取締の仮面Ⅶ『訪問者』
東隊長から渡された地図情報によれば、話の相手がいる場所はこの場で間違いなかった。
そこは、年季を感じるただのバーであった。
扉の前には『二十歳未満の学生の立ち入りを禁ずる』と看板が置かれ、店の前でベロベロに泥酔した男達が地面に倒れる。
既にアルコール類の強烈な臭いに眉を潜めつつも、バーの扉をゆっくりと開く。
25区にて、労働を義務付けられたガタイが極めてしっかりとした労働者達がテーブルに置かれた料理や酒を楽しんでいた。
―――私と言う、未成年が来るまでの間だけ……。
開かれた扉から、ゆっくりと店内へと歩いていく私に集まる視線。
全身を舐め回すかのように、爪先から頭の先まで男達の視線が集まる。
その内の1人が立ち上がり、私の前に立ちはだかる。
この先を行かさないように薄気味悪く笑う男の真横を通り過ぎるが、私の肩を男の分厚く筋肉質な手が掴む。
「お嬢ちゃん……。来る所が違くねぇか? 子供が金を稼ぐならともかく、お友達と待ち合わせをするには……。少しばかり、ここは危険だと思うが?」
掴まれている肩が思わず震える。生まれて初めて、自分を見下ろす大男の低い声を聞きながら逃げ出さない状況。
仮面を使えば、こんな男達は容易く潰して逃げ出せる。
――だが、ここに来たのは自分の意思であり、危険は承知だ。
東からも危険だと言われ、それでも1人で来た。
「……い…いえ。待ち合わせの場所は、ここが最適です。それに、ここに既に待ち合わせ相手は来てます……から」
震える声で反応する。仮面を自ら封じて、男と対峙する事の恐怖を噛み締める。
だが、コレも経験だ。
仮面があると言う安心感に甘えず、いつ如何なる状況にも対処出来る様に、心を強く保つ……。正直、泣いて逃げ出したい。
強い自分を保とうとしている心の仮面が今にも剥がれ落ち、震える足と肩が自分の弱さを実感させる。
震える声で、自分を保つ―――…。
すると、店のカウンター席にて、こちらへと手招きするフリル付きのエプロン姿の同年代と思われる女の子が見えた。
そして、その奥に、強面な顔と服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉の男――…。
目的の人物にして、東の話であった。――元、反仮面全部隊特別指導官。
『鬼の指導官』と言う異名を持つ、歴戦の隊長達を鍛えた凄腕の指導官であった男だ。
そして、その男の元で自分を鍛えて貰う事が自分に今一番必要な事だ。
玲奈がカウンターに座り、静まり返った店内と店長の鬼のようなオーラを肌で感じつつ、出された飲み物を手に取る。
震えている……。男に掴まれた時以上に、私の手は震えていた。
私を助けてくれたと思われる彼女は、この店内にて鼻歌を口ずさみながら接客業をする。
一言も話さない店長は、グラスを丁寧に磨きながら、その目は私から一時も離れない。
鋭い眼光が睨み付ける中で、出された飲み物を一息で飲み干す。
このまま時間を浪費するのは得策ではない。だから、コップを机に置いて、店長へとここに来た目的を告げる。
だが、私の言葉を遮るように、店長は人差し指を自分の口に当てる。
そこで、気付いた。
店内が静まり返っていたのは、店長による威圧ではない。店の利用客に威圧を常に放っている店長など居る訳がない。
私が店長のオーラだと思っていたそれは、私の真横でグラスを片手に持った女性からであった。
見た目の年齢は、2年か約1年位の差ぐらいしかない女性が、虎の仮面を身に付けていた。
白色の仮面に黄色の紋様が浮かび上がっており、どこか優等生な雰囲気を感じつつ、その仮面がコンテナ格納庫での事件にて確認された仮面能力者グループの1人と酷似していた。
気付かれ無いように、胸ポケットのホルスターに指を掛けるが、そこで銃が無い事に気が付いた。
直前まであった筈の重量感も気が付いた時には消え、女がグラスをカウンターへと置き、その後に銀色の拳銃を脇に置いた。
「ここで、反仮面として動かない方が賢いと言えます。もちろん、私を捕まえようとして、店長と後ろの男達の前で暴れても良いですよ。その際は、私も全力でお相手致します」
「私の店を壊すなよ? この前も、酔った客にセクハラされて、病院送りにしたお前に言ってんだぞ?」
店長が釘を指すと、彼女は小さく咳払いをする。
