取締の仮面Ⅸ『似ている』
――俺は、答えを持たないまま………。仲間を呼び出し、後輩ちゃんを呼び出した。
未だに不機嫌そうな賢治と「考える時間を頂きたいと、言ったばかり何ですが……」と不満げな玲奈の2人を前に、俺は1つの答えを見付けた。
夜――……。空は暗く星が散らばっており、時計の針は、既に0時を過ぎている。
真夜中の星空の下で、黒色のパーカーを羽織った真昼の両隣には眠たそうに鉄骨の上で膝を抱えている七条と夜風を感じながら、端末から流れる音楽を聴いている柏木の2人。
ここは、地上ではなく。空の上に浮く浮遊都市ゆえか、非常に風が強くなる時期が時折ある。
ここも例外でなく、25区から上へと運ばれる荷物を置いておく『倉庫街』と呼ばれる巨大な倉庫が所狭しに並んでいる。
倉庫の屋根から、強風とは言わなくともやや強めの風に桜色の鮮やかな髪の毛を靡かせる。
夜間での作戦に不向きすぎるほどに明るい髪の毛を、黒のフードで隠す。
そして、今回の標的が倉庫から、現れ数人の仲間を引き連れて、倉庫街を奥に進む。
「さて、空も蓮も準備出来たか? 今回の標的は、25区の物流に余計なちょっかいを掛ける金持ち様だ。東の話じゃ……11区から下に出回る物資を定価で買い占め、高値で売り捌いてぼろ儲けしているらしい。まぁ、奴が消えても同じような奴は腐る程出るだろ」
「狙いは……。その10区より上の人物か? また、トカゲの尻尾切りみたいに、逃げ出される前に情報だけ抜き取ろうぜ」
「蓮さんは、眠く無いんですか? 私……早朝とか苦手で…」
早朝以前に、先ほど日付変わったんだがな。これを言ったら、七条が作戦に参加しなくなる。蓮は、黙っててくれよ?
真昼のそんな懇願するような目線に蓮は気付き、眠たげな空に手を差し出す。
今回の作戦は、反仮面の東達があの男を牢屋へと入れれる為だけの情報と奴の裏に潜む者達の情報の入手。
真昼がフード下の隠れた頬を釣り上げ、青紫色の炎を仰いで『犀』の仮面を装着する。
「あれ? 真昼、また仮面変えたのか?」
「種類がありすぎて、どれが真昼さんの仮面か分からなくなってきました」
蓮と空が各々の仮面『蟹の仮面』『虎の仮面』を装着し、倉庫の天井から内部へと潜入する。
3人には、胸元の花飾りに内臓した小型カメラと手に持った端末の2つで、証拠となりうる写真と映像を証拠として納める。
真昼が天井の天窓から中へと侵入し、鉄製の階段をゆっくりと降りていく。
中には物資が入った木箱や保護材で保護された貴重な設備や機械が丁寧に置かれ、その全てに値札と行き先の札が付けられている。
これは、貴族様の玩具か? ……うーん。さっぱり分からんが、ろくでもねーのは確かだな
……さて、目の前でお仕事に勤しんでいる労働者さん。悪いが、大人しく寝てもらって良いでしょうか?
真昼が木箱から前方の木箱へと流れるように移動し、男の口元を手で塞ぐ。
声を出させずに、男の足を払って床へと投げ付ける。
仮面装着時の身体能力の増強からの投げ技に、男性はなす術なく勢いよく床に叩き付けられ、床に転がる。
恐る恐る脈と呼吸を確認し、衝撃によって意識を失ってはいるが死んではいない。
それを確認して、真昼は出来るだけ最小限のダメージで制圧していく事を決める。
男性の見ていた書類を全てデータとして残し、標的の男が指示を出していた品物の行き先を確認し、10区のどこかなどを事細かに記録する。
木箱の横から、木箱の中身と書類を照らし合わせる業者の人間を背後から絞め落とし、無力化していく。
時には、意識を無くして無力化した仲間を見付けられ、警報を鳴らされる前に顔や腹部を軽く小突いて、無力化する。
やはりと言うべきか、この倉庫が標的の重要な資金源であり、裏に潜む王や連邦の人間を特定する足掛かりにはうってつけであった。
そして、物流を支えるこの倉庫の中で特に厳重に警備されている場所を特定し、3人は一度集まった。
「……予想はしてたが、敵が多すぎる。一般人と手下共が同じ空間にいるとなると、区別が付かねーな」
「蓮さん……。殺してはいませんよね? 反仮面の方々に、私達が悪人や犯罪者を無力化する事や、武力行為によって、怪我を負わせる事に関して黙認して頂いて貰ってますが、一般人はその範疇じゃありませんよ?」
