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第22話 その作戦を猛然と

 その日、作戦は当初の予定通りに決行されることとなった。


 真夏の太陽がじりじりと照りつけ風もほとんどない今日は、まさに熱中症日和だろう。人ですら油断したらすぐに倒れてしまいそうな、この陽気である。熱しやすい量産型の巨人兵なら、簡単に過加熱で倒れてくれそうだ。


 帝国軍の兵士たちは、今頃お昼休みを取っているところだろうか。そんな真昼の時間帯、各員が定位置についたところで、作戦開始の号令が下された。


 演習と同じようにフィア機の横に陣取ったハンスは、双眼鏡を片手にフィアに合図を送る。最初に用意しているのは、ただの岩塊だ。数発の岩塊で素早く大まかな位置調整を行った後、とうとう実弾の出番である。


 燃料貯蔵庫の上へと的確に降り注いだ流星群は、貯蔵庫の屋根へと突くように刺さり、破り……そして間もなく、大きな火の手を上げた。だがそれでもまだ半分ほど残っていた弾が、全て投げ尽くされようとした、その時。


『巨人兵、移動始めました!!』


 千里眼で広範囲に感応の網を張っていたレッテの鋭い声が、通信石から響き渡った。ハンスが双眼鏡を覗き込みつつ頭をめぐらせると、大門をくぐって次々と巨人兵が現れるのが視界に入る。


 そのうちの一機が、ぐるりとこちらを向いたとき。見えないはずの操縦師と目が合ったような気がして、ハンスはゾクリと背筋が凍るような感覚に襲われた。


 ――まさか、この距離で向こうから見えるはずがないだろ。……いや。確かキメラ兵は熱感知だけじゃなく、遠くを見通す猛禽の目も持ってるんだったな。本当にこちらを視認された可能性はある……か。


 とはいえ、視認されたところで非戦闘員である自分が直接相対(あいたい)することはないだろう。そんなハンスの考えを補足するかのように、通信石から司令の声が届いた。


『作戦を次の段階へ移行する。フィアを中心とした囮部隊は迎撃準備。カスパルを中心とした伏兵部隊は、そのまま次の指令を待て。では非戦闘員は全員、安全圏へ後退だ』


 クラウスの指示を受けて、ハンスも後退すべく見習いたちを連れて自分の魔動車に乗り込んだ。その時。


『ま、待ってください! 機体が……おかしい!?』


 通信石から聞こえてきたフィアの慌てたような声に、ハンスは急いで車を降りた。


『な、なんでだろ!? 出力がどんどん下がっていく!!』


 基地から続々と出てきた敵巨人兵たちの数は、相当なものである。さっきハンスが視線を感じたことから、目的のキメラ兵も含まれているとみても良いだろう。だがせっかく誘導できても、フィアが戦闘に参加できないと意味がないのだ。残りのメンバーだけで三体のキメラ兵を同時に相手をするのは事実上、不可能である。


『復旧は難しそうか!?』


 珍しく焦るようなクラウスの声が、通信石から響いた。


『ダメです! 沈黙、しました……』


『そうか……仕方ない。今回は総員撤退を……』


「待って下さい!」


 苦渋の決断を下そうとしたクラウスを遮ったのは、ハンスの声である。


「撤退開始のリミットは?」


『十五分、といったところか』


「充分です。……修理を始めます」


『そうか……できないことを言う君ではないな。やってくれ』


「了解」


 車に載せておいた特製のツールバッグを腰に着けながら、ハンスは低く応えた。問題が起こっていそうな部位は、ある程度分かっている。だがこの文字通り立ち往生した状態では、直接その部分の装甲を外すための足場は組めないのだ。


 とはいえ、患部に最短でアクセスしなければならないという理由はない。ハンスは見習いたちと共にフィア機の脚部装甲のビスを素早く外して引っぺがすと、するりと中へ入り込んだ。


 外は装甲板の上で目玉焼きができる程の、灼熱の炎天下である。()にあぶられた巨大な鉄人形の内部に入った途端、息を吸えば肺も()けつくほどの熱気が、ハンスを襲った。だが彼は勝手知ったる巨人兵の中、熱された駆動系に足をかけ、上へ上へとよじ登っていく。


 ようやくたどり着いた腰部の機巧を確認すると、ハンスは笑った。


「ハハッ、やっぱり、慣れねぇ動きで給油管がねじれやがっただけじゃねぇかよっ!」


 ハンスは足場に適した骨格を探してしっかりと両の足を踏みしめると、腰のツールバッグから工具をいくつか(つか)み出した。


 腰袋と呼ばれるこのツールバッグは、高所作業の多い巨人兵の職人にとっては馴染みの深いものである。だが以前おかみさんの手ほどきを受けフィアが作ってくれたこれは、ハンスのよく使う道具が取り出しやすい位置に最適化された、特別製のものだ。


 ――これが俺の、専用機みたいなもんだな。


 ハンスは微かに笑うと、管のねじれを直すために最低限除く必要のある部分のパーツだけを、的確に外し始めた。ぶわりと体中から噴き出した汗が頬を伝い、口に(くわ)えた工具の端からポタポタと滴り落ちてゆく。


 ――よし。


 ようやく給油管のねじれを直し終えると。どくどくと血管が波打つように、再びオイルが内燃機関へと向かって流れ始めた。それを確認したハンスは工具類をバッグに仕舞うと、巨人の骨格を伝い脚部へと向かう。


 焦らず慎重に降りようと、細い隙間に身を滑り込ませた、その時である。


 轟音と共に機体が揺れ動き、ハンスは足を滑らせた。途中の機巧に打ち付けられて、肺から潰れたような声が出る。


「ぐあっ!!」


 だがとっさに熱い脚部骨格(シャーシ)に腕をひっかけると、痛みに耐えてしがみつく。なんとか体勢を立て直しながら、ハンスは内心悪態をついた。


 ――クソが、技術屋舐めんなッ!!


 痛みと熱で朦朧(もうろう)となりながら、ハンスは己を奮い立たせると。何とか身を起こし、再び脚部を下へと降りてゆく。


 とうとう装甲を(はが)した部位へと帰り着くと、ハンスは外へと転がるように飛び出した。そして付近に待機していた見習いたちに、叫ぶ。


「ビス打ち、急げ!!」


「「はいっ!!」」


 見習いたちが再び脚部装甲を取り付けている間に、ハンスは懐中から通信石を取り出した。そして装甲が元通りになった瞬間、操縦席へもつながるそれに向かって声を上げる。


「フィア、再起動かけろ!」


『了解!』


 通信石づてに声が響くと、再び動力が流れ始めた。巨人兵はひとつ身震いすると、ゆっくりと動き出す。その様子を見届けると、ハンスはがくりとその場に膝を突いた。


「ハンスさん!?」


「技術班、後退だ。悪い、やっぱ運転代わってくれ……」


 ハンスはなんとかそれだけ見習いたちに伝えると。これから戦場と化すであろう現場を、急ぎ後にしたのだった。


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