第六話 修行編?やらねえよ!
◇◇◇◇
時間ほど正確で、そして曖昧なものはないと思う。
時間は、確実に進むもの。どれだけ弱くても、どれだけ貧しくても、どれだけ憶病でも。動物でも、植物でも、無機物でも。唯一、存在する全てのものに平等に与えられるものが時間である。
そもそも、時間とは何なのか?これについては恐らく答えはない。
全ての存在は極分化され一瞬にのみ存在し、瞬間毎に消滅する。つまり絶対など存在せず、全ての物体、概念は移ろうもので不変なものなど無いと説く宗教がある。時間が『流れる』という表現を真っ向から否定しているのだ。
また、『覆水盆に返らず』という諺があるように、物事が自然にはある一方向にしか進まないという性質から、時間とは不可逆現象の一種ではないかという説もある。つまり、どう足掻いても時間は巻き戻すことが出来ないもので、もし、時間を巻き戻すことが出来てもその時間内に生きる者達はそれを認識出来ないのだと。
他にも、時間とは同時並行で進む別世界との共通の単位であるだの、始まりから終わりへのカウントダウンだの、神が世界を操作する際の媒体であるだの、様々な説が存在する。
要するに、『時間』に対する考えは多数存在するのだ。
前世での世界で言うならば、『hour、minute、second』つまり『時、分、秒』など、時間を表す単位はたくさんあるのに、その時間そのものについての定義があやふやとはなんともおかしな話だ。
兎に角。
時間とは全てのものに平等に存在するもので、そして共通する単位である。それは違う国はもちろん、違う世界でもだ。その中にはもちろん転生した俺も含まれており、この世界に流れる時間と同じものが俺にも流れた。
まあ要するに、俺がエルドラドの元で修行を始めてから約4年が経ったってことです。
◇◇◇◇
「やっと……帰れる……」
俺は服についた汚れを手で払いながら一人、街道をふらふらと歩いていた。やっとエルドラドから解放された。
『じゃあな』
エルドラドは4年も一緒にいたってのに、最後はそれだけ言ってどこかへ去った。呆気ない別れだった。
「ん〜」
のんびりと歩くのはいつぶりだろうか。日差しが気持ち良い。地面に伸びる影が、見覚えのあるものよりも幾分か長い。それも当たり前だ。俺ももう少しで12歳。今までは余裕がなかったから確認が出来なかったが、身長も大分伸びているだろう。
そういえば、エルザとの約束守れなかったなぁ。帰ったらすぐに中央だ。エルザに勉強を教えるって約束はほとんど守れてない。
「ギャウッ!」
道脇から出てきた魔物の首を蹴り飛ばしながら、少し考える。
ーーこれ、エルザ怒ってんじゃね?
「ああああああ!!」
やべえ!やべえよ!どうしろよう!帰ってエルザと会った時に『あんた誰?』とか言われたら!あの天使のようなエルザがグレてたらどうしよう!
「ああ……」
どっちにしろ、俺はほぼ確実に嫌われてるだろうな……。どうしよう。どうしたらいいんだ?どうするのが正解なんだ?
俺目掛けて飛んできた鳥型の魔物の顔を掴み、握り潰す。飛び散った返り血を躱しながら、俺は頭を回転させた。が、
「……ダメだ。何にも思いつかねぇ」
エルザに嫌われたら、俺はどうしたらいいんだ?
