第二章《8》 この世界の正体
両親は言う。
お前は恵まれているんだ、と。
向かいの家のまゆりには、両親がいなかった。祖母に育てられた彼女は、真っ当に育ち、透とは正反対の性格をしている。
透は、両親を含めて、すべての人間が嫌いだった。
社会のはみ出し者のような目で、透を見る。もし透が、兵器を手にしたら、世界をすべて壊してやるのに。自分だけが生き残ろうなんて思わない。全部、自分も含めて、壊してやる。
そんな思いを常日頃から抱きながらも、部屋からほとんど出ない生活は、酷く透を惨めにさせた。
まゆりは専門学校を卒業して、就職したという。
昔は毎日のように遊びにきたまゆりも、今では滅多に遊びにこない。だが、毎朝出勤時、未練たらしく窓を見上げてくるので、仕方なく姿を見せてやっていた。
まゆりを見送ってから、透がやることは決まっている。
パソコンの前に座って、ここ数年マイブームが続いているオンラインゲームをやるのだ。
名前は、戦場の冒険者ヴィクトリー。
基本シナリオはあるものの、自由度の高いゲームで、ある条件下で発生するイベントは未発覚のものも含めて千以上あると言われていた。
NPCの好感度を上げて恋愛ゲームとして遊ぶ者もいれば、メインシナリオに沿って力をつけ勇者の職業を手にする者もいる。
そんななかで、透は魔法使いを選択していた。
冒頭のシナリオは、選択した職業関係なく同じ。
生活苦によって捨てられた主人公は、孤児院で育つ。だがその世界には戦火の絶えない国々が集まっており、やがて、孤児院は自国に見捨てられるのだ。
そこから、物語は始まる。
唯一生き延びた主人公によって、物語が作られていくのだ。
現在、公開されているメインシナリオは九章まで。
今週中に、メインシナリオ追加発表が公式よりあったため、レベル上限解放もあるとふんで、回復諸々の素材を集めているプレイヤーは多かった。
透も例外ではない。
正直、ゲーム自体のシナリオは、タイトルと同様にクソだ。
細々とした恋愛ゲーム要素などもいらない。好感度をよいふうに上げると傭兵として使えるNPCもいるらしいが、透には興味のないことだ。
透は、ソロプレイヤーだ。
数多あるギルドにも所属せず、フレンドも作らない。
フレンドで効果を得るバフなど、弱者がすること。冒険で手に入れた装備を強化して、ドロップアイテムを集め、パラメーターやスキルを駆使して、戦う。
それでこその、強者。
透はその日、機嫌がよかった。
追加メインシナリオと同時にレベル上限解放も告知され、ついにその日が明後日に迫っていたのだ。
一日、部屋でそわそわ待つのも面倒だったし、ちょうどまゆりか外出の誘いを受けたため、軽い気持ちで是と答えた。
時間つぶしになればいいと、そう、思ったのだ。
武器庫は、まさに宝物庫だった。
外見は簡素な掘立小屋なのに、目くらましも兼ねた結界を消せば、ありえない量の武器が小屋のなかに並んでいる。どれも丁寧に棚に置かれ、一つ一つがとてつもなく希少で高価なものであることが伺えた。
ゲーム内で伝説とまで言われた両手剣があり、さらには、見覚えのない淡い光に包まれた短剣もあった。これは限定品だろうか。透がプレイを始める前に行われたイベント限定品ならば、知らない物もあるだろう。
だが、透はあくまで、魔法使い。
目当ては、魔法武器だ。
にやりと笑い、赤いペンダントのついた首飾りを取る。すぐさま首にかけて、トップ部分を指で触った。赤い宝石のようなトップは見た目のままに固く、だが、中心部には漆黒に渦巻く闇が見えた。
(急がねぇと。ほかのやつも惜しいが、白銀の魔法使いは厄介だからな)
踵を返した透は、目を見開いて足を止めた。
扉の部分に、まゆりが立っていた。
彼女もまた、透と同じように、目を見張っている。
「……透ちゃん、生きててよかった」
「お前こそ、よく生き延びたな。見かけたときは、驚いたぞ」
「すぐに、声をかけてくれればよかったのに」
「嫌だよ、面倒くせぇ。で、なんでここにいるんだ?」
「透ちゃんを、止めに来たの」
まゆりはそういうと、やや身構えるような姿勢を取る。
なぜ彼女がここまでたどり着けたのかは疑問だが、透の邪魔をしようとしていることはよくわかった。あの泣き虫のまゆりが、いつも透の後ろをついてきたまゆりが、透の前に立ちはだかっているのだ。
心の底から、下卑た笑い声が出た。
「お前は、そういうルートを選んだんだな」
「ルート?」
