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天異術師まゆりの物語  作者: 如月あこ
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第一章《5》 西方ファルリア地方への帰還

 もう時期、西方の領土へ入るという。

 馬車に揺られ続けて、半月ほど経っただろうか。魔法で転移することは出来ないのかと問うたまゆりに対して、リゼルが「魔法は万能ではないのだよ」と肩をすくめてみせた。

 いわゆる瞬間移動というのは、夢物語の域らしい。

 まゆりは、リゼルから「予習」として聞いていた、リゼルが治める領地を思い描く。

 原木林に囲まれた、帝国のなかでは孤立した地方だという。まるで小国のように独立してるが、原木林のなかには十の村が点在しているのみで、戦力になる軍人は皆無だという。よって、帝国から独立に同等の風体を保っていることを、黙認されている。

 というのも、リゼルが治める西方の領土――ファルリア地方は、魔法アイテムの生産地として有名だからだ。十の村で、それぞれ特産品といえる魔法アイテムの生産に取り組んでおり、それらは帝国にとって欠かせない品々となっている。

 魔法アイテムの制作方法は極秘であり、他国からのスパイや侵略に対する防衛の意味も備えての、領土の在り方だという。

 そんなことを考えていると、人の手が加わっていない原木林が前方に姿を現した。

 やや馬車が跳ねるが、それに耐えながら、まゆりはふと、ここまでの道中に意識をやった。

 馬車は、毎夜野営をした。

 野宿ともいう。

 まゆりは、夜は馬車の外で眠っていたが、なかなかもって、盗賊とやらが眠らせてくれない。大半の盗賊たちが単体ゆえに、交渉による取引を試みた。結果は、半々だ。甘いものが貴重なことは承知していたゆえに、蜂蜜ひと瓶を差し出し、見逃してもらったこともある。それで納得できない者は、リゼルが強制的に処罰を下した。

 彼らと対峙してわかったことだが、彼らは娯楽で人を襲っているわけではないようだ。楽に稼ごうとか、そういった目的の者は半数以下で。それ以外の者たちは、食うに困って仕方がなく旅人を襲っているらしい。

 恵まれた、膨大な金品を使って作られただろう王都を思い出すと、どうも嫌な気持ちになる。

 所詮、ヴァルギス帝国も格差は多分に存在するようだ。

(それにしても、あれはなんだったのかな)

 あれは、初めて盗賊に襲われたとき。

 そう、あれは夜盗だった。

 まゆりは、唯一そのとき持っていた乾燥無花果を差し出したのだ。これをやるから見逃してほしい、という意味合いで差し出したのだが、今考えると愚の骨頂である。

 いくら甘いものが貴重とはいえ、乾燥無花果一個で助かるとは到底思えない。

 それなのに、あのときのまゆりは、それを当然のように行った。疲れていて、頭が回らなかったのもあるだろう。だが、それだけではないように考えてしまうのは、深読みしすぎだろうか。

 まるで――そう、まるで、何者かに操られていたような、そんな錯覚さえ覚える。

(翌朝は、あれがケンタウロスが授けてくれた幸運かなって、思ったけど)

 今思うと、その考えさえも、納得がいかない。そんなふうに考えたまゆりの思考自体に、違和感を覚えるのだ。

 どうやら、孤児院という閉鎖的な世界から出て生きていくには、この世界の知識が必要らしい。もっと多くを知らなければ。

 決意を新たにしていると。

 原木林を馬車が抜けて、視界が明快になる。

 原木林は、比較的高い位置にあったらしく、眼下には、原木林とは別の種類である大森林が広がっていた。点在する村からだろうか、大森林の方々で、煙がぽつぽつとあがっている。