「あっ!ウィリアム様!」
俺の姿を見つけた領民が駆け寄ってくる。そうか、もうこんな所まで戻ってきてたのか。
俺の周りを囲むように集まった領民と握手を交わす。若い男女から、年配の男女まで。俺、人気者みたいだ。
どうやら、俺が拉致されていたのは知っていたらしい。無事を祝う言葉に頭を下げた。
よく考えれば、心配なんてされるのは初めてのことだ。ありがたいけど、こそばゆい。
「ウィリアム様!ご無事で何よりです!」
「ありがとう。我ながらよく無事だったな〜って思うよ」
ああ、あの地獄を思い出すだけで頭が痛くなってきた。吐き気まで……うぷっ。
「だ、大丈夫ですかウィリアム様?」
「ああ、大丈夫だ。それより、この領に変わりはないか?」
「はい。以前通り、レクト様とオリヴィア様が私達のことを大切にしてくださってますので。一時期、ここも不況になっていきましたが、すぐに立て直されました」
「一時期?」
「ウィリアム様が攫われてすぐの頃です」
「ああ……それは悪いことをしたな」
俺のせいじゃねえか。
「いえいえ、仕方のないことです。それにしても"世界最強"エルドラド・ジニーウォークスですか……。本当に、よくぞご無事で」
そこまで知ってるのか。もしかしたら、パピーとマミーはずっと俺を捜させてたのかもな。でも、見つかるはずがない。だって俺自身、どこにいるか分からなかったもん。
気付いたらエルドラドにどこか知らない場所に連れて行かれて、気付いたらランベルツ領の端っこに投げ出されてた。連れて行かれる時は仕方ないけど、帰る時のはなぁ。俺も数年鍛えたのに、全然分からなかった。あれは傷ついたなぁ。うん。
「ささ、すぐに屋敷へお向かい下さい!きっと、レクト様もオリヴィア様もお待ちになっております」
「ああ、ありがとう」
本当に良い領民を持ったもんだ。
◇◇◇◇
「ただいま戻りました」
「っ、ウィル!?」
俺の姿を見た父が抱きついてきた。
「ウィルっ!!」
今度は母が父ごと俺を抱きしめた。母のこんな真剣な顔は見たことがない。少し、心が締め付けられた。
「……父上、母上。ご心配おかけしました」
俺がいたのはエルドラドの元だ。荒々しい奴だったが、それでもしっかり鍛えてくれた。二度と会いたくはないが、俺の師であることに変わりはない。
だが、世間からの認識は違う。
エルドラド・ジニーウォークス。今代の世界最強は数百を超える弟子を全員殺した悪魔。ちょっとした理由で国ごと龍を殺した化け物。そんな男が自分の息子を拉致したのだ。心配しない訳がない。
「信じてたさ。お前なら大丈夫だって。それでもやっぱり、不安で仕方がなかった」
「本当、無事で良かったわ」
反省だ。
俺は、俺のことしか考えてなかった。自分の人生を少しでも良いものにすることだけしか考えてなかった。でも、それじゃあダメだ。こうやって俺のことを本気で心配してくれる人もいる。その人達を放ったらかしにして、それで本当にいいのか?考えるまでもない。答えはノーだ。
これから、俺はどうすればいいのだろうか。どう報いたらいいのだろうか。俺は中央に行って良いのだろうか。これだけの心配をかけて、また心配をかけさせるのだろうか。
「……あまり、無用なことは考えなくていいわよ」
「母上……?」
「あなたはしっかりしているけど、子供なんだから。心配をかけるのは当たり前。私達はあなたの親なんだから、心配するのは当たり前。だからいいのよ、これで。いいのよ、これが」
「………」
親と子、か。きっと母が言っているのは親子の理想だろう。実際はそうもいかない。俺がそうだったように。甘い考えだ。でも、嫌いじゃない。
チラリと父の方を見ると、父は俺の視線に気付いて目を逸らした。少し、気まずい空気が流れる。
「……俺も今、そう言おうと思ったんだ」
……本当か?
「そう言えば父上、母上。エルザはどこにいるんです?姿が見えませんが」
俺は屋敷に入ってすぐに気配を探った。が、エルザはどこにもいなかった。
「ああ、エルザなら今はエマと魔法の練習に行ってるよ」
「魔法の?」
「そうよ。あの子、あなたが帰ってきたら驚かしてやるって言って張り切ってたわ」
……そっか。……そっかぁ。俺、嫌われてないのかぁ。
ぃぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!