第五十二話 支えるために
◇◇◇◇
俺はハイルから少し離れたところで、ティグとロイドとレイの様子も確認した。
俺はあらかじめ、『影の猟犬』のメンバーに"目印"として魔力を付着させることで、大体の状況が分かる。
それでハイルがピンチだと知って、駆けつけてきたのだ。
「やっぱりか」
あの三人も謎の空間を見つけたみたいだが、そこには誰もいなかったみたいだ。
俺とハイルが"当たり"だったな。
まぁ、俺の方には収穫はなかったが。
「うぐぁぁぁぁぁ!!」
マーロックの叫び声が聞こえてきた。
流石、裏の仕事をこなしてきた『影の猟犬』のメンバーだな。俺なんかより、ハイルの方がよっぽど尋問が上手い。
それにしても、ハイルに知られてしまった。
まだ理由までは知られていないが、俺がランドルフを探している事は知られた。
どうするべきか。
記憶を消すか?
……いや、俺のことを考えて止めてくれたのに、それじゃあまりにも不義理だ。やめておこう。
素直に教えるか。もちろん、口止めは約束させて。
そこに関しては悪いが、力尽くででも秘密にしてもらう。
「……ウィル」
「ん?おお、終わったか?」
「ああ。ランドルフは城にいるらしいぞ。詰め所が壊れたからしばらく滞在させてもらうらしい」
「……そうか。お疲れさん」
城に?あいつ、どこまで図太い神経してるんだよ。
「よいしょっと」
ハイルは疲れたような声と共に、地面に座った。俺のすぐ隣に。
「それで?なんで第一軍隊の副隊長がこんなとこにいるのか、なんでランドルフの居場所を聞くのか、教えてくれるんだろうな?」
ハイルがこちらを向いて話すと、甘い吐息が直にかかる。
近くで見ると、ハイルの美貌がより際立つ。肌も白く綺麗で、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
要するにあれだ。あまりよろしくない。
「教えてもいいけど、なんか近くないか?」
「………!ばっ、馬鹿かお前!たまたまだよ!たまたま!」
ハイルが凄い勢いで後ずさりした。顔を赤くしてあたふたしている。
「ちっ、近くなんてねぇから!ボケ!」
ボケ!?急にキツくない?
「分かった、分かったから。少し落ち着け」
「落ち着いてるっての!」
と、小さく聞こえた。今やハイルは壁際まで離れている。今度は遠すぎだろ。
「おい、もっと近付け。聞こえないだろ?」
「ち、近付け!?近いとか遠いとかなんなんだよ!」
と、今度は耳元で怒鳴られた。
うるさい。
こいつ、距離感バグってんのか?
「いやいや、加減を考えろよ。どう考えてもおかしいのはお前だろ」
しばらく、こんな感じでわちゃわちゃした。
遠くで気を失っているマーロックの存在を忘れていたことは、言うまでもない。
◇◇◇◇
「ランドルフが宝玉を……」
結局、若干近めの距離に落ち着いたハイルに俺は全てを話した。
もちろん、誰にも話さないことを約束させてだ。この条件は案外あっさりと受け入れられた。
「本当なのか?ランドルフが犯人で、第一軍隊そのものが敵ってのは?」
「証拠がある訳じゃないけど、本人がゲロったからな。そんな嘘をつく必要を感じないし、ここに第一軍隊の幹部がいたのもそれで説明できる。まず間違いないはずだ」
そう、そこに関しては疑う必要がない。
「問題は、ランドルフが第一軍隊の詰め所を破壊したのが俺だと告発していないことだ。普通に考えて、俺とあいつの意見が対立したら、帝国では俺に勝ち目がない。証拠がなければ尚更だ。なのにあいつは何も報告していない」
これが俺の中でずっと引っかかっている。明らかにおかしい。
あいつの立場なら、俺より先に手を打つべきだ。それで全て終わるのだから。
なのに、それをしない。
「確かにおかしいな。本当はウィルが破壊したって分かってないんじゃないのか?」
「俺はあいつの目の前で魔法を使ったんだぞ?あいつほどの実力者が、そんな初歩的なミスをする訳がない」
