第四十五話 普通なら死刑
◇◇◇◇
改めて、二人を見る。ルチアと名乗った少女は、恐らく俺と同じくらいの年齢だろう。帝国の軍服を着ている。前世で言う、学ランに似てるな。黒の布地に、赤のライン。そして金色に輝くバッジ。俺は今までにも一度だけ、この軍服を見たことがある。二年前のあの日、ランドルフ・クレムハートと会った時だ。
まぁそれは置いといて、ルチアとかいう女、めちゃくちゃ可愛い。絵に描いたような美少女だ。オッドアイってのも初めて見るし、眼福って感じだな。口は悪いし、好きにはなれないけど。
そして、ハイルと呼ばれた女。こいつは紫紺のローブを着ている。確か、紫紺は帝国で『罪人』を表す色だったはずだ。分かりやすい例えをあげるなら、この国では処刑を行う時、必ず罪人に紫紺の服を着させる。それが、罪人を象徴する色だから。そんな色を、この女は身につけている。ワケありか?
そして、この女も可愛い。かっこいい系の可愛い。目もキリッとしてるし、なんか頼りになりそう。あと、巨乳だ。ルチアも豊かだとは思うが、年相応の大きさ。ハイルはローブを着ていても分かる大きさだ。凄い。まぁ、こいつもなんか投げてきたり罵倒したりするし、嫌いだけど。
とにかく、俺はそんな二人に連れられて地下を歩いていた。かれこれ三十分は歩いているのに、まだ地上に出る気配はしない。
「なぁ、地下ってどれぐらい広いんだ?」
「地下の世界があってこそ、帝国は生まれた。ここの地下は広いわよ。それこそ、アランブルクよりも」
「……まじかよ」
一国の首都よりも広い地下空間。そんなのあり得るのか?
「でも、もう地上に出るわ。ハイル、また後で」
「はい!……おい、ウィリアム・ランベルツ。ルチア様に欲情して、変な事するなよ?」
「しねえよ!?」
こいつ、俺をなんだと思ったんだ?
ハイルは気が済んだのか、闇に姿を消した。どうやら彼女はここまでらしい。
「ウィリアム。手を出して」
「手?」
俺は素直に手を差し出す。そこに、ルチアはいつの間にか取り出していた缶から飴を出した。色は、青。
「なんだこれ。お前、大阪のおばちゃんかよ」
「………?」
ああ、分からないか。
「これは飴占い。青は苦労の意。……頑張って」
「いきなり励ますなよ。不安になるだろ」
俺は飴を口にした。おお、うまい。
「この色とかってのは、帝国の基準に従ってるのか?ほら、黒は力の象徴とかあるじゃん?」
「違う。全部オリジナル」
それ、ほんとに占いとして成り立つのか?
「ルチア様!探しましたよ!」
小汚い階段を上り、地上に出ると、ルチアの元に一人の男が駆け寄ってきた。軍服を着ている。優男風な兵士だ。
「ケルト。あなたはいつも心配し過ぎ」
「仕方ありませんよ!あなたはもっと自分の美しさを自覚すべきだ!」
そこまで言って、優男は俺を見た。そして、すっと目を細める。
「……ルチア様。この男が?」
「ええ、そうよ」
優男は俺をジロジロと眺めると、偉そうに腕を組んだ。
「おい、貴様。ルチア様に何もしていないだろうな?」
「あ?何をするんだよ?」
「貴様みたいに本能だけに従って生きる男が、ルチア様の美貌に目が眩むのは世の常。だが、手を出すことだけは許さんぞ!」
「はぁ?誰がこいつに惚れるんだよ?俺なんかさっき、初対面なのに……」
俺がさっき罵倒された事を言おうとすると、優男は俺の言葉に目を吊り上げ、剣を首に突きつけてきた。
「誰が惚れるか、だと?貴様、ルチア様を愚弄するな!」
あーめんどくせえよ、こいつ。ルチアの方を見たが、彼女は顔を横に振る。いつも通りってことか。
「はぁ」
確かに、検問所での件は俺が悪い。だから素直に従った。だが、今回に関しては俺は悪くない。なのに、なんで剣を向けられないといけない?
俺は突きつけられた剣を握り、折った。もちろん無傷だ。ここは中央じゃない。我慢する必要もないだろ。多分。
「なっ!?」
「お前、次俺に剣を向けたら潰すから」
とりあえず警告だけにしておいた。俺は気が長い方じゃない。次、また意味もなく俺に敵意を向けるなら、容赦しない。
「き、貴様……!」
「はいはい、黙ってろ雑魚。それでルチア、俺はどうしたらいい?」
「貴様っ!ルチア様になんて口の利き方をっ!」
俺は黙ったまま優男の腕を掴み、思い切り上に放り投げた。優男は叫びながら空に吸い込まれていく。そして、姿が見えなくなった。
「それで?俺はどうしたらいい?」
「……彼はちゃんと帰ってくるの?」
「ああ、もうちょいしたらな」
「そう。あなたにはこれから皇帝陛下の元に行ってもらうわ。詳しい事はその時ね」
俺は落ちてきた優男を受け止めて適当に地面に転がす。優男は気絶した状態で失禁していた。
「おいおい、部外者の俺を皇帝なんかに会わせていいのか?」
俺の問いに、しかしルチアは答えずに歩き出した。俺はため息を吐き、その後を追う。
……この優男は放置でいいのか?
