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転生した世界で  作者: 剣玉
第三章 帝国動乱篇
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第五十一話 圧倒する者

 




 ◇◇◇◇





 強い。それ以上に、環境も相性も最悪だ。ハイルはそう考えて、顔を歪める。


 現在、ハイルがいるのはだだっ広い部屋。それもなぜが、全体が明るい。

 これでは自然にある影を使えないため、彼女は自身の魔力を消費して影を生み出さなければならない。

 更に、ハイルの影を操る能力は、闇属性魔法に類する。対して、今ハイルが交戦している相手が使うのは光属性魔法。

 しかも、技量は相手の方が上。


「甘い甘い!その程度の影など、正義の光が掻き消してくれるわ!」


 ハイルが生み出す影を、片っ端から消していく。

 言っていることも格好も変だが、その男の実力は本物だった。


『第一軍隊副隊長、マーロック!かかって来い!悪党め!』


 と、両手両足を広げて声高に叫んだつるピカ頭の彼は、着実にハイルを追い詰めていた。

 帝国の最強部隊の副隊長。その肩書きは伊達じゃなかった。


「このハゲが!」


「ふはは!ハゲてなどいない!これは正義の光なのだ!」


 自分の光魔法を反射して輝く頭を、マーロックは誇らしげに撫でる。ハイルの罵倒は効かなかったみたいだ。


「こんな馬鹿に、私は……!」


 苛立ちを募らせるハイルは、次々に影を生み出しらマーロックを襲わせる。

 しかし、届かない。


「っ、ルチア様……!」


 ハイルはルチアを思い出す。

 かつて、死を待つだけだった自分を救い出してくれた恩人。己の罪を償う機会をくれた彼女に、ハイルは一生ついて行くと決めた。

 あの大きく、しかしすぐに崩れてしまいそうな背中を、私が守るのだと。

 それが彼女なりの恩返し。


 ふと、彼女はウィリアムのことも思い出した。

 彼もどこか、ルチアと似た雰囲気を持っていた。その証拠に、ルチアとすぐに打ち解けた。

 ウィリアムは気付いていないだろうが、あのルチアが誰かに心を開くのは珍しい。

 それが少しだけ、気に食わなかった。


 ただ、ウィリアムが一日ぶりに『影の猟犬』に帰ってきた時、暗い彼の表情を見て、ハイルは心配になったのと同時に苛立ちも感じた。

 お前がそんな表情をするな、と。なぜそう思ったのかは分からない。


 もしかしたら、ルチアを一番支えることが出来るのはウィリアムだから……と、考えてしまったのかもしれない。


 そこまで考えて、ハイルは思考を断ち切った。そんなこと、どうでもいい。私はルチア様の役に立てたらいいのだから、と。


 そして今、自分に出来るのは目の前の男を倒すこと。

 なぜ第一軍隊の副隊長がここにいるのかは分からないが、今回の事件に何かしら繋がっているのは明らかだ。


 だが、ハイルではこの男を倒せない。それを彼女は理解していた。ならば、


「刺し違えてでも……!」


 刹那、夥しい量の影が馬を埋め尽くした。それは次第に形を持ち始める。人型や猛獣型など、様々な形に。


「影絵」


 影というものは、存在するもの全てが持つものである。逆に言うならば、影があるということはそこに何かしらの存在がいるということ。


 ハイルが作り出した影は、それぞれが別々の思考を持つ。それは、ハイルが生み出した最強の(しもべ)だ。


「……ウィル。ルチア様のことは任せたぞ」


 ボソリと、ハイルは呟く。既に魔力はかなり消費している上に、切り札を使ったのだ。

 彼女にはもはや、余力は残っていなかった。


「これで……!」


「眠りなさい。輝雨」


 帝国の地下に、光の雨が降った。それらは無慈悲にも、ハイルの影絵を呑み込んでいく。


「……はは、馬鹿にしやがって」


 ハイルは力無く座り込んだ。もう、影の一つも作り出せない。完敗だった。


「君はよく頑張った。だが、正義は必ず勝つのだよ」


 マーロックは右手を上げた。そこに、光が収束していく。


「安心するがいい。亡骸など残らないようにしてやる」


 光が放たれた。今までの中でも比べ物にならないほどの高密度なそれに、ハイルは自分の死を確信した。


 死を確信して初めて、ハイルは自分が死にたくないことに気付いた。

 遅すぎたそれに、ハイルは苦笑する。

 そして、またも思い浮かべたのは、ルチアではなくウィリアム。その白髪の少年を思い出しながら、彼女は願ってしまった。


「……どうせなら、私のことも助けてくれよ」


 叶わないと、知りながらも。


 そして。


 ハイルに放たれた光が、霧散する。彼女の視界には、一人の少年の背中が映っていた。


「……はは、まじかよ」


 その少年は紛れもなく、ウィリアム・ランベルツだった。





