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第25話 その邂逅は偶然に(1)

 (わたくし)がそれに気づいたとき、まさか、信じたくないというのが本音でした。ですが調べれば調べるほどに、状況は黒を示しているのです。


 いつもの奉仕活動へ同行するために、隣国へと向かう船に乗っていたときのことでした。突然の嵐に船が大きく揺さぶられ、私は慌てて積荷の無事を確認しようと船倉へと向かいました。ですがそこで倒れて床を黒く濡らしていたのは、定番の支援物資でなく……見覚えのない、『石の油』だったのです。


 人道支援のための物資に、なぜ、これほどまでに大量の石の油が必要なのでしょう。寒さの厳しい冬に向けて、『灯し油』として使うためだとしても……それにしても、量が多すぎるではありませんか。


 どうにも疑問が拭えなかった私は気付いていないフリをしながら、適当な理由をつけて司祭様に頼み込み、支援物資のリストに目を通しました。しかしそのリストには、『石の油』という項目自体がありません。


 もしやこれは、密輸では――!?


 しかしこんなことが出来るのは、この奉仕団の長であるグレゴリー司祭様だけのはず。まさかあの敬虔(けいけん)なる神の信徒である司祭様が、不正に手を染めておられるということなのでしょうか。


 とても信じがたいことですが、何の証拠もなしに問い詰めたところで、適当にはぐらかされてお終いでしょう。ここはさらに詳しい調査が、必要なようです。


 悶々としたまま間もなく隣国の港に到着した私は、さらなる証拠をつかむため……石の油の行く先を、調べることにしたのです。



 *****



「ハンスさん、すいません! ちょっと見てもらってもいいですか?」


「ああ」


 困ったような顔をしてやってきたのは、見習い職人のうちの一人である。ハンスは作業の手を止めて腰を上げると、青年の後をついて工作室の中を横切った。この彼は見習いの中でも特に仕事熱心で、汎用機の整備を主担当として行っているのだ。


 ここはバルドル親方のもとで質問しやすい雰囲気が作られていて、一見不愛想なハンスにも、後輩たちはみな無遠慮なほど質問にやって来た。対するハンスは内心少々面倒に思いつつ、だがその根っこが律儀(りちぎ)な性格から、聞かれたら何度でも丁寧に答えていたのである。


 熱く面倒見が良いながらもすぐ威圧的な口調になるバルドルと対照的に、ハンスは常に淡々として冷静だった。そんなハンスは自分から他人に深く関わろうとすることもなかったが、だがそんな彼の下には、いつしか多くの見習いたちが集まっていたのである。


 そんなハンスは今日も熱心な後輩の質問に答え、ようやくそのフォローから解放されたのは、すでに一日の仕事を終えた者の多い時間帯だった。だがハンスは作業を終えようとはせずに、物資の保管庫へと向かう。


 ――今日も残業か。


 ハンスの時間を取っていたのは、弟弟子(おとうとでし)たちからの質問攻めだけではない。このところの操縦師たちの成長に伴うさらなる専用機需要で、ハンスの作業量は大幅に増えていたのだ。


 だが彼はそれに文句ひとつ言うことなく、むしろ状況を楽しんでいるほどだった。自分が必要とされているという事実ゆえの充足感、もちろんそれもある。だがそもそもの本質的に、彼は今の自分の仕事が大好きであるからだ。


 そんなハンスは上機嫌のまま、携行灯(カンテラ)を片手に薄暗い保管庫の扉を開けた。これから使う資材を探して、部屋の奥へと向かい歩き始める。その時。


 かすかに響くゴソゴソという音に気が付いて、ハンスはぴたりと動きを止めた。


 ――ネズミにしては大きそうだが、イタチでも紛れたか?


 このあたりの物資は、確かついさっき届いたばかりのはずである。食糧品ではないので油断していたが、(かじ)られでもしたら大変だ。


 ハンスは息を殺して気配のもとを探すと、そろそろと距離を詰めて行く。やがて音源の特定に成功すると、大きな木箱の蓋に手を掛けた。


 薄暗がりの中でそれを開けると、中には想定外に大きな黒いものがうずくまっている。


 ――イタチにしても大きいが、一体何が……


 好奇心に負けやすいところのあるハンスは、けっこう危険には無頓着な(ふし)がある。そんな彼は興味のおもむくままに手を伸ばすと、その背中らしきあたりを無造作につかみ上げた。


「きゃああああ!」


 イタチにしては騒がしい声が響いて、黒い塊が箱の底から引きずり出される。黒い法衣の首根っこを軽々と持ち上げられていたのは、まさかの小さな人間だった。


「んなっ、女!?」


「ちょっと、放してっ!!」


「あ、すまん」


 慌てたハンスが思わずパッと手放したので、彼女は再び箱の中へとドサッと音を立てて着地する。


「ひゃあっ! ちょっと、わざとやってますの!?」


「いや、ほんとすまん。大丈夫か?」


 ハンスは箱の底からヨロヨロと立ち上がる彼女に手を貸して、箱の外へと引っ張り出した。ようやく暗く狭い箱の中の旅を終えた彼女は、深く安堵の息をつく。


「はあ……死ぬかと思いましたわ」


 女にしてもごく小柄な彼女は、そう言いながら乱れた法衣のベールを外す。黒布の下から現れた黄金のゆるい巻き毛が、小さな背中にさらりと広がった。


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