第五十三話 懺悔
◇◇◇◇
「まさか、本当にアポが取れるなんて思ってませんでしたよ」
「はは、嘘丸出しだな。そんな顔をしていないぞ?」
「いえいえ、本当ですよ。良くて護衛付きだと思ってたのに、まさかサシで話し合えるなんて」
「もしかしたら、すぐそこに隠れているかもしれないぞ?」
「そうですかね?そんな気配はしませんが」
俺は今、帝国の皇帝であるネロ・ローレンと向き合っていた。それも、彼女の部屋で、俺たち二人だけで。
もちろん、婿になるって話を受けに来た訳ではない。
「それで?私に用とはなんだ?わざわざ人払いまで願い出て。私の婿になりに来たのか?」
「まさか、そんな恐れ多い」
だから違うっての。
「そうか、それは残念だ。それと、私と二人きりの時は畏まった口調じゃなくていいぞ?私が君に興味を抱いているのは事実だ。本来の君と話してみたい」
「………」
ほんと、なんでこんなに気に入られてんだよ。俺、別になんにもしてないぞ?
「それは、命令ですか?」
「いや、私個人からの頼みだ」
「……分かったよ、ネロ。これでいいか?」
「ああ、ありがとう」
ネロは嬉しそうに微笑んだ。可愛いなぁ、もう。
「じゃあ本題に入るが、その前にまず聞きたい。アルフレッドの友人とやらはネロで、協力の要請も俺を名指しでしたのか?」
「ああ」
なるほど。
それが事実なら、アルフレッドが『借り』を使ってまで俺を帝国に送り込んだ理由が分かった。友人で尚且つ一国の王からのご指名。
流石に断れないか。
「それで、本題は?」
「ああ、宝玉泥棒が誰か分かった」
「ほう、私達ではまったく分からなかったのに、随分早く見つけ出したのだな」
よく言う。
「それで、その犯人は?」
「ランドルフ・クレムハートだ。第一軍隊も一枚噛んでる。もしかしたら、もっと多いかもな」
「……本当に、ランドルフで間違いないのか?」
「ああ。あんたの予想通り、ランドルフが犯人だ。本人から聞いたからな」
「……バレていたか?」
「カマかけただけだ。今のでバレたな」
まぁ、今の状況からもほとんど確信してたけど。
「はは。悪い男だな、君は」
皇帝は、ネロは、最初からランドルフを疑っていた。
いくらネロがランドルフを信用しているからと言っても、限界がある。宝玉の保管場所を知っているのは歴代の皇帝と『帝国序列一位』だけだと言っていた。
それの重大さをよく分かっているのも、その二つのポジションに立つ者だろう。
そんな大切な情報が、そう簡単に外部に漏れる訳がない。
その上で、ネロが一度もランドルフを疑わないはずがない。
自分が違うのならば、盗むか情報を漏らすかをしたのはランドルフだと疑うのが普通だ。
なのにあの時、ネロは言った。
『今のところ、容疑者は一人もいない。一人もだ。言ってしまえば、捜査はまったく進んでいないな』
と。『一人も』と強調した。
それを聞いた時の俺はただ違和感を覚えただけだったが、ネロは俺にネロとランドルフを疑って欲しかったのだろう。
そのタイミングでルチアから俺を呼んだのがネロだと明かさせることで、自分を容疑者から外させる。
そうすれば、残るのはランドルフだけだ。
俺自身、この考え自体にはすぐに思い至った。まさか、それがネロの思惑通りだとは思わなかったが。
立場上、ランドルフを疑うのはまずかったのだろう。だから、俺に代わりをさせた。
まったく、悪いのはどっちだよ。
「随分と危ない橋を渡ったな」
「君を信じたんだ。一目見て、君になら任せられると思った」
「根拠は?」
「ない」
怖えよ。一国の王がそんな賭けに出るんじゃねえ。
「ネロ。あんたはこの話をルチアにしていないだろうな?」
「もちろんだ。やはり君もか。期待通りだ」
ルチアは言っていた。ネロは自分の母親のような存在だったと。
そのネロなら、ルチアがランドルフをどのように思っているか、ずっと分かっていただろう。
そして分かっていたなら、この件は俺と同じくルチアには黙っているに違いない。その予想は当たっていたみたいだ。
「それで?君はこれからどうするつもりだ?」
「ランドルフをしばいて、ルチアの前で謝らせる」
「謝らせる?」
「俺はな、子を大切にしない親が大っ嫌いなんだよ。だから、俺はランドルフから全て奪う。『帝国序列一位』の座も、名誉も全て。そして力尽くでルチアの元に連れて行く。あいつが何を企んでるのかは分からないが、その野望もぶっ潰してやる」
