第四十四話 初見で罵倒
◇◇◇◇
人が賑わう街を、一人の少女が歩く。整った耳と鼻にふっくらとした唇、白い肌。そして艶やかな黒い髪。ショートボブの毛先を、所謂ゆるふわに仕上げている。その目は赤と青のオッドアイ。美しさ、可愛さ、そして色気をも併せ持つ少女は、周りからの視線を気にすることなく堂々と歩む。
その身には、軍服。力を象徴する黒い布地に、死を意味する赤いライン。帝国兵が例外なく身につける軍服だ。まだ齢15である彼女は、その軍服に数多くのバッジを付けていた。
「ルチア様!握手して下さい!」
明らかに少女よりも年上であろう男が、彼女にそう話しかける。少女は頷き、握手を交わした。
その手を見つめ恍惚とする男を置き去りに、少女は再び歩み出す。彼女にとっての"希望"の元へ。
ふと、道の端で言い合う男女がいた。会話の内容から、痴情のもつれというやつだろう。少女は二人の元へ近付く。
「どうしたの……?」
「っ、ルチア様!いえ、この男、私と付き合っておきながら浮気してたんです!信じられないでしょう!?だから別れようって言ってるのに、それも嫌の一点張りで!」
「違います!俺は浮気なんてしていない!」
要するに、そういう事らしかった。少女はどうすればいいか頭を悩ます。
少女は異性から幾度となく言い寄られたことがある。それはある領地の長男であったり、期待の新星であるルーキーであったり、王子であったり。しかしそれを、少女は全て断り続けてきた。まだ、そんな感情を抱いたことがないから。
自分の力ではどうしようも出来ない。そう結論付けた彼女は、懐から一つの缶を取り出した。銀色に輝く、綺麗な缶だ。彼女はそれを、一瞬足りとも手放さない。
「……二人共、手を出して」
少女はそう言い、素直に手を差し出した二人の手に、缶を傾けた。中からは、色のついた飴玉が転がり出る。
彼女は『飴占い』という、独自の習慣を持っていた。一種の"願掛け"である。何かをする前に、或いは何かに迷ったり時に、彼女は飴を舐める。その際に出た飴の色で、彼女は運勢を占うのだ。しかも、これはよく当たる。他人にもよく飴占いを行うのだが、当たりすぎて怖いとすら言われるまでに。
今回、二人の男女に出たのは揃いの黄色い飴だった。その結果を見た彼女は少し、目を見開く。今までに出た事がないぐらい、『良い結果』だったから。
「どっ、どうでしょうか……?」
男は少し怯えながらも、そう尋ねた。
「黄色は、相性抜群の証。しかも、二人とも同じ色だから凄い。きっと、これから先ずっと上手くいくと思う。ねぇ、あなた。本当は何をしてたの?」
ルチアに聞かれた男は、少し迷った後、言葉を絞り出した。
「……実は、プロポーズをしようと思って、指輪探しを手伝ってもらってたんです」
「え……?」
呆然とする女を他所に、男は顔を真っ赤にしながら、一つの箱を取り出した。その中にはもちろん、指輪が入っている。
「俺と、結婚して下さい!」
男は少女の飴占いに背中を押されたからか、大胆にもその場でプロポーズをした。当然、周りのギャラリーからは拍手が起こる。男と言い争っていた女も同じく顔を赤くし、指輪を受け取った。
「「ありがとうございました!」」
「お幸せに」
頭を下げる二人、たった今夫婦になった二人からの礼に答え、少女はその場を後にする。気分は悪くない。だが、彼女は急いでいるのを思い出した。
少しして、彼女は人気のない路地へ入る。
「ーーハイル」
「はい、頭」
少女の呼びかけに、どこからともなく一人の女が現れた。緑がかった灰色の髪を、無造作に伸ばしている。整った顔立ちに、少し吊り上がった目は、彼女の強気な性格を表しているのか。
「"彼"は?」
「もうアランブルクへ入ったようです。ですが……」
「どうしたの?」
少し言い淀んだ彼女に、少女は先を促す。
「何かトラブルがあったようで、地下牢に投獄されたようです」
「……へ?」
彼女の口から、似合わない間抜けな声が出た。
◇◇◇◇
水が滴る音が聞こえる。光量が弱いランプがいくつかあるだけで、薄暗い。俺は今、地下の牢屋に入れられていた。
「なんでだよ!?」
いや、原因は分かってるんだけど!でもさ、地下牢に入れられる前の所持品検査で許可証出てきたじゃん!