◇◇◇◇
「でっかいなぁ」
中央騎士団の詰所とは比べ物にならない大きさの城を前に、俺は普通の感想を口にした。こんなでかい建物、見たことがない。
「彼は私の客人。通して」
「はっ!」
ルチアが言うと、俺を警戒していた門兵が構えを解いた。この少女は、どこまでの地位にいるのだろう。皇帝が住む城にほとんど顔パスで入れるなんて。実は皇帝の娘でした、なんてオチじゃないだろうな。
「早く」
「はいはい」
俺はルチアに連れられて城内を歩く。城内も凝った作りになっており、もはや何が何だか分からない。俺は周りを見ることをやめた。
「この先に皇帝陛下がいらっしゃるわ」
ルチアは大きな扉の前で止まる。俺はその扉をぼんやりと眺めた。
「なぁ、持ち物検査とかしなくていいのか?俺、自分で言うのもなんだけど結構武器持ってるぞ?」
「大丈夫。むしろ、持ってる方がいいと思う」
「……?」
ルチアの言葉に首を傾げる。と、門兵が扉を開けた。いいのならと、俺は中は入る。
中は大きな広間になっていた。正面には玉座があり、扉からそこへと一直線にレッドカーペットが敷かれている。そのカーペットの両脇には大勢の人間が立ち並んでいた。全員、かなり強そうだ。
そして玉座には当然、皇帝が座っていた。女だ。胸がでかい。っと、すぐにそこを見るのは悪いクセだ。
皇帝は武人だと聞いていた。故に、俺は皇帝は男だとばかり思っていたのだ。だが、そんな単純な話ではないらしい。
「……君が、ウィリアムランベルツか?」
「はい」
俺は短く返事する。なるほどな。確かにこの皇帝のことを女と見くびると、痛い目を見る。そう察した。
「っ!」
皇帝の姿が消えた。刹那、俺の眼前まで迫っていた皇帝が剣を振るう。俺はそれを人差し指と親指で挟んで止めた。その衝撃に、レッドカーペットがめくれる。
「……何のつもりです?」
「ふむ」
皇帝は俺の質問に答えず、掴まれた剣を支点に体を反転させ、後ろ回し蹴りを放ってきた。踵が俺のこめかみを捉える。寸前で顔を後ろに逸らし、躱した。そのまま反撃に蹴り上げる。それは皇帝の腕を直撃し、握っていた剣を飛ばした。
広間に並んでいた兵士たちが少し、騒めく。
得物を奪えば終わりかと思ったが、違った。皇帝はくるくると回り、俺に攻撃を仕掛けてくる。俺はその場を動かず、それら全てを捌いた。足払いを、跳ぶことで躱す。皇帝が笑みを作った。……誘われたか。
途端、周囲からの殺気が膨れ上がった。そして、夥しい量のナイフが飛んでくる。俺の両足は宙を浮いたままだ。躱せない。
だが、躱せないからと言って受けるというわけではない。防ぎようならいくらでもある。俺は周囲に収納魔法を展開した。飛んできたナイフは全て、そこに吸い込まれていく。
「ごちそーさん」
ナイフが飛んできたのと同時に少し距離をとっていた皇帝は一瞬、体を硬直させた。一瞬あれば充分だ。
「転移」
俺は敢えて地面に足がつく前に転移を発動し、皇帝の背後をとった。そしてさっきまで皇帝が使っていた剣を喉元に当てる。
「これで、俺の勝ちですね」
「………」
ちょっとやばいかな、これ。この一連のやりとりは、恐らく俺の力を試したのだろう。それはいい。
だが、今、俺は一国の王に刃を向けている。やり過ぎた。どんな理由があれ、これは考えるまでもなく重罪だ。この広間にいる兵士全員が本気で俺を殺りにきたら、間違いなく俺は死ぬ。それだけの手練れがここには揃っているのだ。
さようなら父上、母上、エルザ。先立つ不幸をお許しください。
「ふふふ、ふはははははははは!!!」
皇帝は口を大きく開けて、笑った。怖いんだけど。
「はははは、いや、すまない。ルチア!良い人材を確保したな。褒めてつかわすぞ」
「もったいなきお言葉」
皇帝は俺に剣を向けられたまま、ルチアに声をかけた。ルチアもルチアで、この状況に何も言わず頭を下げる。
「それで、ウィリアムだったな。君、私の婿になるか?」
「……へ?」
やっと俺に話しかけたと思えば、皇帝は軽くそんな事を言った。