第五話 まさかの展開
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ーーあれは、ギルが去ってから1年が経った頃でした。私は8歳になり、毎日を可愛い妹であるエルザと共に過ごしていたのです。本当に、ほんっとうに楽しい日々でした。
エルザは毎日、文字通り毎日私の部屋に来ると、満面の笑みで『兄様ぁ〜』と抱きついてくるのです。もう、たまらんのです。
そんなエルザを優しく抱きしめ返し、頭を撫でてやるとこれまた嬉しそうに笑うのです。もう、たまらんのです。
そして勉強。私は前世から人に何かを教えるというのが苦手で、あまり上手く教えることは出来ませんでしたが、それでも可愛くて賢いエルザは『さすが兄様!とても分かりやすいです!』と、とても幸せそうに笑うのです。もう、たまらんのです。
私はそんなエルザと約束をしました。私が中央の学園へ行くまでの約4年間、エルザに勉強を教えると。
「おらァ!ウィル!さっさと立ちやがれェ!」
「はぁ、はぁ、も、もうちょっと、はぁ…はぁ…待ってくれ」
そしてある日、私は自身を鍛えるために岩山へ行きました。ゴツゴツとした岩が転がる、殺風景な場所です。一人鍛錬をしようと思ったのです。
そこで出会ってしまいました。あの、と言うかこの、悪魔と。
「なに寝ぼけたことぬかしてやがンだァ?寝言は寝て言え!」
「じっ、じゃあ、寝かせろよ」
「あァ?ンな時間はねェよクソ雑魚が!」
悪魔は人の形をしていました。がっしりとした体格で身長は私よりも高く、茶色の硬そうな髪をボサボサに伸ばしています。しかし、全身から発せられる武威は圧倒的でした。
私は本能的に悟りました。こいつは危ない、と。
そんな人の形をした悪魔は私に気付くと、少し考える仕草を見せました。今考えると、私はあの隙に投げておくべきだったのです。
◇◇◇◇
「おい、そこの白髪のガキ」
目の前の男は俺にそう言った。その言葉にカチンとくる。
「だーれが白髪だこの野郎……ああ、俺白髪だったわ」
やっぱ、白髪って言われると悪口かと思っちゃうな。前世では白髪って年寄りってイメージだったから、何となくな。
「へェ?この俺様にそンな口がきけるなんて、中々見所あるじゃねェか」
「ひっ!すみません!」
なんだこの人!めちゃくちゃ怖え!謎の圧迫感がやべえよ!
「……テメェ、悪くねェなァ」
「へ?」
「よし、行くぞ」
「へ?」
男は俺の腕を掴んだ。咄嗟に解こうとしたが、全く解ける気がしない。本能が警告を報せる鐘をフルスロットルで鳴らしているが、もうどうしようもない。
「ど、どこに?」
「あァ?ンなもン決まってンだろ?」
き、決まってるの?
「テメェを今日から俺様の弟子にしてやる」
……はぁ?何言ってんのこの人?
「どこの誰だか知らねえけど、いいから離せっ!」
俺は力一杯暴れたが、それでも拘束は解けない。
「くくっ、いいねェ。元気じゃねェか」
男は俺の話を聞いているのか聞いていないのか、どちらにせよ俺をほとんど無視して歩き出した。
流石にやばいと感じた俺は、ついに最近覚えた魔法を放とうとしたが、
「あァ、どこの誰だって聞いたな?俺様はエルドラド・ジニーウォークス。よろしくなァ」
その名前を聞いて、全ての闘志が掻き消えてしまった。
◇◇◇◇
とまあ、こんな感じで私はエルドラドに攫われました。しかし悪いことだけではありません。
エルドラド曰く、『俺様は弟子を無意味には殺さねェ。俺様達の修行ってのは最後に殺し合いをするンだ。世界最強の座を掛けてなァ。俺様はこの座にそこまで執着はねェが、殺し合いなら仕方ねェ。だろォ?』とのことです。つまり、私は修行に耐えることが出来て、尚且つ、エルドラドに挑まなければ死ぬことはないのです。なら、強くなるのには一番の近道かもしれません。
一応、最低限の条件をつけることは出来ました。私が中央の学園に行く時期には修行を終わらせること。私は無事だという旨の手紙を家に送ること。そして、私を殺さないこと。
「うらァ!かかってこいやァ!」
「るっせえ!ぶっ飛ばしてやる!」
エルドラドはその約束を守ると言いました。本当に守るかどうかは分かりませんが、今は信じることしか出来ません。どうか、殺されませんように。
「甘え!甘過ぎる!もっと殺すつもりでこい!」
「やってるよ!」
エルドラド・ジニーウォークスはギルから聞いて想像していたよりも5倍は化け物じみていました。いえ、化け物という表現では彼のことを表すことは出来ません。言うなれば、『力』そのものです。
彼は一撃で山を割ります。
彼は一撃で海を裂きます。
彼は一撃で雲を消します。
彼は一撃で地を砕きます。
全てが一撃です。私も一撃で気絶させられます。手を抜かれても一撃で気絶させられます。めちゃくちゃ手を抜かれても一撃で気絶させられます。めちゃくちゃ、めっちゃくちゃ手を抜かれてやっと意識を保てるレベルです。
彼の夢は『自分と対等の敵と戦うこと』です。だから彼は、少しでも可能性を感じた者を自ら鍛え、自分に匹敵させようとするのです。変態です。
私にも可能性を感じたようです。ほんの少しだけ。
『正直テメェには期待してねェが、今は他に弟子がいねェからなァ。暇潰しがてらに鍛えてやらァ』とのことです。イラついたので殴ろうとしたのですが軽くいなされました。理不尽とは、この男のためにある言葉なのではないでしょうか?
「テメェ!さっきから身が入ってねェぞ!なンか余所事でも考えてンじゃねェだろうなァ!」
げっ!バレた?
「ンなことやってっと死ぬぞォ!?」
「てめっ、殺さないって約束だっただろうが!」
この野郎!あまりの辛さに現実逃避してたってのに、手加減なしかよ!
エルドラドに拉致られてからしばらく経った。あれから俺も強くなった。我ながら、異常な速度で強くなった。だがそれでも届かない。この男には。まあ届かせたいわけではないんだけどな。
「あァ!?ンな甘え考えで強くなれるとでも思ってンのかァ!?」
こいつ!もしかして心まで読めんのか!?
「どうせならてっぺん目指しやがれ!一番を目指さねェ奴が何かを成せるわけねェだろうが!」
うっ!……こいつ、脳筋のくせに時々良い事言うんだよなぁ。ほんと、調子狂うぜ。
「ったく、じゃあお前に一撃くれてやる!」
俺は力強く叫んで飛び出した。そして瞬殺された。
こんな修行という名の地獄がまだまだ続くのだ。俺は大の字で地面に背中をつけ、真っ青な空を眺めながら静かにため息を吐いた。
次回、第六話『修行編?やらねえよ!』