第四十一話 路地裏はテンプレ
新章突入です!
◇◇◇◇
「キャアアアアアア!!!」
狭く、暗い、月光だけが射し込む路地裏に、女の悲鳴が響き渡る。
「はは、良い声出すじゃねえか」
「だが、残念だったなぁ。ここらには防音魔法をかけてある。どれだけ泣き喚こうが、誰も助けてくれやしねぇぜ?」
そこには、行き止まりの道に追い詰められた女と、その女を追い詰める二人の男がいた。男達は下品な笑みを浮かべ、ジリジリと躙り寄る。
「やっ、やめて!来ないで!」
「はーい、分かりましたー。なんて、言うわけねえだろバーカ」
「ギャハハハハ!」
女の顔には遂に、絶望が浮かび上がった。男達はそれを見て、更に興奮する。
「そうそう、その表情が見たかったんだよ」
「安心しな。すぐに良くしてやる」
片方の男が女を羽交い締めにする。そして、もう片方の男が手を伸ばし、女の服のボタンに手をかけた。
「さて、ご開帳……っと」
男は慣れた手つきで女の衣服を剥ぎ、すぐに上裸にさせた。その身体は月に照らされ、いやに扇情的に見える。それは男達を喜ばせるだけでしかなかった。女は再び叫び暴れるが、男の力には敵わない。
「よし、では……」
男は女の下半身へと手を伸ばした。その時、
ーーカツン、カツン
暗い路地裏に、足音が響いた。それは女の悲鳴を押しのけ、男達の耳に届く。
「……誰だ?」
羽交い締めにしていた男が呟き、もう一人の男が周りを見渡した。その足音の主を見つけ出そうと。
足音の主はすぐに姿を現した。路地の向こう側の建物の影から、ぬらりと出てきたのだ。顔は見えない。白いローブで体を覆い、フードを深く被っているからだ。身長はあまり高くない。
「おいおい、中央騎士団じゃねえか」
「おーおー、こんな遅くまでご苦労なこった。どうやってここを見つけた?」
男達は余裕の姿勢だ。余程、自信があるのだろうか。
「普通に見つけたけど?」
そんな男達に、声から恐らく男だと思われるローブの人物が答えた。それに、男達は眉を顰める。
「普通に、だと?お前、普通の意味分かってんのかよ?ここらには防音と人避けの結界をかけてたんだぜ?普通に見つけられる訳ねえだろ」
「いやいや、笑わせんなよ。あの程度で結界?馬鹿も休み休み言え」
ビキリと、男達の額に青筋が浮かぶ。
「馬鹿だと……?中央騎士団だからって、調子に乗ってんじゃねえぞ?俺達が何者か知ってんのか?A級冒険者の……!」
「あ〜いい、いい。別に名乗らなくていいから。興味ないし、そんなのはとっ捕まえてからゆっくり聞くさ」
ローブの男はめんどくさそうに手を振る。その仕草に男達は更に腹を立てた。女はそのやり取りを、ただ黙って見ているしか出来ない。
冒険者にはランクが存在する。上からS、A、B、C、D、E。それを踏まえて考えれば、男達はかなりの手練れと言えるだろう。
「捕まえる?俺達を?はは、馬鹿言ってんのはお前だろうが!知ってるぜ?お前ら、二年前の龍種討伐戦で主力はほとんど死んだんだろ?つまり、残ったのは雑魚ばっかり。お前みたいななぁ!」
ははは、と男達は笑う。それを聞いて、ローブの男はため息をついた。
「……はぁ」
「あん?何だよ?」
「いや、口先ばかりの雑魚は今まで何人も見てきたからさ、飽きたんだよ。ほんと、性犯罪者の分際で何を偉そうにしてるんだか」
その言葉に、男は魔法弾を撃つことで応えた。様々な属性の魔法弾をローブの男に撃ち込む。
「キャアアアア!!」
女が悲鳴をあげた。ローブの男が死んだと思ったのだろう。それは男達も同じだ。魔法弾が直撃する前に、下品な笑い声をあげた。
「なんだ?このスッカスカの魔法弾は」
しかし、男が放った魔法弾は、全てローブの男の直前で止まっていた。それを、彼は自在に動かす。
「……は?」
「だから、なんだよこの残りカスみたいな魔法弾は。こんなのいらねえよ」
ぺいっ、とローブの男は魔法弾を掴み、背後に投げ捨てた。本当にゴミを捨てるかのような仕草で。
「このクソガキィィィィ!!!」
遂に男は激昂し、ローブの男に殴りかかった。ガキ、と称したのはその身長と声の高さからだろうか。
「まぁ、間違ってはないけど」
ローブの男はそう呟き、男の右足に人差し指を向けた。それを、ゆっくりと横へ動かす。
