第四十三話 即日フラグ回収
◇◇◇◇
「兄様。今度はどこに行くのですか?」
「……エルザ。いつもいつも、当たり前のように俺の部屋にいるのはなんでなんだ?」
「エルザが兄様の妹だからです」
いつもそう答えるけど、それ、絶対おかしいから。まぁいいけど。
「それで、どこに行くってなんだ?」
「兄様の部屋が綺麗になってます。いつもは汚いのに」
「……はぁ。エルザには敵わないな」
「いえいえ、兄様の方が凄いですよっ!」
エルザが俺に抱きつく。妹のこの好意は嬉しいが、俺はもう14歳で、エルザももう13歳。そろそろ恥ずかしい。
「よいしょっと」
とか考えつつ、俺はエルザを抱えたまま椅子に座る。エルザも俺が騎士団に所属していることは知っているため、隠す必要はない。
「帝国に行くんだ。アルフレッドの知人から要請があったらしくてな、俺が代役で行くことになった」
「帝国……ですか。兄様、お気をつけ下さい。あの国は他者を排斥することに容赦がありません。兄様も人間ですが、中央からの使者とバレるとどうなるか……」
そっか。俺の立ち位置は中央の使者になるのか。確かにバレたらめんどくさそうだ。
「それに、兄様は王国の領主の息子です。身元が確認されると、更に厄介な事になりそうです」
「心配し過ぎだって」
「いえ、兄様も知ってるのではないですか?王国で勇者が召喚されたことを。表向きの理由としては、魔人族と戦争中である帝国への加勢のためですが、それもどこまで真実か分かりません。父上と母上によると、王国は何か怪しい人体実験を行ってるとか」
「ふむ……」
色々な陰謀が渦巻きすぎて、よく分からん。要するに、エルザは俺が帝国に行くことに反対ってことか。
「エルザ。俺は大丈夫だ。もし何か問題が起きたら、全部ぶち壊して帰ってくるさ」
「……約束ですよ?」
「ああ、約束だ。絶対に帰ってくる」
こんな可愛い妹を残して、ぽっくり逝けるわけないだろ?
「それで、いつ行くのですか?」
「ああ、さっきアルフレッドから連絡があってな」
例の、青い石みたいな魔道具で連絡がきた。ほんと、学園にいる時は連絡すんなっての。
「明日だ」
◇◇◇◇
「そういう事で、俺は明日から帝国に行きます。学園への手回しはお願いしますよ」
「ああ、アルフレッドから聞いている」
ニーナ先生は、俺が騎士団の用事で学園に来ない時、それを上手いこと誤魔化してくれている。協力な協力者だ。正直、ニーナ先生がいなかったら俺はとっくに退学させられているだろう。どう誤魔化しているかは知らないのだが。
「それにしても、お前も大変だな」
「ええ。ですが、アルフレッドはこの件で『借り』を返せって。それを言われたら、俺は黙って従うしかないですよ」
「へぇ、ここでか。そんなに大事な友人なのかねぇ」
「さあ?まぁそこはどうでもいいんです。問題はその帝国で何が起きてるのか、ですよ。先生は何か知りませんか?」
「知らんな」
ですよね。
「事前の情報が無い状態で潜入するのは、かなり無謀な気がします」
「気がする、と言うか無謀そのものだな」
それに関しては否定しない。警戒するのは分かるが、協力が決まった相手にはある程度の情報を渡すのは当たり前だろう。アルフレッドの友人とやらは馬鹿なのか?
「まぁ、お前なら大丈夫だろ」
「過大評価ですよ。……正直、嫌な予感がするんです」
俺は右腕をさすりながら言う。赤龍に刻まれた赤い紋様は、今や右腕の全てを覆っている。夏でも長袖と手袋を欠かせないというのは、結構厳しいものだ。
「嫌な予感、ね。ウィリアム。あまり無理はするなよ?」
「ええ、もちろんです」
無理なんてしたくない。ただ、今回の件は既に面倒ごとだと確信している。だから、多少の無理は仕方ない。いや、出来ることなら回避したいけどな?
「帝国は人間族のシーシェルに所属してるが、実力主義の国。昔から他種族を受け入れている。故に、実力者が多い。いくらお前が強くても、目立つことは避けた方がいい。帝国そのものに狙われれば、さすがのお前でも逃げきるのはほとんど不可能だ」
だろうな。認めるのは癪だが、帝国の二十を超える軍隊は、その全隊が強力らしい。俺でも、それを相手にすればあっさりやられる。
「ああ、あと、ヘマやらかすなよ」
「はいはい、気をつけますよ」
おかんか。
「最近のお前は、どこか余裕がない。死ぬなよ」
「死にませんよ。絶対に」
死んだら、強くなれないからな。
◇◇◇◇
俺は一人、街道を歩く。ここは既に帝国の近郊。近くまでは馬で来たが、途中からは歩きだ。
俺は目立たない服装を着ている。腰には何の変哲も無い剣が一本。装うのは旅人だ。いつかはこんな感じで旅をしたいし。
「……あれか」
帝国の首都、アランブルクが見えてきた。なんか、嫌な雰囲気を感じる。帰りたいなぁ。
その手前に、関所のようなものが建っている。検問所だ。あそこが第一関門になる。が、心配はない。
先日、アルフレッドの友人とやらから一枚のカードが届いた。これを提示すれば、誰でも帝国内に入れると。そんな代物が用意出来るとは、やはりアルフレッドの友人とやらは只者ではない。
「止まれ!」
検問所の前に着くと、すぐに兵士に取り囲まれ、首元に槍を向けられた。おいおい、ちょっと過激すぎないか?
「名前は?」
「ウィリアム・ランベルツ」
「何用だ?」
「ちょっと知人に」
俺は事前に準備していた言い訳をする。
「帝国が今、戦争中という事は知っているな?」
「ああ」
カードは、まだ使わない。とりあえずは自分一人の力で突破してやる。俺は出来る子だ!
「ほら、見ての通り俺は旅人だからさ」
「だから?」
「いつ死ぬか分からないんだよ。だから、たまに友人と会っておかないと、いつが今生の別れになるか分からないんだよ」
「だから?」
「いや、だからさ、友達と会うぐらい許してくれよ」
「ダメだ。ここを通りたければ、許可証を提示しろ」
……はぁ、やっぱりそれしかないか。俺だけでは全然出来ない子だったよ。
「ほら」
俺はアルフレッドから渡されていたカードを懐から出す。俺はそれを無造作に投げ渡した。
「もう通っていいか?」
「いいわけがないだろう?貴様、中央からのスパイなのか?」
「……は?」
なんで分かった?
「いや、そんなわけないだろ?ほら、見てくれよ。俺の恰好を。どう見てもただの旅人だろ?」
「ただの旅人がなんでこんな物を持っているんだ?」
門兵は俺が渡したカードを見せてきた。
「だから、帝国にいる友人が……」
門兵が俺に突き出したのは、紛れもなく俺が渡したカードだった。ただ、許可証ではない。俺が中央騎士団に所属することを示す、名前入りの証明書だった。
「……間違えた」
「おい、捕まえろ」
門兵が部下らしき男に指示を出す。そして俺は、帝国の地下牢に投獄された。
あるある。