 ◇◇◇◇





「……はは、まじかよ」


 背後で、ハイルの呟きが聞こえる。

 それが何に対するものなのかは分からないが、生きていることの証明にはなる。

 良かった。間に合った。


「……さて」


 俺は目の前の敵を見る。ハイルとの戦闘を見ていたわけではないが、こいつが光属性魔法を使うのは確かだ。


「むむ!またも悪党が現れたか!」


「悪党、ねぇ……。お前は何者だ?いや、第一軍隊のどの位置にいる?」


「私は第一軍隊副隊長、マーロック!」


「副隊長か……」


 副隊長。つまり、第一軍隊のNo.2。


「ランドルフの居場所は?」


「知らん!」


 まぁ、さっきの参謀とやらみたいに、ぶっ潰したあとにじっくりと聞けばいい。


「ふんっ!」


 また、高密度の光魔法が放たれた。副隊長と言うだけのことはある。

 俺は右手を前に出し、デコピンを撃った。

 いや、デコにしてないからデコピンではないのか?よく分からん。


「なぁっ!?」


 マーロックの放った魔法は、俺のデコピンによってそのまま跳ね返される。マーロックはそれを、ギリギリで躱した。


「遅い」


 俺はマーロックの着地点へと転移で先回りし、その体を蹴り上げた。マーロックはなすがままに宙を舞う。


「ぐっ、浄光!」


 まるで天から差し込むような光が、俺に向かって落ちてきた。

 それを最高速度で全て躱す。手抜きなんてしない。


「掌握」


 俺はマーロックに掌を向け、握る仕草をした。それに合わせて、奴の全身から骨の砕ける音が響く。


「ごああっ!?」


「仕上げだ」


 俺は収納魔法を展開し、四本のナイフを取り出す。それを、落ちてくるマーロックの四肢に投げた。

 ナイフはマーロックを壁に縫い付ける。


「うぐぅ!」


「さて、質問タイムだ」


 俺はマーロックに歩み寄りながら、赤紋から力を抜いた。

 さっきからずっと力を入れていたから、かなり疲れた。


「おい、お前。本当にランドルフの居場所を知らないのか?」


「う……ぐ」


 骨折して、しかも四肢にナイフを刺されている。痛いのだろう。それは分かる。

 だが、全身の骨全てを砕いた訳ではないし、四肢にナイフが刺さったぐらいでは死なない。


 俺はナイフをもう一本取り出し、マーロックの腹に浅く刺した。


「うっ、がっ!?」


「ほら、答えろよ」


 マーロックは顔を歪めるだけで、なかなか答えない。まぁ、一応副隊長だしな。そんな簡単には答えないか。

 だが、こいつが何か知っているのは確かだ。


「ほれ」


 俺はナイフを横に薙ぐ。マーロックの腹から血が噴き出した。


「この……悪党め……!」


 マーロックは口を開ける。そこに、光が収束した。


「腐っても副隊長、か。この状況でも諦めないのは流石と言うべきかな」


 俺はマーロックの口に右手を突っ込み、光を握り潰した。

 手袋があって良かったよ。汚い。


「っ!」


「悪党でもなんでもいいから、さっさと吐けよハゲ」


 全身を少しずつ切り刻む。じわじわと追い詰める。なのに、なかなか吐かない。


「いいから早く吐けよ!」


 なんでこいつはいつまでも黙ってるんだ?かっこいいとでも思ってるのか?悪党はお前らだろうが!


「もういい。死ね」


 俺はマーロックの首目掛けてナイフを振り下ろした。が、


「……なんのつもりだ?ハイル」


 俺の腕は、地面から伸びてきた影に絡め取られた。

 ハイルは俺の背後で、息を荒くしながらも立ち上がっている。


「もう、そこまでにしておけよ」


「あ?理由は?」


「お前、なんでそんな必死な顔してるんだよ」


 必死な顔?そりゃそうだろ。

 だって、早くランドルフを見つけて決着をつけないと、ルチアが真実を知ってしまう。

 そうなれば、終わりだ。


「全部、ルチア様のためなのか……?」


「……だったらどうする?止めないのか?」


 ハイル。もし俺がルチアのためと言えば、全て許すつもりなのか?答えてみろよ。


「止めるに決まってるだろ?お前が苦しそうじゃないか」


「……苦しそう?」


「そんな辛そうな顔してる奴を、いくらルチア様のためだからって放っておけないだろ」


「………」


 苦しそう?辛そう?俺、そんな顔してるのか?


「変われ、ウィル。あとは私がやる」


「でも」


「お前は少し、休んだ方がいい」


「……はぁ、分かったよ。あとは任せた」


 俺はため息をついて、諦めた。確かにちょっと疲れているかもしれない。


 俺はハイルの方は歩き、ハイルはこちらに向かって歩いてくる。

 ポジションチェンジだな。


「助けてくれて、ありがとう」


 すれ違い様、ハイルは小さく呟いた。俺はハッと振り返る。


 デレた。





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