表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/39

第01話 その解雇は突然に

「ハンス! ハーンス!」


「はい」


「おい、ハーンス! いねえのかぁ!?」


 イラだつようなオットー親方の呼び声に、ハンスは作業の手を止める。そして内心ため息をつきながら、精一杯に声を張った。


「はい、ここに!」


「なんだてめぇ! いやがったのならすぐに返事しやがれ!」


「……すいません」


 金属加工の大きな音が、朝から晩まで響き続ける工房――ここで働く人間のほとんどは、怒鳴(どな)るような声音がデフォルトとなっている。だがそれはハンスにとって、ここで長年過ごした今でもなかなか馴染(なじ)むことのできないものだった。


「なんだぁその反抗的な目は!」


「……地顔っス」


 生来目つきの良くない方だということは、ハンスにとっても自覚のあることである。さらに案件ひとつの納期が短くなった最近は、疲れ目でやぶにらみ気味になっていた。だがもう作り笑いを浮かべる気力すら残っていない彼は、そう小声で答えて視線を外す。


「チッ、相変わらず辛気(しんき)くせぇヤツだなぁ! 機体の組み立ては終わったのか!?」


「はい。後はこれを使用する操縦師(そうじゅうし)を確認したら、特性に合わせて細かい仕上げを……」


 報告を続けようとするハンスに、だが親方は羽虫(はむし)を追い払うように手を振った。


「ああ、仕上げなんていらねぇいらねぇ。こいつはどうせそこらの一般兵が乗るやつだからよ。組み立て終わって形になったんなら、そこで作業完了だ」


「……そうスか。じゃあ宿舎に戻ります。お疲れ様でした」


 もう何度も繰り返された切り上げ指示に反論する余力もなくて、ハンスは小さく頭を下げる。だがその頭上に響いたのは、無情な言葉だった。


「ああ、お前もう明日から来なくていいぞ。宿舎の部屋も早めに出ろよ!」


「なっ……どういうことですか!?」


 驚いたように声を上げる彼に、親方は薄く笑った。


「なんだ、大声出せるじゃねぇか! どうもこうも、お前はクビだっつってんだよ」


「俺が、なぜ!? この十年、俺はきちんと仕事をこなして……」


「あーその『きちんと』が、ダメなんだよなぁ。お前だけ一件の作業に時間がかかりすぎてんだよ。しかもお前が『調整』しちまった機体は同種でも互換性がなくなって、壊れたら部品取りすらできなくなっちまうだろ」


「しかし、その調整によって、性能は桁違いに上がるんです!」


 珍しく声を上げて食い下がるハンスに、親方は鼻で笑った。


「何言ってやがんだ。お前が作業した機体はな、『なんかエンストしやすい気がする』って現場から苦情が来てんだよ。時間ばっかりかけといて、できた機体は扱いづれぇったらありゃしねぇ。ここは学校でも慈善団体でもねぇ、()えあるユーゲルヴァルト帝国軍のお抱え工房なんだ。使えねぇヤツは、クビだ!」


「……わかりました」


 このごろ職場の雰囲気が急激に変化していることを察していたハンスは、早々に反論を諦めて工房を出た。振り返って仰ぎ見ると、晩冬の澄んだ夜空を(おお)うようにそびえる、赤レンガの建物が目に入る。


 広大な軍の敷地内に立つその建物には宿舎が併設されていて、十三で見習いとして奉公に入ってからもう十年――彼の人生の約半分は、ほぼこの大きくて小さな世界で完結していた。


 前任の親方は職人気質(かたぎ)な老人で、ハンスは彼にイチから厳しく育てられた。だが三年ほど前、老親方の引退と共に、環境は一変することとなる。


 品質より物量、そして効率を最優先すべしという軍の方針転換を反映するかのように、今のオットー親方が任命された。元は兄弟子だったその新しい上長は、そんな軍の新方針に沿うよう忠実に、生産体制の改革を進めていったのである。


 そして今日、ハンスはとうとうコストカットの標的となったのだ。


 翌朝、ハンスは十年間過ごした軍の宿舎を後にした。わずかな私物を、手提げカバンひとつに詰め込んで――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