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第02話 その再会は必然に

 数時間後。ハンスは古い手紙を片手に、帝都の外れにある街を歩いていた。下町の舗装されていない往来には人々がせわしなく行き交い、軽く土埃を立てている。さらに大通りから一本曲がると、赤茶けたレンガ造りの建物が並ぶ小道が続いていた。


 ――確か、この辺りか。


 ハンスは手紙の裏に書かれた住所を確かめると、軽く辺りを見回した。無数の小さな工房が集まるこの地区には、似たような建物ばかりが立っている。識字率の低い下町で、わざわざ看板を掲げる工房なんてない。彼は話を聞けそうな人を探して、通りを歩き始めた。


 昼食を終え、みな午後の作業に戻った頃である。通りは閑散として人気(ひとけ)がなく、ただ作業に勤しむ音だけが周囲の建物から響き渡っていた。


 ――参ったな、通りにここまで人がいないとは。


 どこかの扉を叩いて、話を聞かねばならないか。そう、ハンスが考えた時である。通りに響く作業音に混じって届いたのは、道の先で言い争う男女の声だった。声の方へと目をやると、大きな包みを抱えた老女が二人の兵士に絡まれている。


 ――あの兵士の着ける腕章は、国家憲兵か。


 身元を保証してくれる人のいないこのタイミングで厄介事に巻き込まれるのは、ごめんである。ハンスはさり気なく横道へと歩みをそらすと、やりすごそうと角を曲がったところで聞き耳を立てた。どうやら老女の持つ大きな荷物を憲兵たちが不審に思い、中身をあらためようとしているらしい。


 確かにそれは、彼らの正当な業務である。だがその高圧的すぎる物言いにハンスが軽い苛立ちを覚えているうちに、とうとう憲兵の一人が老女を突き飛ばしたようだった。尻餅をついた老女の手から荷物が落ちて、ガシャンと重たい音を立てる。ハンスは急いで手持ちのカバンを地面に置くと、口を開いて中身を探った。


 中から取り出したのは、銀色の細く小さな笛である。彼はすうっと深く息を吸うと、それを強く吹き鳴らした。高く鋭い音が、通りの雑音を切り裂くように響き渡る。


「なんだ!?」「事件か!?」


 慌てたように辺りを見回す憲兵たちを物陰から確認して、ハンスは再び、笛を吹いた。これは、この国の国家憲兵たちに支給されている、特殊な呼子の笛である。


 憲兵たちが仲間に緊急事態を知らせるために使うこの笛を、なぜハンスが持っているのか? 実は軍の廃金属置き場に捨てられていたものを修理して、いつか役立つだろうと御守り代わりに失敬していたのだ。


 それは早速効果を発揮して、憲兵たちは老女を置いてハンスのいる横道へと走り込んでくる。


「兵隊さん、あっちです!」


 横道の先をハンスが指差すと、憲兵たちはそちらの方へと走って行った。入れ替わるように横道から通りに戻った彼は、呆気(あっけ)にとられた様子の老女に走り寄る。


「婆さん、今のうちに逃げるぞ」


「あ、ああ」


 ハンスは老女のずっしりと重い荷物を代わりに持つと、急いで通りを後にした。



 *****



 ようやく老女の住む家に着きドアを閉めると、二人はホッとして息を吐いた。


「いやあ、ほんと助かったよ。ありがとうねぇ」


「……いや」


 ――今頃あの憲兵たちは、カンカンになって俺を探しているかもしれない。俺は目立つ風貌じゃあないが、さっきの今だからな……。さて、これからどうしたものか。


 ハンスがそう思案に暮れていると、老女が笑顔で言った。


「荷物もありがとね。あんた、細っこい見かけによらず力持ちだねぇ!」


 体格に恵まれた者の多いユーゲル人の男にしては、ハンスは平均よりも細身である。それに自覚がある彼は、軽くむっとしながら答えた。


「……別に、こんくらい持ち慣れてますんで」


 ハンスの不機嫌さを隠しきれない声を聞き、老女は申し訳なさそうな顔をする。


「あらまあ、ごめんよ。本当に、褒めたつもりだったんだ」


「いえ……しかし、やけに重い荷物ですね」


 ――本当に重いな。これ、中身は何なんだ?


 荷物を置きながらハンスが軽く不審そうに首をかしげていると、老女は慌てたように言った。


「あ、ああ、うちは魔動車の工房やっててねぇ。これはちょっとした素材さ。そうだ! お詫びといっちゃあなんだけど、よかったらうちで夕飯でも食べていっとくれ!」


「いや、大丈夫です。それより少し聞きたいことがあるんですが。バルドル・グンターさんって知りませんか?」


 ハンスが例の手紙を取り出しながら問うと、老女は驚いたように目を丸めた。


「あら、そりゃあうちの人の名前だよ!」



 イルマ・グンターと名乗った老女に連れられて、ハンスは家の裏手にある工房へと向かった。中では数人の若者に混じって、たくましい腕と立派に整えられた髭を持つ老人が一人、一心に鎚を振るっている。


「親方!」


 その懐かしい姿にハンスが思わず声をかけると、老人は作業の手を止めて顔を上げた。


「おう、ハンスじゃねえか!」


 ニカッと豪快に笑う老人――バルドルのもとに思わず駆け寄ると、ハンスは迷わず頭を下げる。


「ご無沙汰してます!」


「久しぶりだなぁ! 元気にしてたか!?」


 ――親方の大声は、嫌いじゃない。


 ハンスは笑みを浮かべると、腹の底から声を出した。


「はい!」



 *****



「そうか、オットーの奴がなぁ……まあ、俺が辞める前からそういう雰囲気はあったが」


「余計な話をしてしまって、すいません。ただそんなわけで、次の仕事を紹介して欲しいんです」


 少し早めの夕食でテーブルを囲みながら、軍でのオットー親方とのやりとり含め、これまでの経緯を軽くバルドル親方に報告すると。ハンスは持っていたフォークをテーブルに置き、改めて頭を下げた。


「お願いします」


「そうだなぁ。お前の技量ならどこでもやって行けるとは思うが……」


 バルドル親方は思案するようにきちんと刈り込まれた顎髭を撫でると、ボソリと言った。


「お前……イルマを憲兵野郎から助けてくれたらしいな」


「まあ……一緒に逃げただけですが」


 反射的に謙遜するハンスをじっと見つめて、バルドルは試すように問う。


「……ハンス、俺のところで腕を振るう覚悟はあるか?」


「覚悟?」


 ただ仕事をするのに、どんな覚悟がいるというのだろう。

 訝しむように聞き返したハンスに、親方は睨むような視線を向けた。


「たとえそれで帝国に逆らうことになっても、だ」


 厳つい親方の、それもいつも以上に鋭い視線に、ハンスは一瞬鼻白む。だがすぐに彼は眼差しに力を込めると、真っすぐに睨み返した。


「正直言って、俺には帝国に自らすすんで逆らうほどの理由はありません。ですが……俺の技術を()かせるという事であれば、話は別です」


 しばしの沈黙が降りたあと。一転してバルドルは破顔すると、言った。


「ハッハ、いい心意気だ。よしハンス、お前は今日からうちの工房の一員だ!」


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