くそが!いや、悪いのは俺なんだけど!俺なんだけど!!
「ちくしょーーー!!!」
「るっせぇぞ新入りぃ!!」
俺が叫ぶと、どこかの牢屋から叫び返された。とりあえず静かにしておく。まずは状況確認だ。
鉄製の牢屋。両手両足には鉄の鎖。首には魔力を抑える魔道具。ふむ、余裕だ。余裕で脱獄できる。
だが、今脱獄していいのか?脱獄することによって、更に立場が悪くなったりしないか?許可証があったのも事実なんだ。もしかしたら、少しすれば釈放されるかもしれない。
……もう少し、様子を見るか。
とりあえず俺は両手両足の鎖を引き千切り、そのまま首につけられた魔道具を握り潰す。そしてそれを、牢屋の端っこに放り投げた。
ふぅ、これだけでも多少は楽になるな。
続いて、収納魔法からマットを取り出し、硬い床に敷く。更にその上にベッドを置き、読書を始めた。考えれば、中央では学園生活と騎士団の仕事でずっと忙しかった。ゆっくりするのは久しぶりだ。
地下牢は静かだ。たまに囚人同士が口喧嘩をしたり、呻き声が聞こえたりするが、言ってしまえばそれだけ。街中よりも全然落ち着ける。
ここに看守はいない。地下牢は脱獄が難しく、そして脱獄した者を排除する"化け物"がいるから、らしい。入れられる時に聞いた。それは好都合だ。こうやって、ベッドやら何やらを出していても気付かれないし。
眠たくなってきた。
「ーーー」
………。
「ーーー!」
………。
「ーーろ!」
……ん?
「起きろっ!」
「痛い!」
頭に鈍い衝撃を受けて、俺は目を覚ました。寝落ちしていたらしい。痛む頭に回復魔法をかけつつ、大きな欠伸をした。治った。眠たい。
「また寝ようとすんな!」
「痛い!」
俺は何かが飛んできた方向、つまり牢の外を見る。そこには一人の少女と、一人の女が立っていた。おお、二人とも可愛い。
「えーっと、どなた?」
「私はルチア。彼女はハイル。それで、あなたがウィリアム・ランベルツ?」
「ん?ああ。そうだけど?」
ルチア、と名乗った黒髪の少女は俺の名前を確認すると、牢の鍵を開けた。そして中へ入ってくる。
「……使えなさそう」
「あ?」
急になんだ、こいつ。喧嘩売ってんのか?
「なぁ、おい。なんでこんなもんがあるんだ?」
ハイルという女が、ベッドを指差して言う。俺は無言でベッドとマットを収納魔法でしまった。
「こういう事だけど?」
「……へぇ、驚いた。収納魔法なんて使えんのか」
「こんなもん、誰でも使えるだろ」
「いやいや、使えねえよ馬鹿じゃねえの?」
このハイル、口悪過ぎだろ。なに、この状況。こいつら俺を罵倒するためにわざわざ来たの?
「で、なんで捕まったの?」
「あ〜いや、ある奴から許可証もらってたんだけどな、見せるカード間違えたんだよ」
「……馬鹿なの?」
ルチアまで馬鹿って!なんだよもう!帰ってくれよ!
「とりあえず、行きましょう」
「あ、釈放か?」
「ええ、その前に。あなたが協力者ってことでいいのよね?」
ルチアのその質問に、やっと俺はこいつらがここに来た理由を察した。
「……なるほど、色々と話は聞きたいが、とりあえずはここを出てからか」
俺は指を鳴らす。刹那、着ていたボロの服装が白いローブに変わった。まぁ、ちょっとした魔法だ。
「行こうぜ」
牢を出た。通路は長く、先は暗くて見えない。その先を見据え、コキリと、俺は首の骨を鳴らした。
「それで?あなたが協力者ってことでいいの?」
「あ……はい」
恥ずかしい!