帰る場所
よろしくお願いします。
「ところで、あなたの名前も教えてもらえると助かるのだけれど、良ければ教えてくれないかい?」
名前…地球での名前は何となく使いたくなかった。
「私、記憶がないみたいで、名前も何も覚えてないんです。」
「おや、そうなのかい?それなら名無しは不便だろうから、そうだねぇ、エルとかどうかね。」
「エル…」
「気に入ってくれたかい?」
「はい!とても気に入りました。ありがとうございます。」
「いいんだよぉ。」
お互いの自己紹介を終えると急に風が強く窓に当たった。
「おや、今日はお客さんがよく訪れる日だねぇ。」
『ヌシサマ』『キタ』『アタラシイ』『ナカマ』
「迎えにいこうかねぇ。エルも良かったら来ないかい?」
「どこに行くんですか?」
「私の仕事の1つなんだよ。」
精霊とおばあさんは扉を出て行ってしまった。私もあわてておばあさんについていき、外に出ると爽やかな秋晴れの空と小さな庭があった。そして庭を出ると舗装された一本の道を10分ほど進んでいくと私が倒れた美しい湖があった。そこには精霊たちが多く集まっており、光はより一層綺麗に輝いていた。
おばあさんはその光の中を進んでいくと、ポツンと黒く光る精霊を他の白く光る精霊たちが囲んでいた。おばあさんは黒い光を手のひらに包み、湖に手を入れた。
「愛しき子よ、今はお眠り、優しい夢を見れるように、ここでお休み。何も怖いことはない。私とそして仲間たちが守るから」
腰が曲がり、語尾は常に伸ばしているおばあさんが空気を震わせるような声を響かせると精霊たちもそれにこたえるかのように、おばあさんの周りを囲んだ。そして、おばあさんが陸に戻ってきたときには手のひらにいたはずの精霊はいなくなっていた。
「精霊はどこに行ったんですか?」
「あの子は、湖の力で浄化しているんだよぉ。穢れてしまったからねぇ」
そう言いながらおばあさんの家に帰る道を歩きながらぽつぽつとおばあさんはこの世界のことを話してくれた。
「あの子は元々ここの精霊たちと一緒で綺麗な光を放っていたんだけどねぇ。人間たちは精霊たちの力を奪い取り、帰る場所の森も奪ってしまってねぇ。人間が嫌いになって滅ぼしたいという気持ちでいっぱいになってしまったんだよ。だから黒く染まってしまった。あの子はまだ無事だったが、精霊たちはその黒い気持ちを抱えたままでいると我を忘れて、破壊することしかできなくなる魔物になってしまうのさ。」
「そうなんですね…」
「エル、あなたさえ良ければここにいないかい?私も年でねぇ。中々体がうまいこと動かない。一緒に家事とか手伝ってくれるとありがたんだがねぇ。エルには払ってあげられるものは何もないけどこの世界の知識や私の薬学の知識を教えてあげたいんだが…どうかねぇ。」
ありがたかった。正直この世界の事も何もかも知らないのに旅をするのは危険だと思ったからだ。異世界にきて改めて自分の無力さを実感したからこそ、おばあさんの手伝いをしながらこの世界について知っていこうと思った。
「ありがとうございます。家事もなんでも手伝います。」
「こちらこそ、提案を受け入れてくれてありがとぉ」
おばあさんは私の横を歩きながらふんわりとした笑顔を浮かべ、私の手を握った。おばあさんの手はしわしわで暖かった。
「さぁここが今日からあなたの帰る家だよぉ」
手を握りながらおばあさんは家の中に入れてくれた。私は小さい声で
「ただいま」
とつぶやくと、おばあさんは
「お帰り」
と言って目じりにしわを寄せて幸せそうな笑顔で言ってくれた。
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