第五十四話 それは、嵐の前の静けさ
◇◇◇◇
「くそ、いきなり重い話をしやがって」
俺は城を出て、アランブルクの街を歩きながら呟いた。思い出すのは、ついさっきネロから聞いた過去。
あんな話を聞いてしまったらネロを怒鳴りつける気になれない。
本当ならもっと喚き散らしたかったのだが、そんな時間もないし出てきた。
城に滞在してるというランドルフの元へ突撃しようとも思ったが、流石にやめておいた。それに、あいつの過去を聞いてすぐにぶっ飛ばしに行くのも躊躇われた。少し時間が欲しい。
城で問題を起こす訳にはいかない。どこかに誘き出すのが得策だろう。
……男の子ならウィリアム、か。
『それにしても、ウィリアム……か。お前が俺の前に立ち塞がるのも、何かの因果なのかもしれないな』
第一軍隊の詰め所でランドルフと対峙した時、あいつがそう言っていた理由が分かった。
だが、そんな事知ったもんか。俺のやる事は変わらないし、変えるつもりもない。
「ウィル」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、振り返る。そこにはルチアが立っていた。
「どうした?」
「陛下と何の話をしてたの?」
「……なんだと思う?」
聞き返してみた。
別に、何か狙いがある訳じゃない。
どう誤魔化したらいいか分からないから、適当に言ってみただけだ。
「分からないから聞いてるの」
だよな。
「なぁ、ルチア。お前もしかして、構築魔法が使えるのか?」
「……陛下に聞いたの?」
「さあ、どうだろう」
やっぱりそうか。ナキ・クレムハートが使えたのなら、もしかしたらと思ったのだ。
構築魔法は、固有能力に類する。固有能力の有無は遺伝によるものだ。
だが、ルチアは実験のことを知らない。だから普通に母親が使っていたと思っているのだろう。
……いや、待て。ルチアは本当に実験の事を知らないのか?
国レベルで行った人体実験を、『帝国序列三位』のルチアに隠し通せるものなのか?
「私が構築魔法を使える事を知ってる人は、そんなに多くないのに」
「………?なぁ、もしかして他にも固有能力を持ってたりするのか?」
「重力魔法も使えるけど」
チートかよ。流石は『帝国序列三位』様だ。そんなんでよく俺の方が強いとか言ったな。嫌味じゃねえか。
「それは……ランドルフか?」
「そう。……私がランドルフ様の子供だっていう、唯一の証」
唯一、か。ランドルフは本当にルチアと関わってないみたいだな。
それにしても、詰め所であいつが俺に使ったのは重力魔法だったのか。
俺も魔法を使えば、重力場を生み出すことぐらいはできる。
だが、重力そのものを操ることは出来ない。それを出来るのが重力魔法だ。
「ランドルフは重力魔法だけか?」
この際、ルチアからランドルフの情報を聞き出そう。ルチアには悪いが、利用させてもらう。
「あとは身体能力の強化」
「ん?それぐらいなら誰でも出来るんじゃないのか?」
しかし、ルチアは首を横に振る。
「付加による強化じゃない。魔法も使わずに、身体能力を三倍まで引き上げれるの。そこから更に付加も出来る」
「……嘘だろ?」
それ、まじでエルドラド並みに強いんじゃねえの?
