第17話 その参謀は泰然と(2)
クラウスは用意していた資料から大きな巻紙を取り出すと、テーブルの上一面に広げた。これは攻撃目標とその周辺を描いた地図である。
国の機密事項であるはずの、帝国軍基地の敷地内施設の配置図が、恐ろしいまでに正確である理由とは。以前にハンスが、古巣の記憶をもとに修正をかけたものだったからである。圧倒的物量を持つ敵軍基地の攻撃をクラウスが決断した背景には、この配置図の存在があったのだった。
まだ守秘義務という発想のない時代だが、まさか正式な配置図を見たこともない一職人の記憶だけで平面図を正確に再現できるとは、上層部も思わなかったようだった。そうでなければ、ハンスも軍をただでは辞めさせてもらえなかったことだろう。
「ではまず、ハンスの案を基本に検討しよう。狙撃とのことだが、火炎砲を想定してるのかな?」
「いえ、火炎砲では射程が短すぎて危険です。巨人兵による榴弾の投擲を提案します」
「投擲だって!? 巨人兵の腕はザコを振り払うのが精一杯のお飾りだろ? そんな器用な使い方、ムリだって!」
それまで黙って会議を聞いていたカスパルが、困惑したように声を上げた。
あれからいくつかの戦場をフィアと共にした彼は、すでにその態度をかなり軟化させていた。そもそも、わだかまりが捨てきれていなかった時点でも、フィアにストレスを与えるような態度を取ることは……カスパルはできるだけ、避けてくれていたようである。
そんな彼の言い分も尤ものことだと考えたハンスは、うなずきながら言った。
「ああ。巨人兵の主な攻撃といえば踏みつけと体当たり、そして火炎砲だが、俺は常々疑問に感じてたんだ。ヒトが一番先に本能で繰り出すのは拳なのに、なぜ巨人兵の腕は設計からしておざなりなのかと、な。それで以前から部品交換の度に少しずつ設計を見直して、肩回りを強化しておいたんだ。ここんとこ、前より操作感が良くなってはなかったか?」
「そういや、ここんとこ無意識に腕を使うこと増えてたような……。でも狙撃に使うには、けっこう練習がいりそうだぞ? オレ、球技あんま得意じゃねーんだけど」
心配そうに言うカスパルに、だがハンスは自信ありげにかすかに笑う。
「こんなこともあろうかと、最適な軌道を描くために必要な挙動は、試算済みだ。決められた動作をたどる正確性なら、フィアが適任だろう。こういうのは得意なはすだ。どうだ?」
そうしてハンスは、隣に座るフィアへと目を向ける。すると彼女は、ハンスの期待に応えようとするかのように、力強くうなずいた。
「やります。やらせて下さい!」
「よし、決まったな。では次に検討すべきは狙撃の目標地点か? 巨人兵の誘導が目的だから、格納庫ではどうだろう。慌てて出てくるのではないかと思うんだが、どうかな」
そう言うと、クラウスはハンスの方へと視線を送る。そんな彼の提案は、もっともなものだろう。しかしハンスはわずかに逡巡した後に……別の目標地点を提案することにした。
「自分は、格納庫ではなく燃料貯蔵庫の方を推します。火災を起こせば少ない手数で騒動を起こせますし、さらに消火の方に魔術兵たちの人手が取られ、こちらへ向かう主力を巨人兵に絞ることができるかと」
「ああ、そちらの方が確実そうだ。それに格納庫を破壊したら、君のかつての同僚が多数犠牲になってしまうところだったね」
「あ、いや! そういうわけでは……」
上手く隠したつもりの意図を読まれて、ハンスはわずかにうろたえる。だがそんな彼を前にして、リーダーは穏やかそうに微笑んだ。
「いや、いいんだ。非戦闘員に被害は少ない方がいい。俺たちは、復讐鬼にはなってはいけない。復讐は憎しみの連鎖を生むだけだ。俺はその点でも、ハンスたちには本当に感謝しているんだ。ユーゲル人の全てが敵ではないと、皆に教えてくれたからね」
「……いえ」
小さく応えるハンスにかすかにうなずきを返してから、クラウスはテーブルに広げた地図に指をさす。
「では話を戻すが、目標はこの地点として、投擲の飛距離はどのくらいかな」
「巨人兵の腕の長さ、現時点で可能な肩の旋回速度から、精度を考慮すれば高低差のない状態で三百パッススが限界かと。弾の重量にもよりますが」
「ならば狙撃手の配置点は……」
言いつつクラウスは、目標から半径三百パッススの範囲に円を描いた。移動や遮蔽物、そして最終的な決戦地点を考慮に入れて、いくつかのポイントを吟味する。
そしてようやく木々に覆われた小高い丘に、狙撃手の配置ポイントを定めると。後は決行の日時決定という段階で、クラウスはフィアに問いかけた。
「投擲の練習に、何日かかる?」
「三日……いえ、二日あれば!」
勢い込んで言うフィアをフォローするように、ハンスが話を引き継ぎ、言った。
「いえ、榴弾の準備もありますから、五日ほど時間を下さい。フィアには、自分が練習の補助と精度の調整に付きます。その間、例のキメラ兵の襲撃対応がなければ……ですが」
「承知した。では決行は早い方が良いだろう。このまま各自不都合なくば、六日後の正午に向けて準備を進めてくれ」
「えっ、オレらの仕事は!?」
困ったように声を上げるカスパルに、クラウスは苦笑する。
「ああ、すまない。カスパル機ほか巨人隊は、おびき寄せた敵機の待ち伏せだ」
「つまり準備はいつも通りってワケね。りょーかいっ!」
カスパルがぴっと小さく手を上げて敬礼したのを合図として、メンバーは各々の担当作業へと戻って行ったのだった。




