第四十九話 敗走
◇◇◇◇
「消したかったんでしょう?邪魔な俺を。俺には、あなたにとって都合の良いものがないから。長年培ってきた、絶対的な信頼関係が」
俺はずっと違和感を覚えていた。なぜ、この男が疑われないのかを。その答えがこれだ。信頼。ランドルフがそんな事をする訳がないと、そんな信頼。
ルチアは言っていた。ランドルフは滅私公奉してきたと。その上、『帝国序列一位』。そりゃ、誰もがこの男を信頼するだろう。だから、疑いもしなかったのだ。
だが、俺は違う。昨日初めてこの国に来た俺が、心の底からランドルフを信用するわけがない。それを分かっていたからこそ、ランドルフは俺を消そうとしたのだろう。力試しを騙って。
と、これはただの推測。こいつが犯人という確信はない。ただ、疑うべき人物が今夜いなくなる前に、確認しに来ただけだ。これでランドルフが本当に無罪なら、謝ればいい。今の俺は疑うのが仕事だからな。
ちなみに、俺は最初は皇帝も疑っていた。だが、俺をここに呼んだのは彼女だ。もしも彼女が犯人だとして、俺を呼ぶメリットがあるのか。そして最後に言われた、『君の好きなようにすればいい』という言葉。それらから、俺はどうしても皇帝が犯人だとは思えなかった。
「ふ、何を言い出すかと思えば。確かに筋は通っているが、肝心の動機がない。それとも、何か動機も考えついているのか?」
ない。憶測で疑っているのだから。
「無いのなら、もう行かせてもらう。そろそろ出発の時間だ」
ランドルフが一歩を踏み出そうとしてーー
「謎の空間、消える人間、そして宝玉……」
俺の呟きに、ランドルフが再び足を止めた。だが、俺はそれを無視する。俺は僅かな情報を揃え、そして可能性を模索する。
「宝玉には膨大なエネルギーがある。それを、何に使う?」
考えろ。ここに来て聞いた話を思い出せ。宝玉の話。そして、ランドルフの話。
「ルチアを産んで、死んだ母親……?」
つまり、ランドルフの妻。なんだ?何かがある。繋がりそうな何かが……。
「ふん。俺は行くぞ」
ああ、まだいたのを忘れてた。
「ええ。時間を取らせてしまって、すみませんでした」
ランドルフは俺の隣から、後ろへと歩いて行った。俺も行くか。
そう考えた時、背後から殺気が迫った。
「っ!?」
俺は弧を描く剣を躱す。月の光を反射していなければ、恐らく斬られていた。俺はすぐに距離を取ろうとしたが、襲撃者は俺の動きについて来た。
「ぐ、ふっ!?」
膝蹴りが俺の腹を穿つ。あまりの威力に、口から血が飛び出た。
「ぐ、らぁっ!!」
俺は襲撃者の腕を掴み、壁に叩きつけた。襲撃者はすぐに体勢を直し、俺と距離を取る。
「……やっぱり、あんただったのか」
俺の目の前には、細剣を抜いたランドルフが立っていた。相変わらずの冷たい目で俺を見ている。
「お前の頭がそこまで回るのは、想定外だった。まさか、外部から協力者が来るとはな」
おい、お前まで俺を馬鹿だと思ってたのか?
「なぜだ?」
「それは、動機の話か?」
「ああ」
「俺と敵対するお前に、それを教えるとでも?」
「……なるほど、道理だな」
くそが。
「それにしても、ウィリアム……か。お前が俺の前に立ち塞がるのも、何かの因果なのかもしれないな」
「あ?どういうことだ?」
こいつは何を言っている?