死闘の中では、少しの力の差で勝敗が決まる。なのにランドルフは身体能力を三倍まで上げ、そこから更に魔法による付加が可能だという。
反則だ。
もはやそれは、人間族の抱える種族的な弱点を克服してしまってる。
「………」
こうして見ると、ルチアは本当にもったいない。
美しく、可愛く、そして色気まで持ち合わせてるのに、その表情はどこか暗い。
それも、こいつを取り巻く環境を考えれば仕方ないようにも思えてしまう。
「……はぁ」
こんな事を考えるなんて、俺もまだまだ甘ちゃんだな。
「どうしたの?」
「ルチア。今からちょっと付き合え。アランブルクを案内してくれよ」
「……え?」
息抜き作戦だ。
◇◇◇◇
二人とも軍服では目立つという理由から、お互いに着替えてから再集合した。俺はいつも通り黒い格好だ。
白髪の反動なのか、黒が落ち着く。
ルチアはなんか、ふわふわした格好だった。
露出は控えめに、薄手のカーディガンみたいなものを着ている。ファッションはよく分からん。
でも、よく似合っているとは思った。
「お待たせ」
ルチアは約束の時間に遅れて来た。
「ほんとに待たせ過ぎだぞ。『帝国序列三位』のくせに時間も守れないのか?」
一瞬見惚れたことを誤魔化すために、ちょっと言いすぎたかもしれない。
でも、間違ったことは言ってないだろ。
「……あなた、女の子と交際したことないでしょ」
「なんで分かるんだよ」
「多分、誰でも分かる」
前世ではあるぞ?……ちょっとだけ。
「まぁいいや。早く行きましょう」
ルチアは少しワクワクしたように言った。ちょっとは楽しんでもらえそうだ。
最初にルチアが俺を連れて行ったのは、おしゃれなカフェだった。おしゃれ過ぎて落ち着かない。
「ご注文は?」
「えーっと……」
メニューを見るが、もはや何語なのか分からない。
「ホットコーヒーで」
とりあえずコーヒーを頼んでおいた。それを聞いていたルチアも同じものを頼む。
「な、なぁ。お前、いつもこんなとこに来るのか?」
「いつもじゃないけど、たまに。気に入らない?」
ちょっと不安そうな表情をするな。卑怯だぞ。
「そんな事ない」
俺は貧乏揺すりし始める両足を必死に抑えて答えた。ダメだ。雰囲気に負けてる。
「ホットコーヒーになります」
店員が二つのコーヒーを持ってきた。それを俺とルチアの前に置く。カップからは湯気が立ち上っていた。
俺はコーヒーを飲む。ただひたすらに飲む。視線が定まらないから、カップの中のコーヒーに集中した。
だが、もう無い。
「………」
思えば、前世も含めてこんな場所に来るのは初めてだ。
ルチアの息抜きのためだから我慢するが、正直今すぐにでも飛び出したい。
「うっ……」
「ん?どうした?」
突然、ルチアの呻き声が聞こえた。何事かと見ると、ルチアはカップを持ったまま顔を顰めている。
「……なんでもない」
……ふむ。
「もしかして、コーヒー苦手なのか?」
「……うん」
じゃあなんで選んだんだよ。
「私がジュースとか頼んだら、子供っぽいかなって」
「いやいやいや、子供で間違ってないだろ」
「私、15歳。あなたは?」
「14歳」
「ふふん」
なにが『ふふん』だ。腹立つなぁ。
あ、いや、可愛いから腹立たないわ。
「コーヒーは飲めないけどな」
色々と悔しかったからボソリと呟くと、ルチアは膨れっ面をする。
「ウィルがおかしい。年齢の割に大人びすぎ」
それは俺のセリフだ。
俺は前世も含めれば、だいたい四十年ほど生きてる。ルチアの倍以上だ。
なのに、ルチアは俺と同じぐらい大人っぽい。それも、環境が彼女をそうさせたんだろうけどな。
……ああ、違うか。確か、この世界では十五歳からが成人なんだった。
だから、年齢で見ればルチアは大人で俺は子供ってことになる。
この世界では十五歳には大人になってなければならないのだろう。
まぁ、そんな事は知らん。
「ほら、そのコーヒー飲んでやるから、お前は別のもん頼んどけよ」
「……ありがとう」
ルチアは素直にコーヒーを俺に渡し、甘いジュースを頼んだ。俺はそれを眺めながらコーヒーを飲む。
いつの間にか、この雰囲気にも慣れてきた。
「……あ」
「ん?」
ふと、ルチアは俺を見て固まった。俺の口と、コーヒーカップを交互に見ている。
「なんだよ?」
「え、いや……その……」
ルチアは少し顔を赤くして黙り込んでしまった。俺はどうすればいいか分からず、黙ってコーヒーを飲む。
ルチアも届いたジュースを黙々と飲んでいた。
「……行こっか」
「だな」
席を立つ。支払いはもちろん、俺がした。
ルチアは年上の自分が払うと主張したが、男である俺が払っておいた。
懐事情は厳しいが、俺はこの件が終わればたんまり報酬をもらえる。それまでの辛抱だ。
その後も引き続き、ルチアの案内でアランブルクの街を歩き回った。
個人的に武器が好きなので、武器屋を重点的に見ていると何故か叩かれたが、まぁ、それなりに充実した時間だった。
「ウィル」
ルチアは例によって、飴の入った缶を持っていた。俺は素直に手を出す。缶から出てきたのは赤色の飴だった。
「赤……苦痛」
「……なぁ、それ、不吉なやつしかないのか?」
「そんな事はない、はず」
苦労、苦悩、苦痛。苦しんでばっかじゃねえか。