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天異術師まゆりの物語  作者: 如月あこ
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第三章《3》  束の間の、閉幕

 まゆりは、ペルソンドに案内されて、彼の自室の前まできた。

 まゆり宛のプレゼントとやらを預かっているからだという。ペルソンドは、持ってくるのでお待ちくださいと言ったが、一緒に行ったほうが早いと、まゆりもペルソンドの部屋へついてきたのだった。

 当たり前のように、ペルソンドとともに彼の部屋に入ろうとすると、はっと慌てたようにペルソンドが振り返って足を止めた。


「失礼いたしました、こちらで暫くお待ちくださいませ」

「……入っちゃ駄目なの?」

「これまで、私が軽率でした。シューラー様は、妙齢のお嬢様であらせられます。私のような使用人の部屋に出入りするのは、外聞がよろしくないでしょう」

「それって、私とペルさんがイチャコラしてるって、思われるってこと?」

「いちゃ……はい、そういうことです」

「ううーん」


 まゆりは、唇を尖らせる。

 可愛い少女が我儘を言うようなアヒル口ではなく、不満いっぱいにむぅと唇を突き出したのだ。


「まず一つ目。ペルさんは、私とそんな噂が出回ると迷惑?」

「……迷惑ではございません。………そんな目で見ないでくさい、本心です。ですが、その、シューラー様と親しくさせていただいている現状、やや、領主様からのあたりが変わったような気が致します」

「え。ぶったりとか、罵倒したりされたの?」

「以前までは、そうでしたが」

「ひっどい! 抗議してくるっ」


 きびすを返しかけたまゆりの腕を、ペルソンドが咄嗟に掴んだ。だがすぐに、その手を離して、頭をさげる。


「ご無礼を」

「え、何かされたの? これからされるの?」

「みだりに触れてしましました」

「別にいいじゃない。馬だって、一緒に乗ってるんだし」

「シューラー様には、乗馬を学んでいただくこととなりましたので、その点はご安心――」

「待って」


 ペルソンドは、かたくなだ。

 さすがに違和感を覚える。表情も険しいものになっており、まゆりが瞳を覗き込むと、視線をそらした。


「何かあったの?」

「なにもございません」

「もしかして、リゼルから酷いお咎めを受けたとか」

「いいえ、私は何も」

「態度が変わったって」

「それは、いえ、シューラー様がお考えのようなものはございません。領主様は、私に対しても、お声をかけてくださるようになったのです。私だけでなく、ほかの使用人たちにもです。すれ違うときに、一言くださったり。まるで、人のように扱ってくださるようになりました」

「挨拶もなかったの!?」


 人のように扱って、とペルソンドは言うが、では一体、これまでどんな対応をされてきたのか。考えると、怒りを通り越して恐怖が身体を駆け巡る。

 そういう世界だというのは、頭では理解できるけれど、この国や貴族、魔法使いという権力ある者の「当たり前」が、他者を虐げることにつながっているということを、改めて知ったのだ。

 馬車の前へ子どもが飛び出し、通行を妨害するとしよう。貴族はその子どもを罰してよい。家族諸々粛清となれば「やりすぎ」だと思われかねないが、たとえ何人粛清しようと、貴族側が罰せられることはないのだ。

 この世界では、人によって、命の価値が変わる

 そんな世界に、まゆりはいる。


 だから、ペルソンドたちへの対応について、リゼルは「当たり前」に振る舞っているに過ぎない。同じように、まゆりは弟子だから優しくしてもらえている。


(日本も、昔はそうだったよねぇきっと。……この世界も、千年以上経てば、四民平等が広がるのかな)


 王政や帝国主義が悪いというわけではない。統治自体に、身分差から生じる価値観の差を、鑑みていないのだ。

 ペルソンドが、なんとも言えない渋い表情で言葉を失っていたため、まゆりは露骨な咳ばらいをしてごまかした。


「二つ目。私がペルさんの部屋に入ったり、ペルさんが私の部屋に私の許可を得て入ることは、法律に反するの?」

「そのような法律はございませんが、ですが」

「三つ目! 私は貴族じゃない。リゼルの弟子なだけで、まだろくに魔法も使えない新米なの。私が貴族みたいな態度をとる必要はないから。……まぁ、リゼルがいたら、私もリゼルの恥にならないように彼の弟子として振る舞うけど」

「……ですが、やはり私は態度を改めていく必要がございます」


 ペルソンドは、そう言うと観念したように頭を下げた。その窮屈だろう姿勢のまま、話し始める。


「此度の件、私がローグを招いたことにより、大変ご迷惑をおかけしてしまいました。私が愚かな真似をしていなかったら、シューラー様もあのようにお怪我をすることはなかった」

