第18話 その忠告に黙然と(1)
ハンスはやりかけていた仕事を手早く終えると、早速、明日の演習に間に合うよう榴弾の用意を始めた。この世界で利用されている『榴弾』とは、火炎魔術の魔術文字が刻まれた岩である。魔術文字が壊れる、つまり着弾して岩が破壊されることがトリガーとなり、火を吹きながら爆発四散するのだ。
ただ火炎魔術とはいうが、この榴弾の威力を担保しているのは、散弾のように弾けて被害をもたらす岩の破片の方である。兵士に向かないタイプの魔術師たちによってルーンが刻まれた石は、魔術の使えない一般兵が戦力になれる方法として、広く利用されていた。
なおこの榴弾は、通常であれば投石機を用いて攻城戦用の兵器として使われる。だがそんな一般兵が十数人がかりで使用する大掛かりな投石機用の従来型榴弾では、重すぎて飛距離が稼げないのだ。
さらに今回の目的は重厚な基地の外壁の破壊ではなく、燃料保管庫の破壊、および着火である。破片の威力自体はそこそこでよくて、穴さえ開いてくれれば中の燃料に引火できるだろう。そこで今回のケースでは、軽量タイプを新規開発することにしたのだった。
ちなみに同様の原理で人が手で投げて使うサイズの擲弾もあるが、巨人兵が投げるには小さすぎるものなのは、説明するまでもないだろうか。
ハンスは自作の計算尺を取り出すと、巨人兵の投擲用榴弾に最適な重量の検算を始めた。あまり細かく調整している時間はないが、目標物が大きい今回は、それほど精度が必要でないのは幸いである。
だが準備を終えると、もう外ではすっかり日も落ちた頃だった。急ぎ格納庫の方へと向かうと、通信師のレッテはいつものように操縦師たちに混ざり、ちょうど夕食を終えたところである。ハンスは彼女に声をかけて連れ出すと、工作室へと向かった。
既製品が使えないのなら、専用品を作るしかない。だが肝心の魔術文字を刻むのは、魔術師でなければならないのだ。
ハンスはリーダーのクラウスに専門の術師の紹介を頼んだが、なにしろ今回は時間がない。結局すぐに手が空いている術師が見つからなくて、取り急ぎ頼みやすい身内に、お願いすることになったのである。
工作室の入り口をくぐるなり、レッテはうんざりしたように言った。
「こんな夜から新しい作業を始めるなんて、あなた、相変わらずの仕事中毒っぷりよね」
「すいません、明日から投げる練習したいんですが、モノがないと始まらないので」
「まあ仕方ないわ。さっさと始めてさっさと済ませるわよ!」
見習いたちが午後に総出で削り出していったのは、ひと抱えもある岩塊の山である。それらがズラリと並ぶ作業台の前へとレッテを誘導し、作業の概要を伝えると。ハンスは少し離れた場所で、フィア機の最終チェックを始めた。
巨人兵を使って物を投げるのは、軍でもここでも経験のない、初めての試みである。明日の演習が失敗すれば、またイチから作戦の立て直しだ。だがそうしている間にも、あのキメラ兵による被害は増えていくだろう。これ以上の被害拡大を防ぐ手段は、ハンスの両肩にかかっていた。
しばらくお互い黙々と作業していると、入り口からひょっこりと人影が現れる。
「しつれーしまーす」
顔を出したのは、夕食の片付けを終えたフィアだった。その手に抱えているのは、陶器でできた小ぶりの両手鍋が置かれたトレイである。
「ハンス、また夕ごはん食べに来なかったでしょ!」
操縦師に戻った今も、彼女は任務がない時は出来るだけおかみさんの手伝いを続けているのだ。
「はい、差し入れ!」
「ああ、悪い」
まだ熱々として湯気を立てているのは、ぶつ切りにされた豚の腸詰め入りのシチューである。ハンスは鍋ごと受け取ると、そのまま大きな木の匙で中身をすくった。しばらく無心でかっ込んで、空になった小鍋をトレイに返す。
「ごちそうさん。待っててもらって悪かったな」
「ううん」
てっきりそのまま上に戻ると思っていたフィアは、だがトレイを置いたまま言った。
「フィアも手伝う!」
勢い込んで言うフィアに、だがハンスは首を横に振る。
「いや、いい。あんたは明日に備えて早く寝ろ」
「ええー、フィアもやりたかった……。二人だけずるい……」
「ずるいって、俺たちは別に遊んでるわけじゃないぞ? 仕事してるんだ」
ハンスは自らの頭をガシガシと掻きながら、困ったように言った。
「ほら、子供はもう寝る時間だ」
「むー、フィア子どもじゃないし!」
むくれているフィアを見て、ハンスは軽いため息をつく。
「じゃあ大人のフィアは、明日の仕事に備えて早く寝るべきだとは思わないのか?」
「それは……そーだけど」
しゅんっとしてうつむくフィアを見て、ハンスはこの機会を逃さず対処しておくことにした。このところ、彼女の扱い方が少しだけ分かってきたのである。
「すいません、ちょっと上まで送ってくるんで、作業進めといて下さい」
少々手間はかかるが、ここでムキになったフィアと押し問答を長々と繰り返すよりは、よほど賢い選択だろう。だが横で見ていたレッテには、そんな完璧な計画は伝わらなかったようである。
「ハイハイ、お熱いこと」
「そっ、そんなんじゃ!」
慌てるハンスに、レッテは呆れたように手を振った。
「分かったから、早く行ってきなさい!」