グラスに注がれていた飲み物はいつの間にか消えていて、席を立った彼女に言われ、私も同様に席を立つ。
彼女の後を追うように、店の奥へと進む。薄暗い通路を進むと、いくつかの扉が並び、最奥の扉は金色の装飾が見え一際豪華に見えた。
だが、彼女は扉の通路を進まずに、さらに地下へと向かう。
警戒しつつ、いつでも仮面能力を行使出来るように、彼女の数歩後ろを歩く。
彼女がこの場に居ると言う事は、必然的にリーダー各と思われるあのフードを被った奴もいる。
だが、私は東から協力者との接触と言う名目だ。
まるで、彼らが協力者のようにも感じられる。
「あの……。私をどこに連れて行く気ですか?」
まともな返答が来ると期待は出来ないが、しないよりかはマシな質問をする。
すると、思いのほか丁寧に質問を返してくれた。向かっている場所がどう言った所なのかや、東からの連絡で集まった事など驚くほど丁寧に答えてくれた。
そして、地下の最下層なのか定かではないが、頑丈な扉が角を曲がった先に現れた。
扉の先からは、何かの試合が行われているのか、盛り上がっている人達の歓声が溢れてきた。
扉の先には、地下とは思えない豪華な造りのホールがあり、頭上から吊り下げられたモニターには鉄格子に囲まれた闘技場にて戦う仮面能力者達が視界に飛び込んできた。
――ホントに、25区なのか……。第一印象は、そんな所だ。
25区とは、階級が低い身分の者達が集まった住居区と貨物などが集まる場所。言わば、世界の歯車だ。
1区の王達が『総舵手』とすれば、その下の区域は『船の部品』その中で、ここは『船底』と呼ぶに相応しい場所だ。
そこまで、豪華ではなく。ただ大地から運ばれた食料や動植物を上の区域へと流す。循環の要――…。
鉄臭く、泥臭い、労働者達の居場所はそんな所だ。だが、ここは――違った。
まるで、1区の王達が時折テレビに映った際に見えた王宮のような豪華絢爛な雰囲気の部屋と似ている。
だが、この場に集まっている者達はこの部屋には似つかわしくもない、労働者達だ。
頭上には巨大なモニター、大きなテーブルにはカジノで見かけるトランプやルーレットの類いが多く備わっている。
賭け事を楽しみながら、バニーガールが持った飲み物と雰囲気だけでも1区や2区と同じだ。いや、人の笑顔な雰囲気からすれば1区以上だ。
目移りしてしまいそうなこの場から、速足で奥のVIPルームへと向かう彼女に付いて行き、私の目の前には、筋骨隆々なスーツ姿の黒人2人の前に立っていた。
見下ろされ、サングラスの下から僅かに見えた眼光は凄まじい……。
その後ろの扉を彼女はひらいて、私に手招きする。ガードマン2人の間を通って、部屋へと入る。
この場所に来る前から、色々と神経を磨り減らした気分だ。如何に仮面の力が、メンタルに作用していたか身を持って体験した。
やはり、仮面能力が使えなくなった自分は、中学生の女だと心底思い知らされた。
「――始めましてかな? 25区1の仮面能力者さん」
顔を上げれば、数人の男女が私の方に注目していた。
その中には、フードを深く被った彼もいた。だが、どこか暗く見えた……。
テーブルを介して、私の前に立っている彼らは私の中で最も警戒している仮面能力者グループだ。
中には、あの場にいなかった仮面能力もいた。
壁を背にしてこちらの様子を伺っているのか、ノートパソコンを傍らに置いて、椅子の上で膝を抱えている赤色の『犬』の仮面能力者。
その隣には、棒付きキャンディーを舐める青色の『犬』の仮面能力者。
2人して、どこか似ている雰囲気があることから、姉妹と考えられる。
テーブルの右側には、黄色のドレスに身を包んだ『狼』の仮面能力者。豊かな発育の胸に思わず視線が向いてしまう。
その隣には、髪型をワックスで固めたスーツ姿の男が私と彼女の間に割って入る。
彼女を守るように立った男の仮面は『蟹』で、黄色の紋様が浮かび上がっていた。
テーブル左側には、スーツ姿にポケットに手を突っ込んだ仮面能力者が赤色の紋様をした『蛇』の仮面を身に付けていた。
そしてその隣には、この場に私を連れてきた黄色の『虎』仮面を着けた彼女が、どこで着替えたのか赤色のドレスに着替えて椅子に座る。
そして、私の正面に青紫色の『猿』の仮面と、青色の『鬼』の仮面を着けた男2人がスーツ姿をに、中央の男を守るように立っていた――…。
