第五十五話 くだらない質問
◇◇◇◇
「ーーって訳だ」
『影の猟犬』のアジトで、俺は今回の事件の全てを話した。そこにいるのはハイル、ティグ、ロイド、レイ。もちろん、ルチアはいない。
「そうか……。それで、ルチア様に黙っていて欲しい、と」
「ああ。悪いが、そこに関しては譲るつもりはない。もしもその条件が飲めないのなら、しばらく眠っててもらう」
「なんだよ、まだ何も言ってないだろ?」
「そうだね。僕はウィルに従うよ。それがルチア様のためになるなら」
「俺もだ。ティグは?」
「もちろん俺も従うさ。なにより、ウィルなら信用できる」
ロイド、レイ、ティグとあっさり賛成してくれた。意外だ。
「なんでもう信用とかしてるんだよ。俺が言うのもなんだけど、早すぎないか?」
「まぁそうかもしれないけどな。でも、ハイルを助けてくれたんだろ?そのハイルもお前のことを信じるって言ってるし、それなら俺たちもお前を信じようかなって」
ティグの言葉に、俺は部屋の隅を見る。そこにはいつも通り胡座をかいているハイルがいた。
「なんだよ」
「いや、ありがとな」
「礼はいらねえ」
ふむ、いつも通りだ。
とにかく、これで準備は整った。第一軍隊と全面戦争だ。
◇◇◇◇
「アランブルクの真下に、新しい地下空間が発見された。皇帝からの情報だ、間違いない。皇帝はまだこれを誰にも明かしていない。知っているのは俺とお前ら、そしてその空間を作った奴だけだ」
ネロからもらった情報を『影の猟犬』のメンバーに伝える。今だけは、俺がこの組織のリーダーだ。
「まだ前線に出ていないはずの第一軍隊の兵士が、異常に少ないらしい。つまり、このアランブルクのどこかに潜伏している。多分、ランドルフは隠すことをやめた。仕上げに入ってる」
死者蘇生の禁術が完成しつつあるのだろう。だから、隠すことをやめて守りに入った。
下手なミスを避け、実力行使に出たのだ。
「そしてこうなったら、他の連中も第一軍隊を疑い始める。すぐにランドルフは指名手配されるだろう。いくら皇帝が今回の真相を隠しても、限界がある。ルチアが勘付くのも時間の問題だ」
俺は軍服の上からローブを羽織る。『影の猟犬』を象徴する、紫紺のローブだ。
「それで、城の地下にはどうやって潜入するんだ?」
「俺の転移魔法でお前らごと跳ぶ。既に座標は指定してるから、いつでもいけるぞ」
ハイルの最もな質問に俺は答える。
城の地下の入り口には、ネロの案内で一度だけ訪れた。中には入らなかったが、次は転移で来れるように座標だけはしっかり固定しておいたのだ。
「じゃあさっさと行こうぜ」
「ビビってるくせによく言う」
「ああ?」
「おお?」
レイとティグがお互いの胸元を掴む。もうあれだ、こいつら置いて行こうかな。
「もう行くんだからやめなよ」
ロイドが宥めることによって、やっと二人は落ち着いた。こいつらの扱いに慣れてるんだな。
「転移」
俺は城の地下へと転移した。
◇◇◇◇
「なんで皇帝の住む城の地下に、こんな馬鹿みたいに化け物がいるんだよ!」
夥しい量の蠢く化け物に追われながら、俺は叫ぶ。おかしいだろ、これ。
俺たちは転移してすぐに、地下の化け物に追われた。色んな動物が混ざったような、悍ましい化け物。
俺たちはそれを倒しながら城の地下に突撃していった。
だが、そのあまりの量に俺たちは分断された。そこまではいい。
量は凄いが大した強さではないし、あいつらも大丈夫。そう思い、余裕があったからだ。
だが、余裕があったのも最初のうちだけだった。あの、うぞうぞした奴。
巨大な芋虫みたいな化け物が出た瞬間、俺は百八十度反転し、逃走を始めた。
俺は前世から芋虫とか、青虫とか、毛虫とか、蚯蚓とか、ああいったウネウネする虫が大の苦手だったんだ。
そんな虫みたいな化け物が、しかも俺よりも数倍はある巨体で襲ってくるんだぞ?無理だろ!
「気持ち悪いぃぃぃぃ!!!」
これ、どうしたらいいんだよ!しかもめちゃくちゃ速いんだけど!
