第01話 その解雇は突然に
「ハンス! ハーンス!」
「はい」
「おい、ハーンス! いねえのかぁ!?」
イラだつようなオットー親方の呼び声に、ハンスは作業の手を止める。そして内心ため息をつきながら、精一杯に声を張った。
「はい、ここに!」
「なんだてめぇ! いやがったのならすぐに返事しやがれ!」
「……すいません」
金属加工の大きな音が、朝から晩まで響き続ける工房――ここで働く人間のほとんどは、怒鳴るような声音がデフォルトとなっている。だがそれはハンスにとって、ここで長年過ごした今でもなかなか馴染むことのできないものだった。
「なんだぁその反抗的な目は!」
「……地顔っス」
生来目つきの良くない方だということは、ハンスにとっても自覚のあることである。さらに案件ひとつの納期が短くなった最近は、疲れ目でやぶにらみ気味になっていた。だがもう作り笑いを浮かべる気力すら残っていない彼は、そう小声で答えて視線を外す。
「チッ、相変わらず辛気くせぇヤツだなぁ! 機体の組み立ては終わったのか!?」
「はい。後はこれを使用する操縦師を確認したら、特性に合わせて細かい仕上げを……」
報告を続けようとするハンスに、だが親方は羽虫を追い払うように手を振った。
「ああ、仕上げなんていらねぇいらねぇ。こいつはどうせそこらの一般兵が乗るやつだからよ。組み立て終わって形になったんなら、そこで作業完了だ」
「……そうスか。じゃあ宿舎に戻ります。お疲れ様でした」
もう何度も繰り返された切り上げ指示に反論する余力もなくて、ハンスは小さく頭を下げる。だがその頭上に響いたのは、無情な言葉だった。
「ああ、お前もう明日から来なくていいぞ。宿舎の部屋も早めに出ろよ!」
「なっ……どういうことですか!?」
驚いたように声を上げる彼に、親方は薄く笑った。
「なんだ、大声出せるじゃねぇか! どうもこうも、お前はクビだっつってんだよ」
「俺が、なぜ!? この十年、俺はきちんと仕事をこなして……」
「あーその『きちんと』が、ダメなんだよなぁ。お前だけ一件の作業に時間がかかりすぎてんだよ。しかもお前が『調整』しちまった機体は同種でも互換性がなくなって、壊れたら部品取りすらできなくなっちまうだろ」
「しかし、その調整によって、性能は桁違いに上がるんです!」
珍しく声を上げて食い下がるハンスに、親方は鼻で笑った。
「何言ってやがんだ。お前が作業した機体はな、『なんかエンストしやすい気がする』って現場から苦情が来てんだよ。時間ばっかりかけといて、できた機体は扱いづれぇったらありゃしねぇ。ここは学校でも慈善団体でもねぇ、栄えあるユーゲルヴァルト帝国軍のお抱え工房なんだ。使えねぇヤツは、クビだ!」
「……わかりました」
このごろ職場の雰囲気が急激に変化していることを察していたハンスは、早々に反論を諦めて工房を出た。振り返って仰ぎ見ると、晩冬の澄んだ夜空を覆うようにそびえる、赤レンガの建物が目に入る。
広大な軍の敷地内に立つその建物には宿舎が併設されていて、十三で見習いとして奉公に入ってからもう十年――彼の人生の約半分は、ほぼこの大きくて小さな世界で完結していた。
前任の親方は職人気質な老人で、ハンスは彼にイチから厳しく育てられた。だが三年ほど前、老親方の引退と共に、環境は一変することとなる。
品質より物量、そして効率を最優先すべしという軍の方針転換を反映するかのように、今のオットー親方が任命された。元は兄弟子だったその新しい上長は、そんな軍の新方針に沿うよう忠実に、生産体制の改革を進めていったのである。
そして今日、ハンスはとうとうコストカットの標的となったのだ。
翌朝、ハンスは十年間過ごした軍の宿舎を後にした。わずかな私物を、手提げカバンひとつに詰め込んで――。