「あなた方が、あの日コンテナ格納庫にて、五級仮面能力者逮捕を目的てしていた。我々反仮面に協力したのか……。教えて頂けますか?」
玲奈が中央で項垂れている男に問い質すと、男の小さな掠れた声が聞こえただけであった。
「え?」
「おい、ちゃんと喋れよ。いつまで、引きずってんだよ」
「ボスって、メンタル弱々じゃない?」
「男の子でしょ? もっと、元気よく出来ないの?」
仲間から頭を叩かれたりと、どこかあの日の覇気も感じられない男がフードを取る。
その仮面は『鷹』であり、紋様は青紫色と男も相当な力を有していることを確信させる。
「あぁ、ごめんね。コイツ、今回の作戦で使う力をどや顔で自慢して、いざ使ってみたら使えなくて……。試しにさっき使ってみたけど、また駄目で、皆から無能判定されて落ち込んでんの…。話は俺らがするから、コイツの事は気にしないでくれ」
鬼の仮面能力者が、中央の男を無理矢理奥のソファーに投げる。
鷹の男が壁に頭を勢い良くぶつけて、身悶えしているのにすら彼らは一切気にかけない。なぜか、可哀想と思えてしまった。
そして、鬼の仮面能力者がコンテナ格納庫での一件で姿を現したのは、反仮面に借りを1つ作っておく事と、自分達の存在を知らせる為であった。
元々、敵対する訳ではないが、共通の敵を前に共闘だけの同士と思って貰いたかった。
――だが、状況が一変し、もはや反仮面と表立って接触する事が厳しくなったと語る。
「それは、どういう意味ですか?」
「まぁ……25区って、言ってしまえば反仮面の中でも、末端の部隊でしょ? だから、そこまで王も女王も警戒してないと思ってたんだけど、前にスーパーで王の専属が暴れた事件あったでしょ? あれで、専属よりも強い仮面能力者が居ることが知られて、王の目が集まった訳よ」
鬼の仮面能力者が背後で布団にくるまる男を見ながら、そんな話をする。
彼らからすれば、王の目が集まっていない私達と関係を強め様と接触を試みるが、王の目が集まって警戒された現状では、簡単に接触出来なくなった。きっと、そう言いたいのだろう。
そう言われると、自分と真昼先輩の撒いた種の影響で、反仮面や彼らに迷惑を掛けた事になる。
「では、あなた方の目的は、私と似ていると言う事ですか?」
「まぁ、正確には、東 惣一郎と似ていると言った方が良いかな? 元は、東が来る予定だったしな」
「ねぇ。東が来てないって事は、この子が東の代役?」
黄色のドレス姿の女性が、狼の仮面の下に光る深紅の瞳を玲奈へと向ける。
女性ですら、思わず見惚れてしまうほどにグラマラスな体に玲奈は思わず頬を赤く染める。
彼女の艶やかな指先が、玲奈の頬を撫でていき、首筋を艶かしく撫でる。
赤く染まって暑い頬に彼女の冷たい指先が、ひんやりと感じる。
「……その辺にしてあげて下さい。彼女真っ赤ですよ?」
「知ってる。そうさせたからね」
微笑む彼女の手から逃れて、彼女の恐ろしい『色香』と言うなの毒に脅かされる所であった。
彼女の慣れた手つきに翻弄されつつも、この者達の真の目的を聞かなければ、自分が犯罪の片棒を担ぐ結果となってしまう。
東隊長が僅かにでも信頼を置いていたとしても、彼らは仮面犯罪者グループの可能性も捨てきれない。
「まず、確認させて頂きたいのですが……。あなた方の目的は一体何ですか? 東隊長と似ていると言ってましたが、私はその目的を知りません。ですので、私が東隊長に代わってあなた方に協力するかもその目的によって――決めます」
玲奈が生唾を飲み込み、頬から流れる汗が床に落ちる。
現状は、玲奈の不利所の問題ではなく。玲奈が彼らと敵対してこの場から投げ仰せる可能性は皆無。
だが、玲奈はなぜか確信していた。
この者達は、今までの犯罪者たはどこか違って見えた。
そんな不確かな事で、この者達を信じるなど反仮面の隊員としてはあってはならない。
反仮面と対立する犯罪者グループに近しい彼らと手を組む事は、以前までの玲奈ならばあり得ない。
――でも、今の反仮面も裏で腐ってる。なら、私は私の信じる正義の為に、彼らを利用する。
「――全ては、自分の信じる正義の為に……か? 流石は、反仮面だ。その正義ってのが、如何に脆弱で微々たる物であるか……分かってるのか?」
奥のベッドふて腐れていた筈の男が立ち上がり、玲奈の元へと歩み寄る。
その仮面の下は、笑ってなどおらず。静かに玲奈を見詰めていた。