第四十八話 相性最悪
◇◇◇◇
翌日、早朝から捜査は始まった。俺はルチアについて行く。地下の説明を受けるが、複雑でよく分からん。
「なぁ、お前の第三軍隊は戦争に出なくていいのか?」
少し話を逸らしてみた。
「うん。帝国を守るために、いくつかの軍隊はアランブルクに滞在しているの。ただ、最近は前線での戦闘が激化してきたから、第一軍隊と第八軍隊を派遣するって発表されたわ」
「第三軍隊は?」
「私が『影の猟犬』を率いていることを知ってるのは陛下だけ。その陛下が、私を帝国から出すとでも?」
「なるほどな。皇帝はあれか、信頼できる精鋭部隊が欲しかったのか。それで『影の猟犬』を作らせ、誰を信じればいいのか分からない時の切り札にしたわけだ」
「そう。陛下は私が子供の頃から知っている。陛下に育てられたと言っても過言じゃないぐらい。だから、どんな状況でも私のことを信頼してくださる」
暗い通路を歩きながら、ルチアはポツポツと語る。
「なぁ、お前、母親は?」
「……いない。私を産んだ時に死んだらしい」
「じゃあ肉親はランドルフだけか。でも、そっちもワケありなんだろ?」
俺の問いかけに、ルチアは足を止めた。ちょっと踏み込み過ぎたか?
「……あの人は、滅私公奉して国に仕えてきた。だから、私の事は娘ではなくて一人の軍人として見てる。まともに喋ったことも、ほとんどない。だから私もあの人を父親とは思えない。そんな時間、今までに無かったから」
こいつが様付けで呼んだりするのはそれが原因か。
「ふーん。でも、あの飴が入ってた缶。あれはランドルフからもらったんじゃないのか?」
「……なんで分かったの?」
「缶にランドルフって名前が刻まれてただろ?」
「あんな小さい字に気付くなんて……変態?」
「いや、なんでだよ」
しかし、こいつもかわいそうだな。あの缶は新品ではなかった。つまり、昔もらった物を大切にしてるのだ。こんな事を言ってるが、ランドルフとは親子として接したいのだろう。
少し、怒りが湧く。
「……なんで急に話してくれたんだ?昨日は黙ってたのに」
「……あなたにも、色々あるみたいだったから」
チラリと、俺の右腕を見る。なるほどな。
「お前、良い奴だな」
ルチアは黙ったまま、缶を突き出してきた。俺は手を出す。出てきたのは、緑。ルチアが自分に出したのは灰色。どうでもいいけど、灰色の飴ってクソ不味そうだな。
「これは?」
「私のは試練。あなたのは苦悩。そして、私達の相性は最悪」
おい、最悪とか言うなよ。なんか気まずくなるだろうが。
それにしても、苦悩か。俺の仮説が合ってたら、本当に苦悩することになりそうで怖い。
「なぁ、ちょっと話を戻すんだけどさ、第一軍隊と第八軍隊が派遣されるのって、いつなんだ?」
「今日の夜」
「今日の夜!?」
やべぇ、時間がない!
「どうかしたの?」
「い、いや、なんでもない」
「……そう」
それからしばらく、俺達は無言で歩いた。昼までの間探し回ったが、犯人はもちろん、なんの手掛かりも見つけることは出来なかった。
◇◇◇◇
「ってことで、俺とルチアは何も見つけれなかった」
「こっちもそんな感じ」
昼過ぎにアジトに集まり、お互いに報告し合う。俺に続いたのは、地上で捜索をしていたハイルだ。ルチアは公務があるので、ここにはいない。
「俺達は成果あったぜ」
と、ティグが笑みを浮かべた。どうやら、進展があったらしい。
「最近な、地下のどこかに新しい空間が作られたらしい。それも、かなり広い空間だ」
「そんなの分かるもんなのか?」
「ああ。地下で暮らす人間にとって、空間把握能力は必須なんだ。音の反響とか、風の動きでそういうのが分かる」
……それ、凄すぎないか?
