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ノーフェイス・スラッガー  作者: 遊木昌
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取締の仮面Ⅵ『経験不足』


 月明かりの下で、一人の若者が高い建物の上に立って、眼下に広がる灯りを見詰めていた。

 灯りの下では、時折笑い声が聞こえる。

 若者がそんな下の喧騒に耳を傾けていると、彼の真横を風が冷たく吹き抜ける。

 黒色の薄い上着が風に靡き、揺れる髪の毛と上着がその風の勢いを語る。


 「ほどよく冷たく、良い風だ。高い空ほど、心が揺れる風が吹く――…」


 若者が灯り下の喧騒に閉じていた瞳を向け、赤色の宝石が輝いているかのような。見る者を吸い寄せる瞳で行き交う人々を眺める。

 真横を吹き抜ける風とは別に、寂れた階段をかけ上がる足音と自分が待ち望んだ風を感じて、頬を緩ませる。


 屋上へと出る扉を押し開き、拳銃を構えた数人に囲まれる。

 服装と装備を見るに、自分を捕らえに来た。反仮面(ノーフェイス)と称される特殊部隊に取り囲まれる。

 その中に、狐の仮面を装着した女性を横目に確認する。彼女が今感じる風の中心であり、自分が探している風と良く似ていた。


 荒々しくも、どこか優しく。どこか、狂気を感じさせる異質な風――。

 だが、似ているだけで――…探し求めている(それ)ではない。


 約3年もの間、探し求めて区域中の風に触れ、区域中の仮面能力者と出会った。

 だが、王や女王の目がある区域には手を出していない事から、探し求めている風は、王または女王に由来する風だと容易に理解できる。

 王達の王国(支配領域)には、ドス黒く吐き気を催す嵐のような風が吹き付ける。

 正直、あの場所にはあまり立ち寄りたくない……。


 「……三級危険仮面能力者――『望葉 誠也(もちば せいや)』だな? 仮面危険視法の元に、お前を拘束する!」


 自分に向けられた拳銃から微かに感じる危険な風は、捕縛用のゴム弾ではない。殺傷用の実弾だと教えてくれた。

 この場に集まった反仮面は、見えるだけで6名。隠れている者達を含めれば14人――。

 自分の風が見付けれるだけでも14人だが、3級とランク付けされた自分で言うのもあれだが、この程度の戦力は簡単に潰す事が出来る。


 「――だが、牢獄で時を待つのも良いかもしれんな。私の探し求めている風が……再び吹くまでの間だけ…」


 望葉は両腕を反仮面の隊員に向け、自ら拘束された。

 その意図はその場の誰にも理解できなかったが、たった一言。興味を示した女性隊員に助言した。


 『君は、良い風を纏っている。いつか、風が風を呼んで嵐になるだろう。そして、君は肉体でも仮面の強さでもなく。心の強さを持つと良い……』


 去り際の言葉を彼女は聞き流したかも知れないが、彼女の今後を含めて、楽しみが増えた。そう考えて、頬を緩ませているのはこの男だけであった。






 ――この所、活発に動きを見せた危険仮面能力者達を次々と拘束し、牢へと入れた。

 中には、三級や二級と言った超大物と言える仮面能力者達が2人ほど、手柄として上層部から感謝状が手渡しされた。

 端から見れば、着実と経験と実績を積みつつあるが、彼女は満足していなかった。


 「この前の手柄も全て、東隊長の物……。私一人じゃ到底あんな動きは出来ない。実力は無いのに功績だけが増えていく」


 彼女の名前は――『桜華 玲奈(おうか れいな)』――。

 何一つ特別な処置も無く、一般テストを受けて対仮面鎮圧部隊に所属する。女子中学にして、今期の隊員で最も可能性がある女性隊員だ。

 だが、周り評価とは違って、彼女の自己評価は非常に低い。それは、反仮面(ノーフェイス)の隊員に所属している情報もしていた情報も形跡も存在しない。

 単なる一般人である学園の先輩が、自分以上に動けていた事実。一般人とは思えないあの洗練された動き――……。


 ――私の目標としている『あの人』と似ている。いや、目標のあの人その物のような動き……。


