第10話 その狂気は隠然と(2)
ロカナン族には元来、魔力操作に秀でる者が多い。そこにハンスの調整したそれぞれの専用機が加わって、ロカナン族解放戦線には恐ろしいまでの少数精鋭が完成しつつあった。
戦力の強化は暴走が先行していた武装グループに作戦を選ぶ余裕を与え、やがて民間人に無駄な死者を出すゲリラ攻撃をやめることにつながった。同じ目的を持った少数民族の仲間たち、そして軍に反発する多数民族の中の少数派たちと連携し……的確に帝国軍のみと渡り合える対抗組織へと、変革してゆく段階を迎えていたのである。
「とは言ってもなぁ。ハンスが来てからうちの調子がサイコーなのも確かなんだけどさ、最近あちらさんの様子がおかしいってのもあるんだ。これまでおっそろしく強い『人形』ってヤツらがいたんだけど、最近まったく出てこねぇんだよ」
「そ、そうなのか」
――その『人形』、今ごろ上でイビキかいてる頃だからな……。
ハンスがなんとか冷や汗を隠しながら相づちを打つと、カスパルは続けた。
「ああ、そういやちょうどハンスがうち来たあたりから姿を見ねぇから、オマエは知らねぇよな。見た目はおんなじ巨人兵なのにさ、やったら動きの良いヤツがいて……」
カスパルはそこで言葉を切ると、ハッとしたようにハンスを見た。
「……ハンスってさ、ここ来る前は帝国軍で巨人兵の職人やってたんだよな」
「……ああ」
「もしかしてあの機体、オマエが調整してた?」
「……まあ」
きまり悪そうに答えるハンスに、カスパルは笑いながらうなずいた。
「なんだぁ、それならあいつらが調子落としたガテンがいったぜ!」
「……すまん」
「何言ってんだよ。あの頃は散々帝国の巨人兵には苦しめられたもんだけどさ……バルドルも、オマエも、それが仕事だったんだ。そして今はもう……仲間だろ?」
そうしてカスパルは、ハンスの背中をバシバシと叩いた。
「いやー、ハンスが仲間で良かったよ! ハンスをクビにしてくれた帝国軍に、感謝だな!」
「そうだ、気にすることはない。皆、君のここでの確かな仕事ぶりには、本当に感服しているんだ」
突然落ち着いた声が響いて、穏やかそうな風貌を持つ三十半ばの男が格納庫に現れた。左耳にピアスを持つ彼の名は、クラウス。この武装グループのリーダーにして、巨人兵部隊の司令も兼ねている。
そしてクラウスと共に現れたのは、ハンスにとって初めて見る顔の妖艶な美女だった。カラフルかつ細やかな刺繍が一面に施された法衣は、ロカナン族の術師がまとう民族衣装である。その刺繍は一つ一つが魔術的な意味を持ち、術式の威力を高める効果があった。
――この格好は、たまに辻占いで見かけるロカナン族の占い師のものだな。占い師がなぜこんなところに。
そんなハンスの心中の疑問に答えるように、クラウスが言った。
「ハンスは会うの初めてだよな。彼女はレッテ。ロカナン族の中でも強力な魔術師でね。ここでは通信師長として、送話術を使った通信の中継と、千里眼を使った哨戒を担当してもらってる」
ようやくその姿が腑に落ちたハンスに、彼女は笑顔で手を差し出した。
「初めまして、マルグレッテよ。みんなにはレッテと呼ばれているわ」
「初めまして、ハンスです」
ハンスが握手を返すと、レッテはその手をしっとりと握って笑みを深めた。
「よろしくね、ハンス。あなたのお噂はかねがね」
「いや、こちらこそ……どうも」
そう小さく答えたが、なぜか彼女は手を離さないまま、探るようにこちらの目を覗き込む。手を離すタイミングを失ったハンスが困っていると、クラウスから声が掛けられた。
「ここにはね、次の作戦について相談したくて来たんだ。今少し、時間をもらっていいだろうか」
「ええ、大丈夫です」
ようやく自然に手を離すことに成功したハンスは、クラウスたちと共に格納庫の片隅にあるテーブルを囲む席に着いた。
クラウスの持ってきた相談とは、巨人兵の燃料消費量を抑える方法というものである。
「燃料が足りてないんですか?」
「そういう訳ではないんだが、次に検討している作戦は巨人兵の連続稼働時間が長くなりそうなんだ。だから、補給せずに出来るだけ長く持たせる運用が知りたくてね。なお燃料の備蓄自体は潤沢にあるから、安心してくれ」
その言葉で思い出し、ハンスは常々考えていた疑問を口にした。
「そういえば、この国の油田は帝国が囲い込んでいるはずなのに……なぜ解放戦線が巨人兵を複数運用できるほどの石の油を確保できているんです?」
「それは……実はね、アルディオン王国から支援を受けているんだ」
「アルディオンから!?」
ハンスはその思いがけない名を聞いて、つい驚きの声を上げた。
「ああ。アルディオンは帝国の我らに対する弾圧に、かねてから同情的なんだ。だから教会の奉仕活動に紛れ込ませて、ひそかに支援物質を送ってくれているんだよ。俺たちがこうして帝国と戦っていけるのは、アルディオン王国のおかげなのさ」
──アルディオン……か。
アルディオン王国の本国は、西の洋上に浮かぶ小さな島国である。だが強大な海軍力と政治力で多くの植民地を従える、強国だ。そんな彼の国は表だっては帝国と対立せずに、ただ人道的理由だけを名目として、ロカナン族を支援してくれているのだという。
とはいえアルディオンには、そうするだけの大義名分があった。実はこのユーゲルヴァルト帝国の先代国王妃は、アルディオンの元王女だったからである。
だがその先王妃は夫の急逝から義弟の即位が決まったとたん、まだ幼い王女を連れて祖国へと帰って行った。この国では家督の継承者として、女子を認めていなかったからである。そうしてアルディオンは、先王妃の名の下にロカナン族への『人道支援』を開始したのだ。
『教会』という不可侵の第三者機構を媒介させるその手段、そして先王妃を文字通り追い出したという負い目がある手前……真向からの皇帝批判はあえてしないアルディオンの『善意』を、皇帝は拒否しきれないでいたのだ。
──だがこれは、あの国の常套手段だな。
軍にいた頃に漏れ聞いた話を集めただけでも、恐らくそれはアルディオン王国の得意戦術だ──そう考えて、ハンスは僅かに眉根を寄せた。
一つの土地で対立する二つの勢力のうち、弱い方を支援する。そうして両者を戦わせ、消耗しきったところに訳知り顔で現れるのだ。仲裁できるのは自分だけ──そうして漁夫の利を得るのである。
――それに帝国より脇の甘そうな解放戦線からなら、巨人兵の技術を手に入れられそうだとでも思っているのかも知れないな。
だがハンスは、黙っておくことにした。この人道支援、今のところは『弱い方』であるこちらが受けて損することはない。むしろアルディオンとの関係をぎこちないものにするくらいなら、余計なことは言わない方がいいのだ。
将来的にいざ帝国と対等な和平交渉をというフェーズを迎えたときのことを考えると、アルディオンは味方につけておいた方が良いだろう。それに『石の油』を供給してくれるのは、この上なくありがたいのだ。ならば余計なことを言い、彼らの関係に水を差す必要はない。
──いや、後でクラウスにだけは、軽く伝えておくか。
そう考えながらハンスは打ち合わせを終えると、カスパル機の部品交換作業へと戻ったのだった。