「そうか……」
ネロは目を瞑る。何を考えているのか全く分からない。
だが、その表情を見て、もう一つの仮説が浮かび上がった。
「なぁ、ネロ。お前もしかして、ランドルフが宝玉を使って何をしようとしてるのか、だいたい分かってるんじゃないのか?」
「……君は、本当に察しが良すぎるな。期待通りだと言ったが、それ以上だ。私の唯一の誤算だった」
やっぱりか。
「答えろ。あいつは何をしようとしている?」
「君は、どう思う?彼は何のために、自分の地位をも捨てるような真似をしていると思う?」
「は?それが分かれば苦労しないっての」
……いや、待て。あの時、第一軍隊の詰め所でランドルフと対峙した時、俺の中で何か繋がりかけていたはずだ。
「宝玉、謎の広い空間、消える地下の人間、そして、死んだルチアの母親、つまりランドルフの妻……」
これらから推測出来るのは、一つしかない。
「人体実験。まさか、あいつは死者蘇生の禁忌に触れようとしてるのか……?」
「恐らくはな」
「っ、ふざけるな!それならこんな所でちんたらしてる場合じゃないだろうが!」
俺は立ち上がって怒鳴った。
死者蘇生。それはこの世界の禁忌だ。
一度触れてしまえば、世界による天罰が下る。それはランドルフだけにではない。
この世に存在する全ての"モノ"を対象とする。そうなれば、誰もただじゃ済まない。
「分かってるのか!?これはもう、帝国だけの問題じゃないんだぞ!?」
「分かってる!分かってるのだが……私に、あいつを止める資格はない」
「資格?資格がないだと?馬鹿言ってるんじゃねえ!資格どころか、お前にはあいつを止める義務があるはずだ!」
俺は熱くなっていた。
だってそうだろ?
このままじゃ、帝国にいない俺の大切な人にまで被害が及ぶ。家族も、学園の連中も。
それを許せるわけがない。
「……ランドルフの妻、ナキ・クレムハートを奪ったのは私達帝国の人間だ。私達は一度、彼を絶望に叩き落としてしまった。それなのに、私が彼を止められるわけがないだろう……!?」
それは、ネロの懺悔の言葉だった。
◇◇◇◇
かつて、帝国ではある人体実験が行われていた。
命を使う訳ではなく、少し身体を改造程度の人体実験。
少しでも強い兵士を創り出すため、国レベルでそのプロジェクトが始動された。
主導者はもちろん、皇帝であるネロだ。
その第一被験体として選ばれたのが、当時の『帝国序列三位』だったナキ・クレムハート。つまりランドルフの妻だ。
第一段階の実験ということもあって、軽いものだった。
限られた者にしか扱うことの出来ない『構築魔法』の魔法回路を外から人体に組み込む。
それだけの人体実験。
それは最初、成功したとされた。
ナキ・クレムハートには拒絶反応もなく、『構築魔法』も完璧に使える。
この実験を少しずつグレードアップさせていけば、プロジェクトは大成功する。
はずだった。
問題が発生したのは、ナキ・クレムハートがランドルフ・クレムハートとの子を腹に宿した時だった。
妊娠によって彼女の免疫が下がったのと同時に、突然拒絶反応が起きたのだ。
それは事前には予測されていない事態だった。そもそも、第一段階の実験で失敗することが想定されていなかったのだから。
魔法回路の暴走は、直接死に繋がる。もちろん、ネロ達は死力を尽くした。
『帝国序列三位』を失う訳にはいかなかったし、それ以上にネロはナキ・クレムハートと親しかった。
主従の関係でありながら、まるで友人のように。
その中で一つだけ、彼女を助ける方法が見つかった。流産だ。
ネロもランドルフも、必死に彼女を説得しようとした。
だが、どれだけ説明しても、どれだけ泣きついても、どれだけ怒鳴りつけても、彼女は首を縦に降ることはなかった。
『生まれてくる子に、罪はない』
そう言って。
彼女は、赤子が女の子ならルチア、男の子ならウィリアムと名付けようと決めた。苦しそうな表情を浮かべて、それでも、笑いながら。
そして彼女は死んだ。自分の子を、ルチアを産むのと同時に。
彼女はルチアを一目見ることなく、この世から去ったのだ。
プロジェクトは凍結された。
一部の者達は、犠牲が出たからこそ続行するべきだと主張したが、ネロが強引に中断させたのだ。
そしてこの出来事から、ランドルフはより感情を表さなくなった。