 「桜華隊員……。(あずま)隊長から呼び出しだ。至急、隊長室に来いとの事だ」


 自分のデスクにて、ここ最近の報告をまとめていた際に、玲奈は呼び出しを受ける。

 隊長室へと向かう足取りは普段と違って重く感じた。そもそも隊長室に立ち入った事など、隊員達はまず無い。

 あったとしても、重要な作戦などの会議で数呼ばれる程度、玲奈のような。ここでは、新人に近い人間が呼ばれる事は相当な事である。


 ……多分。一斉検挙の事だよね? 大規模仮面犯罪者グループを捕縛しようとした作戦で、仮面能力者に手も足も出ずに負けて……。作戦も気付いたら失敗だったし――……。

 軽くノックをし、低い返事が聞こえ。やたらと重く感じた隊長室のドアノブを握って回して開けると、誰かと電話をしていた東が私を見る。

 通話の相手は誰か知らないが、あの東が砕けた感じで話す相手は同じ、他の区域の隊長なのだろう。


 「あー…。その件は、こちらの情報が漏れていただけだ。そっちの情報の誤りではない。あぁ、通じてるとは感付かれてはいないと思うが、用心に越した事はない。お前さん達のボスの方が無茶して、感付かれるか心配だ。あぁ、よろしく言っといてくれ………。その内俺からかけ直す……。あぁ、分かった」


 東が端末を閉じて机に置くと同時に、玲奈はあずきに向けて敬礼するが、東は真剣な目付きでテーブルを指差す。

 頬から流れる冷や汗と目の前に立つ異常な威圧に耐えながら、テーブルへと移動する。

 東の『座って構わない』と言う言葉と共にソファーへと腰を下ろすと、直ぐ様東の持っていたパソコンの画像を見せられる。

 そこには、先月起きたスーパーの事件にて、思わず動けなかった玲奈と違って、その場の誰よりも速く的確に相手を拘束した『桜 真昼(さくら まひる)』と呼ばれる反仮面の隊員ではない一般人の姿であった。

 現在、25区にて指名手配されている仮面の特長とも一致しており、玲奈の責任で真昼が区域中に指名手配された。

 スーパーでの動画が東の手にあり、映像として残っている以上は、真昼が捕まるのも時間の問題であった。

 

 「あ……あの、隊長! 実は、これについて――」


 玲奈が真昼のした事は、私を守るためで民間人を守る為であった事だと弁明しようとした。

 だが、東は軽く先払いし、玲奈の話を無理矢理途切れさせる。


 「この画像と映像も、王や他の反仮面の部隊に取られる前に私が店と取引して、他言無用とした。お前にも、この男の仮面も姿も見ていない。良いな? これは、この男を守る為ではない。()()()()()()()()()()為だ」

 「隊長は、真昼先輩の事をご存知何ですか?」


 この件についての一切の情報漏洩を恐れている東に玲奈はここぞとばかりに、真昼について尋ねる。

 黙秘やはぐらかそうとする東に、玲奈は我慢の限界を越え机を叩いて立ち上がる。

 ただあの人の強さを知りたくて、あの人のあそこまで動ける秘訣や自分との差が何なのか知りたい一心で、玲奈は東に問い質す。この発現によって、自分が反仮面として活動できなくなったとしても、知りたかった。

 東の『余計な詮索はするなッ! これは、お前の為なんだ。――命令だッ!』と言う怒鳴り声にも臆さずに、玲奈は東に尋ねる。

 すると、窓が完全に内側から閉められ、外と隔絶された部屋の筈のこの場に、虎の仮面を着けた1人の男が扉を開いて、窓枠に腰を下ろしていた。


 「東さん。後輩ちゃんの探求心は本物だ。貪欲に力を求めて、貪欲に強くなろうとしている。きっと、人一倍努力した努力家だから、俺のような奴に簡単に追い抜かれて、悔しいんだよな?」


 東が頭を抱えてソファーに座ると、玲奈は窓枠に腰を下ろしていた人物の名前を口にする。


 「――真昼先輩……。教えて下さい。私と先輩の違いって何ですか? 反仮面の隊員でもない先輩があんな動きが出来て、私には出来ない。この差は一体何なんですかッ!?」


 気付けば、玲奈の頬から一滴の涙が溢れる。入隊試験にて、人よりも優れた仮面を持っているからと言って、怠けずに人一倍努力し真面目に反仮面として活動した。

 誰が何と言っても、彼女の努力は無駄ではない。だが、足りないのであった。


 「――圧倒的な()()()()()