「えっ、う、ん? や、それはしてたと思うけど。……でも、関係ないよ。ローグは、私をしゃべるの嫌になったの?」


 手を伸ばすと、ペルソンドがそっと身を引く。

 衣類に触れようとした手が、空中を掴む。


「……どうか、距離感をご意識ください。私も男ですので、二人きりとなれば、よからぬ噂をする者も」

「それさっきも聞いたけど。嫌なの? 私を噂されるの、本当は――」

「噂で済まなかったら、どうするんです!」


 ペルソンドの声は、おそらくこれまで聞いた中で、一番大きかったに違いない。耳がキーンとするほどの大声に、まゆりは目をぱちくりさせた。

 ペルソンドが、戸惑いを露わに直立になり、目を伏せた。


「わ、私は男です。これでも。どんな過ちを犯すか、わかりません」

「ペルさんが私を襲っちゃうかもってこと? 駄目なの?」

「な、な、そ、そういう話では――」

「いいなら受け入れるし、嫌なら拒むよ。魔法も少し使え始めたし。でも、ペルさんが私のことをむちゃくちゃ好きで、一緒にいるとひたすらムラムラして我慢できないから苦しいっていうんなら、譲歩してあげなくもないけど」


 ちら、とペルソンドを上目遣いで見上げる。

 意地の悪い笑みが浮かんでいるだろうまゆりを見て、ペルソンドはほっと息を吐いた。


「では、それでお願いします」


(チッ)


 ペルソンドは、話しは終わったとばかりに部屋に入って行った。目の前で閉まるドアを見て、まゆりはぶーたれる。

 もっと照れるかと思ったけれど、そんなことはなかった。

 突然、まゆりとの距離を意識し始めたのは明確だが、それが何によるものか、まゆりにはわからない。少なくとも、嫌われていないようだから、よいけれど。


(確かに身分ある若い女性が男の部屋で二人きりになるのはなぁ……私、身分なんてないんだけど)


 そんなことを考えていると、ペルソンドが戻ってきた。彼が持っていた一抱えの籠に、まゆりは目をぱちくりさせて、凝視した。


「なにこれ」

「村人から、シューラー様への贈り物です」


 彼が持っていた籠には、様々な包みで丁寧にラッピングされたプレゼントが沢山つまっていた。その数、ざっと見ても百以上はあるだろう。なんとなく触りにくくて、見つめるにとどめた。


「なんで村人から? 何かお祭りでもあったの?」

「シューラー様への、感謝の贈り物です。とくに、第二の村と第六の村からは、多く届いています。こちらには、手紙もございます」


 ペルソンドが取り出したのは、紐で結ばれた複数の手紙だった。

 おそるおそるそれらに目を通すと、そのどれにも感謝の言葉が書かれていた。リゼルに対して、うがった目で見ていたかもしれないと、謝罪も添えられている。


 まゆりは以前に、村で偉そうに演説めいたことをした。

 あのあとは、言いすぎたと胸を痛めたが、一部の人たちへの心には届いたのだ。まゆりの言葉によって、行動によって、領主であるリゼルの行動が、どれだけ民を守っているかが。


 そう理解した瞬間、はらり、と涙がこぼれた。


 懸命に訴えると、聞いてくれる人もいるのだ。理解してくれる人もいるのだ。

 対話は重要で、意見を知って答え、不満を聞いて解決策を模索していくことは、彼らとの距離を縮めて――ひいては、ささやかな幸せを望む世界を生むことが出来るのではないか。


 たとえ。

 この気持ちが、もっとも届いてほしい人に、届かないとしても。


「ありがとう、ありがとう。全部、大切にする。……大切にするから」

「はい。シューラー様、私たちも同じ気持ちです。あなたが来てくださってから、城の雰囲気が変わりました。ありがとうございます」


 深々と改めて頭をさげられて、まゆりは溢れそうになる涙をこらえながら、ずびずびと鼻をすすった。

 この城は、暖かい。

 ボロくて、ちょっと我儘で変な魔法使いが住んでいるけれど。


 ここはもう、まゆりの帰る家なのだ。



 *



 まゆりは、魔法使い見習として、魔法使いの勉強を始める。

 その間も戦火は続き、多くの死者を出したが、争いは一向に止む気配はない。

 だが、まゆりの暮らすファルリア地方は、リゼル一人で統治をしていたころよりも豊かになり、遥かに住みやすい場所へ変わっていく。



 そして、三年が過ぎ。

 まゆりは、十八歳になったころ。




 大陸の遥か西にある小国が、一夜にして消滅した――。



 おわり




一旦、完結です。

不完全燃焼ですが、他に書きたいものも出来たゆえ、一時閉幕とさせて頂きます。


ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!

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