 そんな大森林を見下ろせる位置、今まゆりたちがいる位置よりも高い場所に、古城がある。大森林からなだらかな傾斜で道をしくその古城が、リゼルの住まう家らしい。

 まるで、本当に小国のようだ。

 リゼルは、やっと帰ってきたかぁとぼやきながら、気だるげに古城を見ている。

「屋敷じゃなくて、本当にお城なんだね」

「ん? 屋敷がお城をモチーフにしてるとか、中途半端な代物だと思ってた? 私の根城は古城だと伝えたはずだけど」

「まるで、王族みたいだから驚いたの」

 やや皮肉を含ませる。皮肉が届いたのかは不明だが、リゼルは笑みを深めた。優しい雰囲気は身をひそめ、狡猾めいた欲望が瞳に宿る。

「かつて、この近隣にあった小国の王が住んでいた場所さ。まぁ、数百年以上前のことだから、有効利用させてもらってるんだよ」

 そういうものなのか、とまゆりは思うことにした。


 古城の前には、巨大な門扉がある。

 リゼルの馬車がすぐ目前で停止すると、門扉が自動でひらいた。鉄の門扉で、高さは十メートル以上あるだろう。見上げると首が痛くなるほどの高さだ。

 複数人の男が、せーの、という掛け声のもとに開いている姿を想像したが、自動でひらいた門扉の裏側には誰もいなかった。開閉に関しては、魔法の一種だろう。

 馬車は、ゆったりと門扉を超えて、古城の手前で止まった。

 まゆりが先に下りて、リゼルが下りるのを待つ。

 正面玄関の前には、青年が一人と若い女性が三人いた。皆が使用人の姿をしているため、おそらくだが、使用人だろう。

 青年が、リゼルに深くお辞儀をするのをきっかけに、若い女性も頭をさげた。

「おかえりなさいまで、領主様」

「うん、ただいま。留守の間、何もなかったかい?」

「……少々、お耳に入れたいことがございます」

「ならば、部屋で聞こう。ああ、そうだ。彼女は、まゆり。私の弟子だよ」

 途端に、三人がこぼれんばかりに目を見張る。

 奇異な視線を向けられて、まゆりは肩をすくめた。どうやら旅の間に、リゼルの癖がうつってしまったようだ。

「リン、バンたちを頼む。シズク、まゆりに部屋を案内してあげて。キューブは私の荷物を片しておいてくれ。ああ、鞄はいつも通り触らないでね」

「「「かしこまりました」」」

 三人の女性が、頭をさげる。

 リゼルが、持ち前の美貌を惜しげもなくさらしながら、まゆりを振り返った。

「じゃあ、シズクに案内させてね。まゆり、きみは私の大切な弟子だから、不満があったらいつでも言っていいんだよ?」

 刹那、ぶるりと女性たちが震えるのが視界の端で見えた。

(あれ。交友的な主従関係じゃないのかな)

 支配者が圧倒的な地位や権力で部下を従えるのは、ままあることだ。

(まぁ、いろいろと想定しつつ、暮らしていこうかな。……魔法を覚えるまでは)

 この世界で、魔法使いは希少だ。

 魔法使いの力さえ手に入れば、将来は約束される。

 まゆりは、力が欲しいと思った。

 偽善的で、愚かな者の考えかもしれないけれど、考えた結果としてまゆりが望むのは、「平穏」以外の何物でもない。

 ここでいう平穏とは、まゆりを含めた大切な者たちが、なんの変哲もない幸せを得ることに他ならないのだが、それが難しいのがこの争いばかりの世界だ。

 まゆりは、リゼルが古城に入ったのち、シズクという女性――おそらくだが、メイドだろう――に案内されるかたちで、古城に足を踏み入れた。

 エントランスはホテルのようで、そこから半円の描く階段が二階に続いている。

 そこを進み、さらに廊下の奥にあった螺旋階段を上っていく。

 どれだけ上ったのかわからないが、シズクが「この上の階が最上階です」と告げた下の階、そこにあった一部屋に案内された。

「げ」

 部屋を見たまゆりが、思わず声をあげたことをシズクは聞き逃さなかった。

「ご不満であれば、部屋を変えますが」

「いえ、大丈夫です。あんまり豪華だったから――わぁ、このベッド、ありえないふわふわベッドだ」

 王都で、まゆりが寝かされていたアレだ。

 広さは左程ないが、調度品や家具はなかなかもって高級なものばかりで、気後れしてしまう。

 シズクは、上の階に領主様のお部屋があり、食堂やその他もろもろの説明をくれた。半分ほど聞き流しつつ、ざっと部屋を確認する。

 ふと。

 壁につるしてあった絵画が気になって、シズクの話の途中で失礼だと思いながら、絵画へ歩み寄る。

 それは、豊穣祭の絵だった。身なりのよい者が稲や果実を神に供えており、中央の祭壇に向かって祈りをささげる神官がいる。祭壇を遠巻きに見つめながら、そのほかの民衆は踊っていた。男女が手をとり、足や手をあげて。

「豊穣の儀式に見えるんですが、これはなんの絵ですか?」

「申し訳ございません、わかりかねます」

「そう、ですか」

 何が気になるのか、まゆり自身よくわからないまま、まぁいっかと据え置いた。

 一通りシズクから話を聞いたまゆりは、彼女が退室したあと、「ありえないほどふわふわベッド」に寝転んでぼうっとした。

「……私、なんで生きてるんだろ」

 その呟きは、無意識だった。

 死んだと思ったら転生していて。

 自国の軍に襲われたと思ったら、魔法使いに助けられて。

 なぜ、まゆりは生き続けているのだろう。

 ふと、笑う。

 生きることに理由を見出す必要なんかない。

 それぞれの人間には役割が与えられているとか、そんな話は信じない。生きることは生物の本能だ。だから、まゆりは今の自分の状況に感謝しなければならない。

 なぜなら、生きているから。

―生き続けよう。望む平穏が、手に入るまで)

 うとうととし始めた透は。

 上の階から、「ぎゃあああああああああ」と聞こえた悲鳴に、飛び起きた。

 何があったのかわからないまま、確認しなければと、部屋を飛び出した。


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