「ただ、その場所が分からないらしい。どれだけ探しても、何故か見つからないんだとか」
新しい空間が作られたのは分かるのに、場所が分からない。そんなこと有り得るか?可能性としては、
「認識阻害か?」
「僕達もそう考えた」
ロイドが同意する。なるほど、まだ確証はないらしい。
「もう一つ、怪しい話を聞いてね」
ロイドは中指でメガネを直しながら、続けた。
「ここ最近、地下でよく人が消えるらしい」
「消える?」
「ああ。帝国の地下は広い。だから国で管理できていない区域もたくさんあるんだ。そこに住む人間は法外な事をしていたりするけど、とにかく生きるために徒党を組むんだ。だから、人が消えたらすぐに分かる。いつもはそれで抗争が起きたりするんだけどね。なのに、今回はそれがない。なぜなら、原因が分からないから」
どこにあるか分からない謎の新空間と、消える人間。きな臭い。嫌な予感しかしない。
「俺達は昼からも引き続き聞き込みをしてみる」
レイが親指でティグとロイドを差して言った。ティグがその指を掴み、折る。鈍い音が鳴った。
「いってぇ!何すんだよ!?」
「うるせえ。人を指差すんじゃねえ」
また喧嘩か。放っとこう。
「ハイルは?」
「私も地上の捜査かな。ま、あんまり意味はなさそうだけど。ウィルはどうするんだ?昼からは頭がいないけど」
「俺か?そうだな、俺はちょっと気になることがあるから、一人で行動するよ」
ルチアがいないなら好都合だ。とりあえず、地下を回ってみるか。
◇◇◇◇
第一軍隊。強国である帝国の最高戦力。それを率いるのは、この国最強である『帝国序列一位』の称号を授けられた、ランドルフ・クレムハート。ある固有能力は他種族をも簡単に葬り、それ故他国からも恐れられる存在。そんな彼は今、第一軍隊の詰め所にある、自分の執務室に座っていた。
窓から差し込む月光が、彼を照らす。その表情は無。彼はただ、静かに目を瞑っていた。
今夜、彼の第一軍隊は戦線へ向かう。魔人族と戦うために。それは、彼が待ち望んでいた瞬間だった。既に、第一軍隊にこの後の流れは話している。あとはスムーズに、かつ慎重に事を済ませばいいだけだ。
彼は静かに立ち上がる。机に立て掛けていた剣を腰に差し、執務室を出た。外で待つ、自分の軍の元へ行くために。
「………」
光源が月明かりだけの廊下に、一人の少年が立っていた。バッジも何も付いていない、新品の軍服を着た白い髪の少年。その白髪は雪が積もったように見える。だが、ランドルフ・クレムハートには、それがまるで死神に魂を吸われてしまったかのような色に見えた。
「……ウィリアム・ランベルツか?なぜ、ここにいる」
「なぜ、ですか。なぜだと思います?」
ランドルフの問いに、ウィリアムは問いを返した。ランドルフは少しだけ考えるそぶりを見せる。
「やはり、第一軍隊へ志望しにきたのか?」
「まさか」
ウィリアムはふるふると首を横に振った。ランドルフはため息をつく。
「ではなんだ?俺は今から、戦線へ向かうんだ。邪魔をするな」
ランドルフはカツカツと廊下を歩き、ウィリアムの横を通り過ぎようとした。
「容疑者を、見つけたんです」
ピタリと、ランドルフは足を止める。ちょうど、ウィリアムと隣同士になる位置だ。
「……もう見つけたのか?」
「ええ。まぁ、あくまで容疑者ですけどね。それに、容疑者自体は皇帝陛下から話を聞いた時に絞っていました」
ウィリアムはランドルフの方を向きもせず、淡々と話す。ランドルフはそれを黙って聞いていた。
「いやね、ずっと思っていたんですよ。なぜ疑わないのか。最初に疑うべき人物が、すぐそこにいるのに」
「………」
「宝玉の居場所を知っていたのは陛下、そして、あなた。なら、まずはどちらかを疑うべきじゃないんですか?」
ウィリアムもランドルフも、その場を動かない。
「だから俺は、真っ先にあなたを疑ったんですよ」
「ふむ。そこから陛下を外した理由は?」
「疑ってる相手に、それを話すとでも?」
「なるほど、道理だな。それで?まだ疑っているのか?」
「ええ。陛下と広間で会った時、あなたは俺に不意打ちを仕掛けましたよね?殺すつもりで」
「そんな事はない。例え避けれなくても、死なない程度に加減していた」
「嘘ですね。その程度では俺は騙せないですよ」
ウィリアムがハッキリと断言したことに、ランドルフは一瞬だけ反応を見せた。一瞬だけだ。しかしそれを、ウィリアムは横目でしっかり確認していた。
「消したかったんでしょう?邪魔な俺を。俺には、あなたにとって都合の良いものがないから。長年培ってきた、絶対的な信頼関係が」