「七条、柏木……。目的の証拠を手にするのに、時間が掛かるのは目に見えていた。ここは、焦らずじっくりと気を待つぞ。それに、すこしでもお前らを狙っている存在が居ると臭わせれば、勝手に尻尾が出るもんだ」
真昼が犀の仮面を外し、フードを脱ぐ。
七条と柏木が仮面を外し、倉庫の屋根上から意識を失って無力化されて仲間を見て、警報を鳴らし大騒ぎであった。
「まぁ、コレで警備がえらく頑丈になるが、どこに重要な物があるかは明白になった。1日くらいじゃあの量を運ぶには人手も時間も足りない。朝や昼間じゃ、目立ってしまう。つまり――」
「明日、明後日が勝負って事だよな?」
「忙しくなりそうですね。私は、集めた情報とデータを東さんに送りますので、先に帰ります」
仮面を装着し、屋根を蹴って跳躍して去っていく空を見送り、柏木に自分のデータとメモ書きを渡して、言伝てを頼んだ。
「データは明後日以降にでも、東に送るから後で良い。メモは志垣に渡してくれ。それと、アジトの作業部屋を片付けとけって、志垣に言っておいてくれ」
「マジか……。アジトの作業部屋って、あのゴミ置き場だろ? 掃除すんのやだわー…」
「志垣の2人には、絶対サボらせんなよ。因みに俺は別件で忙しくなるので、手伝えねーが。七条の森に指揮させれば、直ぐ片付くだろ?」
溜め息を溢しつつも、仮面を装着して屋根を走って飛んで行った蓮を空同様に見送る。
そして、犀ではない青紫色の炎を仰いで、現れた『鳶』の仮面を装着し、固有能力を発揮する。
真昼の持つ本来の仮面『鳶』その固有能力は、――2次元認識――と呼ばれ、真昼が能力発動と共に半径二キロ四方を白黒の世界へと強制認識させ、建物や生物をの身体や服などの中身を白黒に見分ける事で中身や仕組みを見透かす能力。
厳重に警備された鉄扉の先には、巨大な金庫と複数の木箱が確認出来た。
木箱の中身を見透かすと、鉱物のような物体が黒く強調された状態で認識される。
物体などが黒く認識されるのは、この能力の特徴だ。だが、何故強調表示何だ?
黒くまるで、炎が揺らめくように鉱物とおぼしき物体が真昼の認識した白黒世界で強調表示される。
だが、金庫の中身は金庫事態が分厚く真昼の実力では中身は判別出来ないが、全ての木箱の中身が鉱物のような物体であった為、木箱の中身に関する書類か裏金の予想が付いた。
昨日の潜入では、木箱の中身が金属や木材と言った資源であった。
であれば、鉱物が紛れても怪しまれないが、あの木箱と元々置かれていたと思われる金庫は、絶対に押さえる必要があった。
「――ッ!」
突然の視力の急激な低下に、真昼は自分の間抜けさに心底呆れていた。
「また、やっちまった。この能力、滅茶苦茶性能は優秀だが……。使い過ぎると、視力が一定時間急激に落ちるのはデメリット過ぎるよな」
真昼が細めた目で、仮面を外し倉庫下を見る。既にボヤけて、道行く人が肌色にしか認識出来ない。
灰色1色の道と思える所を、肌色の物体が蠢いている。
視力が低下したため、真昼はゆっくりと倉庫から降りていき、ゆっくりと自分のペースで人混みの中へと消える。
ようやくアジトであるバーへと帰った頃には昼を過ぎており、ここのオーナーの大切な1人娘で、バーの看板娘にしてむさ苦しい男共のアイドル的な存在の彼女が俺の隣へと駆け寄ってくる。
視界は朧気がだが、輪郭やその花のような香りから彼女だと認識できた。
疲れきった身体と能力を使い過ぎて低下した視力。疲れきっている自分には、彼女の指先から感じる暖かな温もりは疲れを容易に吹き飛ばす。
だが、彼女は自分の1つ下の中学生だ。そんな彼女が俺を背負ってくれている。
その背中は、温かく身を委ねてしまいたくなるような母性で、どこか母親のような――安心感がある。
「全く……。次々とこんな無茶して、私があの人に怒られちゃうじゃないか」
何処かで聞いた事のある声は、可憐な少々などではない。
疲れた筈の身体が、眠りへと着こうとしていた思考回路が、次に自分の身に降り掛かるであろう危険を予感し、全身を奮わせてその場から飛び退こうと背中を思いっきり蹴って身を翻す。