 真昼は仮面の下の瞳を赤く染め、東とはまた違った威圧を放つ。それは、東と違って本気で玲奈を潰すと告げている威圧であった。

 全身の筋肉が萎縮し、細胞の一つ一つが告げている。

 直感で、分かるほどにこの男は強く。そして、怖い存在であった。

 威圧に負けて、腰を抜かさなかっただけマシなの方だ。

 この男は、単なる学生ではない。それだけは、今の玲奈にとっての事実であった。


 「人一倍努力したってのは、見れば分かる。噂じゃ、25区で一番強い仮面能力者って言われれば名が上がるほどだ。でもな……実戦と訓練は違うんだよ。訓練は、()()()()――。実戦は、()()()()()――。つい、この前まで話していた隣の奴が死んだ。上官が死んだ。友人が死んだ。家族が死んだ――。何事も経験さ……それが、圧倒的に足りないだけだ」


 真昼が窓枠から降りると、懐に隠し持っていた拳銃(リボルバー)の銃口を玲奈の額に軽く当てる。


 「……な? 経験が足りないから、こんなに危険な相手を前にしても、仮面も着けず、銃も抜かない……。これを経験不足と言わずして、何と言う。別に死に目の数が強さの秘訣って、言いたい分けじゃねーぞ? 普通に強い奴もいる」


 真昼が突き付けた拳銃の銃口を玲奈の額から離し、懐のホルスターにしまう。

 玲奈の短く速い呼吸と震える指先を見て、すこしやり過ぎたと反省はする。

 だが、効果が無かった訳ではない。


 ――何だか、やる気にさせちゃったか……?


 玲奈の顔全体に紫色の炎が燃え上がり、狐の仮面が装着される。

 真昼が窓枠へといつでも退散出来るように、一歩一歩下がっていると、目の前に立っている玲奈とは別の玲奈が真昼の背後に立って、拳銃の銃口を後頭部に押し当てる。

 状況が一変し、真昼の頬から冷や汗が流れる。


 「コレが、後輩ちゃんの個人能力か?」

 「いえ、固有能力です。それに、私の個人能力は戦闘向きではありません。ですが、この状況であれば――先輩一人を拘束する事は簡単です」


 玲奈が真昼の手を取って、間接技を決める。

 だが、常人が痛がる筈の間接技をしても、真昼は眉一つ動かず。仮面の下の瞳が怪しく光る。


 ―――ゴキゴキッ――と音を挙げて、真昼の肩と肘が玲奈の間接技を振りほどこうとして、あらぬ方向へと肘は折れ曲がり肩の間接が外れる。

 腕の一本すらも犠牲にする覚悟を持った真昼に驚き、玲奈の手が緩む。

 すると、真昼の姿がまるで蜃気楼であったかのように薄れていき、窓が閉まる音と共に玲奈は現実に帰ってきた。


 「まんまと、化かされたな。間接技を決めると同時に仮面能力の『幻術』で桜華隊員が思わず力を緩めさせ、その内に脱出。手際がいいな」

 「『幻術』ですか……。隊長は、あんな危険人物を野放しにして良いと考えているのですか?」


 玲奈の悔しさを滲ませた瞳を見て、東は頭を描掻いた。

 実に正論で反仮面の隊員としては、見本のような実に見事な意識を持っている。

 民間人に被害が及ぶ可能性のある非常に危険な仮面能力者を見す見す逃がした事や、この事態を上層部が仮面能力者の犯罪行為を黙認している事実に悔しさを噛み締める。

 『失礼します』と短く告げ、乱れた制服の襟を正して、速足で隊員室から退出しようとする。

 だが、東が玲奈を呼んだのは真昼の正体を外部に漏らさないようにするためだけではなかった。


 「まだ、君に伝えれていない情報がある。もちろん、するかしないかは自由だ。だが、嫌でも君に関係してくるぞ?」

 「私は、今の上層部は信用できません。危険な仮面能力者を野放しにしている上層部の決定に……。もちろん、東隊長の事も信用していないと、言っても過言ではありません」


 そうだ。私は、上層部以上にこの人の事も信用できない。上層部の不正以上に、この男が真昼先輩のような危険な仮面能力者を逃がしと言う事実は変わらない。

 それは、私にとって、この人もまたこの平和を脅かす、私の敵であることには変わらない。


 「そうだな。だが、彼が危険な仮面能力者だと言う根拠は? 彼が関与したと思われる事件などは、報告されていないが?」

 「……え」

 「まさか……。数回会って、仮面を行使した姿を見ただけで危険人物扱いか?」


 頭をフルで回転させ、ここ最近起きた数件の事件に真昼が関わっていそうか当てはめる。

 まず、仮面能力者が活発化の原因となった。大きな事件――『朝陽 大誠(あさひ たいせい)によるコンテナ格納庫での反仮面襲撃事件』と『仮面犯罪者グループ一斉検挙』この2つの事件で、真昼先輩は関与していない。

