第四十二話 五分は結構短い
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俺がウッドフォードに負けて、二年が経った。既に奴は卒業し、ジルギード先輩やウーガの兄、ゲイルも卒業している。そして一つ下には昨年入学したエルザがいる。俺達は三年生だ。学園生活は何事もなく過ぎていく。
俺はあの後、中央騎士団に入団した。少しでも力を得るためだ。もちろん、その事は公開していない。知っているのは家族、そして中央騎士団のメンバーとニーナ先生だけだ。マナやウーガにも黙っている。ややこしい事になりそうだからな。
そして何より、俺は金が必要だった。俺は領を継がないと宣言した身。いつまでも仕送りをしてもらうのは申し訳ない。だからバイトをしようと思った。それをアルフレッドに話すと、中央騎士団に誘われたのだ。
以前から断り続けていたが、よく考えれば良い仕事だ。腕を磨ける上に高収入。中央騎士団の幹部はほとんど俺の事を知っており、他の奴らも俺が『赤紋』だと知ると反発することもなく歓迎された。むしろ副団長に、と言われたぐらいだ。流石にそれは辞退させてもらったが。
そんな訳で、俺は二年になった時に中央騎士団に入った。それからはアルフレッドの指示に従う日々。六師団ある騎士団の中で、俺の立ち位置は第七師団。構成員は俺一人。学園生活も過ごす身として、行動しやすいようにわざわざ新設してくれたのだ。高待遇すぎて怖い。
「ウィル、なんか考え事でもしてる?」
「ん?いや、別に何もしてないぞ?」
「そう?まぁ、別にいいけど」
この三年間、マナとは同じクラスだ。二年と三年はAクラス。俺も試験はほどほどの結果を出しておいた。もちろん、ウーガも同じだ。
「おい!ランベルツ!私と勝負しろ!」
バンッ!と音を立てて扉を開けて教室に入ってきたのは、同じクラスのフーラだ。亜人族のドワーフ。俺のイメージとしては、ドワーフっていうのは小柄でがっしりとしている種族だった。
だが、実際は違う。フーラはすらりとした長身で、非常に豊満な胸を持ち、顔も可愛い。肌は少し浅黒いが、むしろそれがエロさを引き立てている。しかも、制服をギャルみたいに着こなしているのだから目のやり場に困る。あいつ、周りの視線は気にならないのか?
「……フーラ。お前、扉を壊すなよ」
フーラが馬鹿力で開けた扉はひしゃげてしまっている。それを指差して指摘した。
「あ……どうしよ?ちょっと、どうすればいい?」
さっきまでの威勢は急激に霧散し、フーラはおどおどし出した。フーラは気が強いのか弱いのかよく分からない。
「あ〜、ほれ」
俺は指を鳴らす。すると扉は光に包まれ、すぐに元の形でに戻った。
「直ったぞ」
「おお、ありがとう!お前、良い奴だなぁ!」
フーラは満面の笑みを浮かべながら、俺に抱きつこうと飛び込んできた。しかしそれは、マナが立ち塞がることで阻止される。
「……なに?」
「ウィルには決闘の申し込みに来たんじゃないの?」
「あ、そうだった」
険悪な雰囲気になるかと思えば、フーラはあっさりと引いた。そして俺を睨みつけてくる。
「ランベルツ!私と勝負だ!」
「嫌だ」
「何故だ!?」
「しんどいから」
「なにぃ?……なら、仕方ないか」
フーラはしょっちゅう戦いを申し込んでくる。しかし、残念なことにアホなので、適当にあしらうことができる。扱いやすい。
フーラが戦いを申し込むのは俺にだけではない。それこそ、男なら誰にでもだ。申し込まれた者は、大抵受ける。まぁ、ヤラシイ事を考えているのだろう。なにせ、フーラは自分に勝てた者と結婚すると言っているのだから。フーラは自分よりも強い男と結婚したいらしい。今はその婿探しだとか。
しかし、フーラは強い。マナと同じぐらい強い。あのウーガでさえ負けたのだ。他に敵う者がいるとは思えない。俺以外。
「ウィル。受けないの?」
「ああ、めんどくさい」
もちろん、俺はフーラと結婚したいなんて思っていない。未だに『好き』という感情がよく分からない俺にとって、結婚は不可能だ。
「え〜、受けたらいいのに、ボッコボコにして終わりだよ」
「ボコボコにしてどうするんだよ」
マナはフーラの事があまり好きではない。なぜなら、自分と同じぐらい強いから。理由がマナらしい。
フーラは既にいなくなっていた。また、他の男と戦いに行ったのだろうか。
「……忙しい奴」
マナがぼそりと呟いた。全くもってその通りだ。
◇◇◇◇