地下は迷路のようになっていた。既に、自分がどこにいるのか分からない。
よく考えれば、この地下のどこかに第一軍隊の連中がいるはず。あまりゆっくりはしていられない。
「けどこれは無理!」
だいぶ下まで来たはずだ。化け物共もずっと追いかけてきている。俺、そんなに美味しそうか?
「うおっ!」
ネバネバした気持ち悪い液を飛ばしてきた。俺は壁伝いに走ってそれを躱す。
その液は酸性だったようで、床は溶けていた。例え酸性じゃなくても、絶対に触れたくない。
チラリと振り返る。通路を埋め尽くす程の数の巨大芋虫が追ってきている。やばい。まじで吐きそう。
「……おいおい、嘘だろ?」
前を向き、角を曲がると、通路が続いていない。行き止まりだ。
「くそったれぇぇ!!」
俺は一か八か、行き止まりに向かって飛び蹴りを放った。壁はあっさりと壊れ、俺はその向こうにあった広い部屋に転がり出た。
「っと、」
想像以上に簡単に壊れたことに驚き、少し体勢を崩す。
「ーーー!」
巨大芋虫も壁の穴から襲ってきた。
さっきまでは狭い通路だったからよく分からなかったが、こう見ると思っていたより遥かに多い。
くそ、やるしかないか?
「っ!?」
俺が気持ち悪さに打ち勝ち戦う決意を固めた瞬間、芋虫共は一斉に潰れた。
まるで何かに押し潰されたように、ぺしゃんこになって地面のシミとなる。ネバネバした液体が周りに飛び散った。
「おぇ」
こみ上げる吐き気を、なんとか堪える。そして俺は、この空間の奥にいる人物に視線を向けた。
「……まさか、こんな形で見つけることになるとは思わなかった」
「それは俺のセリフだろう。まさか、壁を蹴り破ってくるとは思わなかった」
ランドルフ・クレムハート。まさか、芋虫に追われた先で見つけるとは。
世の中、何が起こるか分からないもんだな。
俺は改めて部屋を見回す。横にも縦にも広い部屋だ。
奥にはランドルフ、そして奴の背後には棺のような物が置かれている。
その棺の上に翠色の玉が浮いていた。恐らく、あれが宝玉だろう。
「お前は、死者蘇生を完成させようとしてるのか?」
「……陛下から聞いたのか。つい先日までは帝国にさえ来たことが無かった部外者が、随分と信用されているんだな」
それに関しては俺も同意だ。ちょっと不用心過ぎると思う。
「馬鹿な事はやめろ。って言っても、お前はもう止まらないんだろ?」
禁忌に触れる人間は、心に闇を抱いている。負の感情が制御しきれなくなった時、人は暴走し、そして自分では止まれなくなくのだ。
だから、ランドルフに口で言ったところで意味はない。こいつはもう、禁忌に触れたのだから。
「分かっていることをわざわざ聞くな」
まだ、間に合う。死者蘇生についてはよく分からないが、あの棺が起点だろう。
多分、あの中には既にナキ・クレムハートがいる。ソレが動き出す前に決着をつけないといけない。
「なぁ、お前は何がしたいんだ?復讐が目的か?皇帝に恨みがあるのか?」
俺の問いにランドルフは少し目を見開いた。そして、嗤う。
「ふ、ここまで来ておいて、分かってなかったのか。復讐?違うな。恨み?そんなものはない。俺とナキは全てを知った上で実験を受け入れた。もしもの可能性も考慮して、だ。陛下は気に病んでいるようだが、俺はあの方を恨んでなんていないし、非があるとも思っていない。全ては、俺の力不足だ」
「なら、なんでだ?なんでこんな事をしている?」
「こんな事、か。そんなことも分からないのか?……いや、お前にはまだ早いだけか」
「なに……?」
「お前はまだ知らない。失う悲しみを。奪われる苦しみを」
「……何を言ってるんだ?それはつまり、復讐のためってことじゃないのか?」
「違う。全く違う」
ランドルフはそう断言して、腰から細剣を抜いた。
分からない。この男が何を言わんとしているのか、俺には分からない。
「……一つだけ、問おう」
ランドルフは剣を握ったまま、もう片方の手で人差し指を立てる。
その目はいつも通りの冷たさで、俺の様子を注意深く見ていた。
ランドルフはゆっくり、口を動かす。
「ーーお前は、誰かに本気で恋をしたことがあるか?」
そして。
くだらない問いを発した。