 コンテナ格納庫にて、五級であった朝陽を一撃で沈めたあの危険なグループとは違ったオーラだったのをこの身で味わった。

 廃ビル内で集まった犯罪者での一件は、その場に居合わせた隊員や東隊長から『真昼先輩は近くを通り掛かった際に助けてもらった』と言う話を聞いている。

 現在の東隊長は信用ならないが、ほかの隊員の人達が口を揃える所を見るに、嘘ではないらしい。


 「確かに……根拠はありません。スーパーで、王の専属に手を出したのも……。私や子供を守る為の行為。どこにも根拠はありません」

 「だろ? さきほど、君に銃を突き付けたのも、君が力の差を知りたいと言ったから、あえてああ言った行為に及んだのだろう」


 東が壁に飾られた前任の隊長達の顔写真を見る。

 その中には、まだ退職した者や去っていた者達がいるが、彼らのほとんどが殉職している。

 仮面能力者が危険だと知っていて、王や階級の高い者達の庇護下にある。犯罪者やそれに通じている者達を罰して、王の気に触れたとも言われている。

 だから、元々10区の本部勤めであった東や当時の隊員のほとんどが、末端の末端であるここに飛ばされた。

 そう言われれば、真昼先輩のような潜在的な危険な仮面能力者を野放しにしているのにも納得がいく。

 ここで、反仮面として動いて再び王の気に触れれば、今度はこの25区の反仮面部隊が消される。


 そうなれば、ここは犯罪者の溜まり場となり、王やその配下の危険視達の楽園となる。

 この地に暮らす人々の平和を守るために、東隊長もきっと悔しい思いをしているに違いない。

 私が、信用していないと言った際の東隊長の拳は血が出るほど握られていた。


 「今の上層部は、王や連邦国家のお偉いさん達の良いなりだ。当然、私やこの25区の我々も手足の様な物だ。今度は逆らえば、完全に消される。2年前にあった――諜報部隊の様にな」

 「だから、犯罪者や危険と判断される人物達を見逃せと言うのですか! 表だけが平和で、その影で虐げられた者達がいるとしてでもですかッ!」


 机を勢い良く叩いて、玲奈は冷静になる。

 一番悔しいのは、東であると分かったからだ。

 東は、元は10区で優主な隊員であった。それこそ、反仮面の正義執行の代名詞であった。

 諜報部隊と肩を並べるほどの正義感の強い人だ。だから、私もそんな人になりたいと憧れていた。

 だが、実際は権力に押し潰されて、正義すら無い。


 「だが、君が私の前でそうやって言葉を口に出来る事が何よりも喜ばしい。君だけが、権力に振り回されずに自分の正義を貫いている。だから、君に託したい――」


 渡された小さな端末は、反仮面の隊員に支給される従来品とは異なった形と質感に、相当な高価な物だと理解できた。


 「それには、私と君だけの独自の回線による暗号化されたメールと写真などのデータを共有できる端末だ。簡単にハッキングも盗聴も出来ない優れ物だ。これを渡すは君が初めてで、君で最後にしたい」

 「と……言うと?」


 東は、机から立ち上がり黒塗りのホルスターと銀色の拳銃(ピストル)を机に置く。

 一目見ただけで、この拳銃が一級品だと分かった。

 そして、この東の真剣な顔に私は、東の決意の強さを理解した。

 本来ならば、自分の方が経験も実力も高い。だが、東は隊員ではなく、隊長と言う役を押し付けられ監視されている。

 それゆえに――動けない。


 ――だがら、私なのだ。


 「桜華玲奈隊員……。本日付けで、無期限の極秘潜入任務を言い渡す。他言無用なのは当然の如く、この件で君に罪が着せられても、私は満足に動けない。それでもやってくれるか?」

 「やります。私の正義が……。誰かの明日を守れるならば、東隊長の悔しさを背負って、戦います」




 私は、東隊長から極秘の潜入任務を与えられた。内容は、上層部を崩すほどの確固たる不正や犯罪の証拠。

 王や連邦国家が隠蔽し続ける『一級仮面犯罪者』の確保と、それに関与した者達の確保。

 私は、中学生と言う身でありながら、この世界の闇に足を踏み入れた―――……。




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