しかし、真昼が自身の背中を蹴る事を予想でもしていたのか、真昼が蹴った瞬間。
その場で宙へと舞い上がった真昼の指先を掴む――。
マジかよ……と言葉を口にする前に指先を捕まれ。真昼が現実を受け入れるよりも先に、真昼を投げる。
疲労によって全快ではない真昼は、そのまま地面を滑ってバーの扉を突き破って椅子を巻き込む。
今のように投げ飛ばされて、現在の真昼が簡単に受け身を取れる筈もなく。真昼が舌打ちして、投げ飛ばした張本人を睨む。
「あら……真昼ちゃん。まだ、私に楯突く力が残っているのかい? 私も反撃してくれたほうが、ストレス発散が出来て、万々歳だよ」
「言ってろ、クソババァ……。何がストレス発散だ。ガキどつく事でしか快楽を得れねー。イカれ野郎が……」
真昼が脚に絡んだ椅子と机なぎ倒し、口の中に広がる血の味を味わう。
吐き出した血液に、バーの店長の眉が動く。そして、その店長であり、祖父の隣で苦笑いを浮かべる看板娘の子がゆっくりと祖父の背後に隠れる。
そして、真昼が仮面を装着すると同時に――クソババァと真昼が罵った。彼女の丸太のような剛腕が真昼を吹き飛ばす。
仮面を着けた事による身体能力の上昇を意図も容易く上回る脚力と腕力に物言わせ、真昼を壁に叩き付ける。
がはッ―――!? 真昼が壁に叩き付けられた衝撃で床に座り込んだ所を容赦なく蹴り飛ばし、店の壁を破壊して真昼を外へと弾き出す。
瓦礫が蹴られた衝撃で転がり、真昼も地面を数回ボールのように転がる。
全身を泥と砂で汚し、仮面がたった2発でひび割れる。それも、生身の女の手によって、仮面に傷を入れられる。
真昼が全快ではないからと言えば、そうだが……。全快でなかろうとも、仮面をたった2発で傷を与える事は難しい。
仮面装着者の身体能力を生身で上回る時点で、真昼は彼女から逃げ出すか土下座でもして、謝るべきであった。
生身で、この威力。仮面を着ければその2倍から3倍……。流石は、霊長類最強のクソババァだ。まぁ、霊長類最強とか、この世界に数えきれんほど居るけどな……。
真昼が口から流れる血を拭って、再度目の前に立った女を見上げる。
大きめのエプロンからは丸太のような足と腕が隠しきれていない。真昼が見上げるほどの大きさの背丈にデカイ胸。
腕を組んで、真昼の出方を伺うその気に食わない姿勢に真昼が舌打ちし、一呼吸して地面を蹴って軽く飛び上がる。
軽く飛び上がった真昼が弧を描くような軌道で、彼女の顔目掛けて蹴りを入れる。
彼女が首を後ろへ引くと、真昼の蹴りが虚空を切って空振る。
透かさず、真昼が空振った脚で地を蹴って片方の足を頭上から振り下ろす。
苛立ちと疲れから、その攻撃はいつものような切れも最小限の動きでもない。
次々と蹴りを見切られ、躱される真昼が力尽きたように顔から仮面が落ちる。
泥の上に仮面が落ち、砕けると共に青色の炎となってその場から消えた。
「さて、運動も終えたし……。真昼ちゃん、ご飯にするよ」
仰向けに倒れそうになった真昼を肩に担いで、彼女は鼻歌混じりに店内へと戻る。
まるで日常茶飯事という認識なのか、店内へと彼女が戻ると椅子と机を戻して再び飲み直す客と店が壊れたにも関わらず依然としてコップを拭き続ける祖父を横目に、孫娘が壊れた壁を見る。
地下へと担がれて降りていく真昼を見て、賢治と京谷が腹を抱えて真昼を笑う。
空と南が濡れたタオルで真昼の顔や腕を拭いてあげ、ベッドへと寝かせる。
志垣姉妹が力尽きて寝息を立てる真昼をカメラに納め、彼女の持ってきた数多くの料理を前に、全員が手を合わせる。
「クソババァが……。仮面がまた割れた」
いただきますと同時に目覚めた真昼に、全員が思わず吹いて笑う。そんな皆を見て、真昼は顔を赤く染めて部屋を出ていく。
恥ずかしさからか逃げるようにアジトのシャワー室へと駆け込む。
全身の汚れを落とし、部屋からでるとクソババァが待ち構えていた。
言葉を一切交わさずに真昼が横を通ると、彼女はただ一言口にする。
――コレが、最善か? 真昼に確認するように振り向くことなくその言葉を告げる。
真昼が彼女のその言葉に、返答せずに横を通り過ぎる。
「ふ……。よく似てるよ。真昼ちゃんと昔の姉さんは……ホントに、親子だよ」