「お前には関係ないことだ」
「……まぁいい。あんたは今ここで拘束する」
「ほう?お前が?俺を?面白い。やれるものなら、やってみろ」
ランドルフの姿が消えた。右から俺の喉元へ伸びてきた剣を、龍の爪で作ったナイフで防ぐ。速い。気付けたのは運が良かった。
「水刃!」
水の刃を放つ。ランドルフはそれをしゃがんで躱した。水刃はそのまま壁を破壊し、夜の帝国へと飛んでいく。
「しっ!」
地を這うような姿勢で走り寄ってきたランドルフは、その低姿勢のまま剣を突き出してきた。俺は靴裏に硬化魔法を付加し、剣を受け止める。鈍い音が響いた。
俺は腰にいくつか差していた得物を手に取る。小さい斧だ。トマホークはあの世界で、アメリカ陸軍が正式採用した優れものでもある。多目的に使用できる、便利な武器だ。更に俺は、この斧に魔法付加しやすい性質を持つ鉄を使っている。
「くらえ!」
俺はトマホークに魔力を付与して投げた。ランドルフはそれを全力で回避する。目標を外したトマホークは壁に激突し、綺麗な穴を空けて貫通した。
「ちっ」
ランドルフは完全に躱せた訳ではなかったらしい。右耳が吹き飛んでいる。
「この距離で避けんのかよ」
「……危ない子供だな」
ランドルフは右耳があった箇所を手で抑えながら俺は見る。まだ、焦りは感じない。おかしい。
「あんた、まだ今の状況が掴めてないのか?これだけ暴れたら、あんたご自慢の第一軍隊に気付かれるぜ?」
別に、俺がランドルフを捕まえる必要はない。いくらこいつの部隊とはいえ、宝玉を盗んだのがランドルフと知れば、隊長であろうと捕まえようとするだろう。
「と、考えているのかもしれないが……」
ランドルフは俺の忠告を気にもせず、細剣を構える。あれだ、某斎藤さんの牙◯でも撃ちそうな構え。
「何度も言っているが、第一軍隊は俺のものだ。あいつらは、全て知っているよ」
「なっ、っ!」
急に、体が重くなった。まるで何かに押さえつけられているような、足元から引っ張られるような、そんな重さ。
「ぐ、うぅ」
ずん、と足が床に埋まった。重過ぎる。潰されそうだ。
「ぎっ、ぃぃぃぃ!!」
俺を中心に、床に円形の窪みができる。俺が重くなったんじゃなくて、俺の周囲の空間ごと干渉されてるのか?
「呆気ないな、ウィリアム・ランベルツ」
そんな中をランドルフは何事もないように走り、剣先を突き出す。その切っ先は寸分違わず俺の心臓を狙っていた。躱せないと判断した俺は、なんとか右手を動かし、手の甲でそれを受け止める。
「づっ、」
痛みに顔を顰める。しかし剣の勢いは殺せない。
「がっ!」
俺は右手を心臓の前から腹部まで移動させ、剣先を誘導した。ランドルフの細剣は俺の右手と腹を貫く。激痛が、俺を襲う。
「ごふっ!!」
生温かい血が口の端から溢れた。痛い。意識が飛びそうだ。しかし、
「……急所は避けたか」
ランドルフの呟きに、俺を無理やり笑みを浮かべた。
「ふんっ!」
ランドルフは剣を引き抜き、よろめく俺を蹴り飛ばした。俺は背中を強く壁にぶつかる。壁はそのまま崩れ、俺を第一軍隊の詰め所から放り出した。
「お前の負けだ。ウィリアム・ランベルツ」
壊れた穴から、落ちていく俺を見下ろすランドルフが言い放った。俺をそれを聞きながら、いつの間にか雲が覆っていた空を見上げる。
また、負けた。もう負けないと決めたのに。本当に呆気なく、あっさりと。何をされたのかも分からずに。
俺は左手を天に向ける。これは、言ってしまえば八つ当たりだ。せめてものやり返し。
「……震天」
天が震える。大気が歪む。そして、空間そのものが爆ぜた。
帝国の首都、アランブルク全体を揺るがすほどの衝撃が発生する。第一軍隊の詰め所は粉々に崩れ落ち、空の雲は消え去った。しかし、それ以外に被害はないはずだ。俺がそう、調整したのだから。
「…….次は、負けない」
俺は瓦礫と化した詰め所から飛び出してきたランドルフを見ながら、転移を発動した。
◇◇◇◇
「くそっ!!」
俺は地下で横たわりながら悪態を吐く。既に傷は癒した。だが、立ち上がる気になれない。負けた。その事実が俺を苛立たせていた。
「くそ!くそ!くそ!」
何度も床を殴りつける。
悔しい。なにより、あいつは手加減をしていた。それなのに俺は瞬殺された。そんな自分に殺意が湧く。
「……ふぅぅぅぅぅぅぅ」
深く息を吐く。落ち着け。落ち着け俺。今回は負けたが、まだ俺は生きてる。次は勝てばいい。それに、犯人は見つけた。目的自体は達成したのだ。
「いや……」
ランドルフは今夜、アランブルクを去る。だが、宝玉を持ち出すとは思えない。それは流石に無防備すぎるだろう。ならば、どこかに隠すはずだ。恐らくそれは、例の謎の空間。
「よっと」
俺はゆっくりと立ち上がった。敵は、俺よりも強いランドルフが率いる第一軍隊。一つの巨大な組織だ。もしかしたら、もっと多いかもしれない。
さて、どう戦うか。誰を信じるか。ランドルフの能力は何なのか。まだ分からないことは多い。
「……はは」
難易度高いな。