「ーー既にここは包囲されている!大人しく投降しろ!」
中央の西。そこに魔法で拡声されたアルフレッドの声が響いた。戦争がないと困る商人共が組織した反乱組織を潰すためだ。
「断る!俺達は死ぬまで抵抗してやる!」
威勢の良い声が返ってきた。それに賛同するように、歓声が聞こえてくる。
「いや、別にかっこよくないから」
俺はその男の背後に転移し、首を絞める。
「うぐっ、お前……いつの間に……!」
「今だよ、馬鹿」
そのまま堕とした。意識を失った男を足元に転がし、俺は後ろを振り返る。そこには、突然の事に驚きつつも、すぐに臨戦体勢を整えた反乱組織が並んでいた。ここにいるのは、大抵は雇われた傭兵だ。
「死ぬまで抵抗する?戦争を起こして他人を殺して、それで利益を得ようって奴らが何言ってんだか。一人で勝手に死んどけよ」
自分勝手過ぎるだろ。俺はフードを脱ぎ、チャックを胸元まで開ける。
「百、二百、三百……千ぐらいか」
このアジト、そんなに広いの?流石に、この人数を相手にするのはしんどいな。
俺は青く輝く石を取り出した。これは魔道具で、各師団長に支給されている。携帯のように、離れている相手と会話できる優れ物だ。
「おーい、アルフレッド。今突入したんだが、こいつら多いわ。援軍寄越してくれ」
『なっ、馬鹿お前!何勝手に突入してるんだよ!手順を考えろ!』
「いや、だってお前、好きに動けって言ったじゃん」
『言ったけど!言ったけど、もう少し空気を読めよ!』
「そういうの苦手なんだよ」
『……はぁ、まぁいい。今更だしな。で、援軍?お前なら無しで大丈夫だろ?』
「別に大丈夫だけど、皆殺しでもいいか?流石に千を相手に力加減なんて出来ないぞ?」
『……すぐに援軍を送る。しばらく耐えてくれ』
「御意」
俺は通信を終えた魔道具を懐にしまう。めんどくさいなぁ。
「ほら、良かったなお前ら。うちの上司が甘ちゃんなおかげで、死なずに済むぞ」
俺は通信中に襲いかかってきて奴らを返り討ちにし、その馬鹿共で積み上げた山に向かって声をかけた。返答はなし。呻き声が聞こえるだけだ。
「まったく、中央騎士団に入って力加減が上手くなっちゃったよ。そんなつもりじゃなかったのに」
飛んできたナイフを指の間で挟み、投げた奴の太ももに投げ返す。貫通した。
「……そんなに上手くなってねえわ。加減」
殴りかかってきた奴の拳を躱し、足をかける。そして掌で顎を掴み、背後へ押し倒した。後頭部を強打した男は、その一撃で意識を失う。
無数の魔法弾が飛んできた。視界が埋め尽くされる。容赦ないなぁ。
「支配」
全てを支配下におく。ちょっとした余興だ。俺はその魔法弾を使ってドラゴンを形作った。モデルは赤龍だ。
「いけ」
立ち並ぶ反乱組織の奴らが吹っ飛んだ。ボーリングのピンみたいだな。まぁ、こいつらの魔法弾で作ったんだ。威力は大して強くない。
「おいおい、もっと骨のある奴はいないのか?」
「……俺が相手をしてやる」
奥から出てきたのは狼の獣人だった。周りからの信頼もあるのか、他の奴らは俺達を囲むように円状に囲む。サシでやれってことらしい。
「行くぞ!」
消えた。少なくとも周りからはそう見えただろう。それと同時に、俺の頰に赤い線が走る。たらりと、血が垂れた。爪か。
「ははは、反応出来ないか!?」
未だに俺の周囲を走り回る狼の獣人がそう言い、ギャラリーが囃し立てる。俺は袖からナイフを出す。龍の爪で作った、刃渡り十五センチ程のナイフだ。
周りから連撃が襲ってくる。確かに速い。だが、俺に言わせれば遅い。俺は一歩も動かず、そして振り返りもせず、ナイフを持った腕だけを動かして全てを捌いた。
「この程度か」
俺は横を通り抜けようとした狼の獣人の首を掴む。そしてその勢いのまま、地面に叩きつけた。鈍い音が響く。
「次」
足りない。これじゃあ全く足りない。俺はもっと強くなるために中央騎士団に入ったんだ。この程度では意味がない。
ざわざわと、胸の中で何かが渦巻く。不快な感覚だ。
「第四師団到着しました!」
「……はいよ」
部下を引きつけて、第四師団団長のルーベルスが俺の隣に立つ。
「ご無事ですか!?」
「見たら分かるだろ」
こいつ、俺よりも年上なのに敬語で話してくる。て言うか、騎士団の連中は全員俺より上なのに、ほとんどの奴に敬語を使われる。別に俺は偉くないんだけどな。
「ルーベルス。五分で制圧する」
「はい!」
流石に五分はキツかった。
次回、ウィリアムさんは帝国に突撃します。