「ここは、戦場の冒険者ヴィクトリーっていうゲームのなかだ。気づいてねぇの?」
「……何を言ってるの。ゲームとか。この領地で、沢山の人が殺されたんだよ。透ちゃんが関わってるなんて、嘘だよね」
「お前は、いっつも偽善的だよな」
鼻で笑うと、まゆりの表情が目に見えて白くなる。
嘘、と小さく呟いたまゆりに、笑みを深めて見せた。
「どうせ、大陸中で戦争やってんだ。大勢が死んでる。ここでは、そいつらを殺す道具の一部を作ってるんだろ? そもそも、ゲームの世界じゃねぇか」
「ゲームなわけないじゃない、皆、生きて、生活してるんだから!」
「だから? つまりあれだろ、流行りの異世界転移ものだろ? まぁ、チートじゃねぇけど、シナリオを進めていきゃいいんだ。俺は力をつける。せっかくこの世界に来たんだ、人生をやり直させてもらうね」
まゆりは、ゆっくりと首を横に振る。
信じたくないと、言っているようだ。透は、首にかけたペンダントをまゆりに見せた。
「これは、魔法使いが使うアイテムだ。これがあれば、俺は最低限の条件で魔法を使えるようになる。ありえねぇほどすげぇ師匠にも恵まれたしな。……なぁ、退けよ」
「透ちゃんはこれから、どうするの」
「決まってんだろ、俺の好きに生きるんだよ。力をつけて、人生をやり直す。全部俺のものにするんだ。クズたちを跪かせて、虫同然に殺してやる。やりたい放題生きるんだよ、この世界には日本みたいに面倒な法律はねぇしな」
一歩踏み出して、ああそうだと透は近くにあった両手剣を持った。
やや重みがあるが、これが報酬となるのだから、仕方がない。
両手剣を両手に持ち替えて、まゆりを見た。
扉の出口から退けようとしない姿に、苛立ちを覚える。
「退けよ」
「退かない」
「まゆりの癖に、俺の邪魔すんのか」
「透ちゃんは、この世界を壊すって言った。……透ちゃんなら、本当にするから、だから、通さない」
「この世界を滅ぼすために、俺は転移してきたんだ」
「この世界を優しくするために、私たちは来たんだよ」
「俺は魔法使いになって力をつけ、多くのやつらを従えて、世界を破壊する。殺戮を楽しむんだよ!」
「私は魔法使いになって力をつけ、争いの火を減らすの。当たり前すぎて、それが幸せだって気づかないくらい、幸せな世界を作るんだよ」
「お前ごときが、世界をつくるって? 笑わせんな、なんもできねぇくせによ!」
「……それでも、しないまま後悔するよりは、いい。透ちゃん、私ね。ずっと、聞けなかったことがあるの」
まゆりが、顔をあげる。
透の前では、俯き加減で話すことが多かったまゆりが。
「孤児院で、たまに、体調が悪化した子がいたよね。何人かの子どもは、急死したりも――」
「ああ、あれか。栄養失調とか言ってた医師がいたな、ヤブもいいとこだろ。御察しの通り、あれは俺がやった。俺が、命を吸い込んだんだ。……今も、ほら。俺が吸った人の精気が、ここにある。見えるか?」
手のひらを空に向ければ、どす黒いオーラが立ち上る。
この領地へきて、何人もの人間の精気を吸った。相手が、ミイラになるまで。もちろん、作戦があるので、領地で起こった事件の半分は悪魔の仕業だ。
まゆりにもオーラが見えたのだろう。
やはり、彼女も魔法使いなのだ。何度か透が弱らせた子どもを、治癒している姿を見たことがあったから、そうではないかと思っていたけれど。
まゆりは、馬鹿だ。
同じ命命術を扱うならば、治癒よりも精気を吸うことに使えばいいのに。
透は、さらに口を開こうとしたが、そろそろ時間切れの音がした。
魔法アイテムを装備したために、白銀の魔法使いが近づいていることを察することが出来た。つくづく便利な道具だ、魔法アイテムとは。
透は、両手を左右に広げた。
馬鹿みたいに突っ立っている透が見つめる前で、詠唱を始める。
(すげぇ、本物の魔法だ。吸うだけの、クソみたいな力じゃねぇ!)
身体を静かに覆うぬくもりに流されるように、湧き上がる呪文を唱えた。
小屋がみしみしと音を立て始める。
驚いて小屋の外へ逃げようとしたまゆりへ、透はとびかかる。まゆりの腕をつかんで、小屋に中央へ引っ張り倒した。その反動で外へ出た透は、冷やかに言う。
「じゃあな、まゆり。もう会うこともねぇだろ」
腐敗した木々を組み立てて出来た小屋が、派手な音をたてながら倒壊する。
透は、片手に持ち替えていた両手剣を、再び両手に持ち直して、その場から去った。




