが考えてる疑惑なんかより、裏ではずっと大きなものが動いてる。あんたが今ここで少々騒いだところで、何も変えられずに消されるのがオチだ。それは俺だって、同じだ。人にはそれぞれ与えられた本分ってもんがある」
「でもやっぱり、兵器なんかを作っておきながら……そんなの無責任ですわ……」
ボソボソと、それでもなお言いつのろうとするシスターに、とうとうフィアが声を上げた。
「ハンスは無責任なんかじゃないよ! ハンスはいつも、ちゃんと自分の仕事に責任を持っている。それで起きる結果だって、ちゃんとわかってる。何も知らないくせに、勝手なこと言わないで!」
「自分の、仕事? ただ設計図の通りに人殺しの道具を作ることが、ですか?」
皮肉げに笑うシスターに、フィアはさらに言葉を続けた。
「ハンスはいつも言葉が足らないから分かってもらいにくいけど、ハンスに助けられた人は、ホントにいっぱいいるんだよ。私もハンスがいたから、今ここにいられるの。もちろんハンスにだって、できないことはたくさんあるよ。でも、自分にできることには、いつだって全力なの。よく知らない他人なんかに、批判される筋合いはない!」
そう断言するフィアに、間近に詰め寄られて。シスターは一瞬たじろいだ後、なぜか苦笑しながらハンスの方へと向き直る。
「ここまで自分のために怒ってくれる相手がいるなんて……貴方は私なんかより、ずいぶんと立派な方だったようですわね……」
「立派? 赤の他人のための奉仕活動なんて、進んでやってるシスターの方が立派だろ」
「わたくしは……亡くなった父が大事にしていた物への愚痴を、母から毎日のように聞かされるのが嫌で、嫌で……家から逃げ出すように教会に身を寄せただけなのです。なにも立派などでは、ありませんわ……」
そうして彼女はどこか悲しそうに微笑むと、ハンスの顔を見た。
「ええと、ハンスさん……でしたかしら」
「ああ」
「ありがとうございます。なんだか、目が覚めたようですわ。わたくしも、貴方のように……自分にできることを、自分にしかできないことを、少しずつでも、探してみようと思います」
「シスターになら、きっとできるよ!」
実はまだよく状況が分かっていないフィアだったが、そう元気づけるように笑う。それにこっくりとうなずき返したシスター・ローズに、ハンスは言った。
「じゃあ出口まで送ってく。フィア、もし俺の不在に気付いた奴がいたら、適当に誤魔化しておいてくれ」
「わかった!」
*****
夜を迎えたとはいえ、まだまばらに働いている人はいる。そんな基地内の入り組んだ地下通路を、ハンスはシスター・ローズを連れて、人の少ない方を選んで慎重に歩いて行った。
「あの……」
小さく声を出しかけたローズに、ハンスは身振りで黙るように示す。その意味に気付いた彼女は、慌てたように口をつぐんだ。
やがて辿り着いたのは、魔動車の地下駐車場である。ハンスは自分の魔力が登録されている小型の一台に近付くと、ローズと共に乗り込んだ。
核に手を当て、原動機へと魔力を送る。魔動機械特有の低い振動が始まると、ハンスは言った。
「奉仕団の宿営地になっている教会近くの出口まで送ってやる。あとは適当にそっちで言い訳を考えといてくれ。ここに来たことだけは絶対に言うなよ」
そこでようやく自分の置かれた状況の深刻さに気が付いて、ローズは顔色を変えた。
「あの……もしかしてわたくし、大変なことをしでかしてしまったのでしょうか」
「そうだ。反帝国派の地下基地なんかに忍び込んどいて、タダで帰してもらえるとでも思ったのか?」
ハンスは薄暗い地下道を慎重に車を走らせながら、呆れたように答えた。
「もっ、申し訳ございません! でもなぜ……助けてくださるのですか?」
騒ぎになったら面倒だから。
そう答えようとして、ハンスは困った。
――そういやクラウスにでも引き渡した方が、何倍も簡単な話だったな……。何やってんだ、俺。
「さあ、なんでかな」
進行方向を向いたまま、ハンスはとりあえず、そう答えを誤魔化した。助手席のシスターがこちらの横顔を食い入るように見つめているらしいのが、妙に居心地が悪い。
やがてこちらを向いたまま、シスター・ローズがぽつりと言った。
「貴方は……ご自分の『役柄』が、よく分かっていらっしゃるのですね」
「役柄?」
「神より自分に与えられた使命ですわ」
「使命とはまた、教会の人間はえらく大げさだな。俺は自分のやりたいことを、出来る範囲でやっているだけだぞ」
「わたくし、分からなくなっておりましたの。自分の本当にやりたいことが。でも、今日貴方に会って……」
「黙れ」
突然の低く短い命令に、ローズはビクリとして口をつぐむ。だがその理由は、すぐに判明した。基地内の夜警らしき二人組の誘導に従い停車すると、すぐに男が近付いてくる。
「所属と名前を」
その問いに、助手席のローズが緊張したように身を強張らせた。上着の裾をぎゅっと握られているようで、わずかに引っ張られる感触がある。
「俺だ」
だがハンスは落ち着いたまま、そう短く答えると。彼の顔を携行灯で照らした男達は、すぐに笑顔で道を開けた。
「ああ、ハンスさんでしたか! どうぞ」
再び走り出すと間もなく地下道は終わり、湿った縦穴へとたどり着く。車から降りたハンスは、縦穴の壁面に取り付けられた梯子を指し示して言った。
「ここを上がれば、教会の裏庭だ。一人で登れそうか?」
「はい。その……今夜貴方にお会いしたこと、わたくし、きっと一生忘れませんわ」
「そりゃあ教会のシスターにとって、こんな冒険、なかなかないことだろうな」
どこか呆れたように言うハンスに、だがローズは晴れやかな笑みを返す。
「まったくですわ。でも貴方のおかげで、ようやく答えが見つかりましたの!」
「……? それは何よりだが」
理解に苦しむハンスに、再び丁寧に礼を述べると。勝手に騒いで勝手に納得したシスターは、梯子を登って帰って行った。