「うーん、それもそうか……。なぁ、それにしても、なんでこれをルチア様に黙ってたいんだ?ルチア様の立場を借りた方が、お前的にもいいと思うんだけど」
「分かってなかったのか?それなのによく約束してくれたな」
「い、一応お前は命の恩人だからな。それぐらい聞いてやるよ」
なるほど。
それぐらいって言えるほど軽い事態ではないと思うけど。まあ、そんな野暮なことは言うまい。
「お前、ルチアはランドルフのことをどう見ていると思う?」
「そりゃあ、親としては見てないだろ。お互い、国に身を捧げてるって感じだとは思うが」
やっぱり、そう見えるのか。
「俺はそうは思わない。あいつは、ランドルフと親子として接したいと思っているはずだ。少なくとも、俺はそう見えた。そう見えた俺が、ルチアに真実を話せるわけがないだろ?」
「……そういうことかぁ。お前はやっぱり、私達なんかよりよっぽどルチア様の支えになりそうだな」
「は?なんでだよ?」
「私達はいつも、ルチア様の指示に従っているだけだ。私も、ティグも、ロイドも、レイも。自分から働きかけることはしない。もちろんルチア様を助けているつもりだが、支えにはなってない気がする。でも、お前は違う」
ハイルは自嘲するような笑みを浮かべ、心情を吐露する。
それはもしかしたら、日々募っていた想いかもしれない。
「お前とルチア様の付き合いなんて、私達と比べたら一瞬なのに、既にルチア様はお前に心を開いている。お前もルチア様の事をより理解してる。そして、ルチア様のために身を削ってる」
身を削ってる、か。
そんなことはないんだけどな。
俺はただ、個人的にランドルフが気に食わないだけだ。勝手にルチアに同情してるだけだ。
「私はお前が羨ましい。もっとルチア様を支えたいのに、私にはその方法が分からないから……」
「お前、馬鹿か?」
「……普通、このタイミングで馬鹿って言うか?」
おっと口が滑った。ほとんど口癖だからな。
気をつけないと。
「ごちゃごちゃと悩んでるみたいだけど、全部無駄だ。お前らがあいつの支えになってない訳ないだろうが。お前見たことあんのか?お前らを見るルチアの目。あんな慈愛に満ちた目を、俺は他で見たことないぞ?」
あのルチアはほとんど女神だった。ほんと、後光が差し込んできそうなレベルで。
こいつも含め、『影の猟犬』の連中は元囚人。それが原因なのかもしれないが、変なとこが自信満々で変なとこで自信を失う。
「もっと自信を持て。お前らがあいつを支えてるって。そもそも、昨日今日来たばっかの俺があいつの支えなわけないだろ?他人をそんな簡単に支えられると思うのか?必要なのは、時間と信頼関係だ。少なくとも、俺はそう思ってる。そしてそれを満たしてるのは、お前ら『影の猟犬』だ」
ルチアは多分、第三軍隊にあまり居場所を見つけ出せていない。ケルトとのやり取りを見ていてそう思った。
「まぁ、自分が納得できてないならそれでもいいと思うけどな。もっと自分なりに、納得できる支え方を探せばいい。そうやってお前らが必死になればなるほど、それだけでルチアは救われる。俺はそう思うぜ」
「……そっか。お前はそう思うのか」
ハイルは俺の顔をじっと見て言う。その目はいつもより、柔らかいものだった。
「さっき、私はお前が羨ましいと言ったな。それは撤回する」
「そうしとけ」
「でも……」
ハイルはそこで一旦区切り、顔を背ける。
「私はルチア様が羨ましい」
その表情は、分からない。
◇◇◇◇
「久しぶりだな、ルチア」
久しぶりに地下から出た時にはまだ明るかったが、今やすっかり夜だ。
それなのに、帝国は明るい。
しかしこの明るさも、あとどれだけ保つかは分からない。
「そうね。で、どうしたの?突然用事があるって」
ルチアに用があったのは事実だ。
だがそれは、俺の用事を果たすための用事。ちょっとややこしいけどな。
「今から皇帝に会わせてくれないか?出来たら、俺一人で」
俺は現状を打破するために、そう言った。