ーーバキリ
「うぎゃあああああ!!?」
折れた右膝の骨の痛みに、男は悲鳴をあげた。女を羽交い締めにしている男も、女も、突然の出来事に呆然としている。
「どうした?躓いたのか?」
そんな男に、ローブの男は軽い調子で尋ねる。だが、男は答える余裕がなかった。
「てっ、てめえ!何しやがった!」
女を羽交い締めにしていた男は、ここでやっと女を手放した。目の前の存在をどうにかする事を優先したのだ。
「さあ?何だと思う?」
「殺してやる!」
膝を割られた男と、女を手放した男が一斉にローブの男へと襲いかかった。
「無力化は簡単だが、それじゃあ意味がない。もう二度とレイプが出来ないようにしてやる」
ローブの男は、その真っ白なローブのチャックを胸元まで開け、フードを脱いだ。ローブよりも更に白い、真っ白な髪の毛が月明かりに照らされる。
「さて、教育の時間だ」
白髪の少年は、コキリと首を鳴らした。
◇◇◇◇
俺はウィリアム・ランベルツ。見た目は子供、頭脳は大人の転生者だ。別に名探偵でもなんでない。むしろ、馬鹿だと自負してる。
「おい、ウィリアム。なんでここに呼ばれたか分かってるな?」
「いや、分からん」
俺は現在、中央騎士団の詰所に呼ばれていた。それも、中央騎士団団長、アルフレッド・トーチの執務室に。
「とぼけるな」
「いやいや、まじで分からん」
何だ?俺なにかしたか?
「はぁ。お前、昨日二人の男を捕まえただろ?性犯罪者の」
「あぁ、なるほど。それで給料アップの話か」
「違う!お前、昨日あの二人に何をした?」
「何って、別に何も?」
「何もしてない訳がないだろう?あの二人、身分を聞こうとしたのに『ごめんなさい』としか言わないんだぞ?あと、『白髪』と『子供』って単語に妙に怯える」
「知るか。ちょっと教育を施してやっただけだ。俺は悪くない」
そう、もう二度と犯罪をしないよう、少しばかり痛めつけてやっただけだ。
「お前、自分基準で考えているだろ?お前の少し痛めつけるは、常人からすれば拷問だ。分かってるのか?」
「ああ、はいはい。説教はもういいから。それで?本当の要件はなんだ?」
「……お前、本当にやりにくいな。なんで分かる?」
「逆に、本当に俺を呼んだのが説教のためだったら今すぐここを辞めてるよ。お前をボコボコにして」
俺はニヤリと笑みを浮かべながら答えた。それを見たアルフレッドは、もう一度ため息を吐く。
「お前を呼んだのは、頼み事があるからだ」
「拒否権は?」
「ない。これは『貸し』を使う」
「……何があった?」
アルフレッドが言う『貸し』とは、二年前、俺がウッドフォードと戦った時の事だ。あの時、アルフレッドは俺を罪に問わず、事後処理を行ってくれた。これは大きな『借り』だ。俺はそれを返すためならなんでもするつもりであり、それはアルフレッドも分かっている。それでいて、その権利を今使うというのは、余程の事があったに違いない。
「私は帝国に友人がいてな、その友人から要請があった。力を貸してくれ、と。詳しい事は分からないが、帝国内で不審な動きがあるらしい」
……思ったよりしょぼかった。
普通、それで国外に協力を要請するか?アルフレッドの友人で、国内の不審な動きに対応しようとしている。と言うことは、その友人とやらはそれなりの立ち位置にいるのだろう。そして、そんな人物が国外に協力を求めると言うことは……
「上層部のどこまで手が回っているか分からない。もしくは帝国そのものが敵、か……」
「恐らく、だがな。先程も言ったが、詳しい事はまだ知らされていない」
「だろうな。国内でも誰が味方か分からない限り、慎重にならざるを得ない」
「ああ。できる事なら私が行きたいが、立場上それは出来ない。だから信用できて、尚且つ一番腕の立つお前を派遣したい」
「お前に褒められると鳥肌が立つよ。今すぐにか?」
もし今すぐなら、学園への手回しをしなければならない。
「いや、まだ未定だ。帝国はリグゼルと戦争中。国内への訪問も厳しく取り締まられている。だから向こうで準備が整い次第、という手筈だ」
どうするか……と考えることはない。こいつへの『借り』を返すだけだ。
こうして、俺は帝国へ向かうことが決まった。