第26話 その邂逅は偶然に(2)
「お嬢ちゃん、教会の見習いか? なんで支援物資の箱なんかに入ってたんだ」
呆れたようにハンスが問うと、すると彼女は顔を真っ赤に染めて抗議した。
「失礼な! わたくしは二十四歳です!!」
「なっ、これで一個上かよ!?」
ハンスは目の前で激しくご立腹の女に、改めて目をやった。体格だけでなくその顔立ちもかなり童顔の部類に入っていて、とても年上には思えない。
「これで、は、余計ですわ! 見た目で侮らないで下さいまし!!」
そんな彼女の反論を耳にして、ハンスははっとして素直に謝ることにした。自分だって体型をネタにされると腹が立つのだ。ならば自分が言われて嫌なことは、他人にも言うべきじゃない。
「そうだな。悪かった」
軽くだが真摯な雰囲気で謝るハンスに、彼女は面食らったようである。
「わ、分かって下さればよろしいのです」
勢いをくじかれた様子で握っていた拳を下ろす彼女に向かい、ハンスは問いかけた。
「それで、何であんたは箱の中なんかにいたんだ?」
だがそんなハンスの問いに、答えが返ることはなく。彼女は突然、あふれるままにその感情をぶちまけた。
「中から全て聞かせてもらいましたわ! まさか……善意の支援物資を、戦争なんかに利用していただなんて!! たとえどんな理由であろうと、暴力を暴力で解決するなんて、あってはならないことなのです!」
「……まあ、いいから落ち着け。そもそも、あんたは一体何なんだ?」
呆れたようなハンスの声に、彼女は少しばかり冷静さを取り戻したようである。彼女は、ここがどういう場所か解っているのかいないのか……その童顔に似合わぬ使命感を帯びた表情で、堂々と名乗りを上げた。
「わたくしはローズ。アルディオン王国から少数民族支援のために参りました、奉仕団所属の修道女ですわ!」
「そのアルディオンのシスターが、なぜネズミみたいに物資の箱なんかにもぐり込んでたんだ」
「わざともぐり込んだわけではありません。不正の疑いありと調査しておりました途中で、人の気配がしてとっさにこの箱に隠れたところ、そのまま運ばれてしまっただけですわ」
「調査って、なぁ……無謀と勇気は違うぞ。悪いことは言わんから、ここで見聞きしたことは今すぐ全部忘れるんだ。そしたらこっそり帰してやるから」
本来、基地の存在が外部の人間に知れたなら、たとえ聖職者であってもタダでお帰り頂けるわけがない。だが面倒事を嫌うハンスには、問題への対処を甘くしがちな傾向があった。
しかしそんなハンスの消極的善意に気付いていないシスターは、彼をキッと睨み上げるようにして言った。
「そんなことより、人に名乗らせたのであれば、名乗りを返すのが筋というものではありませんの? ここはロカナン族解放戦線の基地であるようなのに……あなた、ロカナン族ではありませんわよね?」
そう言って、彼女はハンスの左耳を凝視する。ハンスはため息をつくと、頭を掻いた。
――まあ俺なんかが名乗ったからといって、問題になるものでもない、か。
「ああ、俺はハンス。ユーゲル人の職人だ」
「やはりユーゲル人……帝国軍にしかないはずの巨人兵をロカナン族が使い始めたことが不思議だったけれど……さては貴方が持ち出したのね!? いったい何を企んでいるのです!」
小さな肩をこれでもかといからせながら、ローズはびしりとハンスに指を突き付けた。そんな彼女を前にして、ハンスは再び深いため息をつく。
――正義感あふれるシスターか。またえらく面倒くさいのを見つけちまったな……。
「いや、持ち出したわけじゃないんだが……俺は自分のやりたい仕事ができるなら、どこへでも行くってだけだ。別に大した政治的思想があるわけじゃない」
「なんて無責任な! 貴方の思慮の足らない行いが民族間の対立激化を煽っているということが、なぜ分からないのですか!?」
「でもそれは、あんたの国のお家芸だろ?」
「……どういうことですの?」
実は少しくらいは心当たりがあるということなのか……ローズは急に声のトーンを落とす。そんな彼女を前にして、ハンスは冷静に言葉を続けた。
「対立する二派の弱い方を支援して共倒れを狙うのは、アルディオン人の常套手段じゃないか。この国のことだってアルディオンからの資源援助がなけりゃあ、ロカナン族が複数の巨人兵を同時に維持運用するなんて、どだい無理な話だったんだ。そしてそれを手助けしてるのが、あんたら教会の奉仕団なんだよ」
「そ、そんな……まさか、司祭様はそれを承知の上で……」
ショックを受けたようにつぶやくシスターに、ハンスは再び警告してやることにした。
「分かったなら、悪いことは言わん。ここで見聞きしたことは全部忘れて、今すぐ奉仕団に帰るんだ」
ちょうどそんなセリフを言ったところに、タイミングが良いのか悪いのか。保管庫の入口からひょっこりと顔を出したのは、フィアである。
「あ、ハンスやっと見つけた! 向こうに夜食持ってきてるんだけど……あれ、その服ってシスターさん? どしてこんなとこに?」
不思議そうに首をかしげるフィアを見て、先ほどまでの威勢は一体どこへやら。困ったような顔をして、ローズは小さくつぶやくように言った。
「耳飾りがない……貴女も、ユーゲル人なのですか?」
「ええっと……たぶん?」
そう言うと、フィアもちょっぴり困ったような顔をして、小さく首をかしげた。現れたのがフィアでひとまず助かったが、この様子では他の人間が気付くのも時間の問題だろう。
「ほら、これ以上のんびりしてると、どんどん目撃者が増えてくぞ。悪いことは言わんから、早く帰るんだ」