第三十話 嫌な予感
◇◇◇◇
「あんた、わざと倒れただろ?」
「……なんの話だ?」
気絶したウーガを保健室に運んだ後、入れ違いで保健室を出て行ったゲイルを俺は追い、そう聞いた。
「とぼけるなよ。まだ余裕あるだろ?」
「俺はあいつに倒された。それが事実だ」
「嘘だな。見たら分かる。多分、もう一戦ぐらいからやる余力が残ってるんじゃないのか?」
「……お前、何者だ?」
そこで初めて、ゲイルは振り返った。やっぱり、全然疲れていない。
「ウィリアム。ただのウーガの友達だ」
「……そうか、良い友人を持ったんだな」
「やっぱりあんた……」
「ウーガはな、俺よりも強い。なのに、あの性格がその力を抑え込んでいる。そのせいであいつは昔から虐げられててな。ただ、優しいだけなのに」
「あんたにもやられてたって聞いたんだけど?」
「事実だ。言い訳はしない。ただ一つだけ言わせてもらえるのなら、俺はゴライアス族の中で一番力加減が上手い自信があった。信じろとは言わないがな」
そう言って、ゲイルは俺に背を向けた。もう話す気はないのだろう。
「これからも、弟を頼む」
ゲイルは振り返りもせず、そう言って立ち去った。
「……めんどくせぇ兄貴だな」
まあとりあえず、ウーガには話さないでおいてやろう。ちっぽけな兄のプライドを守るために。
◇◇◇◇
「それにしても、ウーガってあんなに強かったんだね」
マナが呟いた。俺は無言で同意する。正直、想像以上だった。
最後の方のラッシュなんて、一撃の重さが半端じゃなかった。それを連発して、しかも受け続けたんだ。ゴライアス族怖すぎだろ。
ちなみにだが、六目の魔人であるラコバは三回戦で負けていた。相手はゲイルだったらしい。ほんと、ややこしい奴だ。
「まあ、マナは四回戦もあっさり勝ち抜いたけどな」
本当にあっさりだった。びっくりしたよ。
「あの程度、相手にならないよ」
マナは両腕をまともに使えない。種族柄、魔法も得意ではない。ただ、その強靭な足技だけで戦い抜いているのだ。よく考えると、俺より化け物かもしれない。
「次は五回戦か。なんか、本当に決勝とかまでいきそうだな」
「ふふん、そうでしょ?それに、またスカウトされたからね。そろそろ狙い所からもくるかも」
ああ、またワクワクしだした。
「じゃあ、ちょっと用事があるからここで」
「はいよ。気をつけてな」
「はーい」
走っていったマナの背中をしばらく眺め、俺は踵を返す。何しよう。
「っと」
と、一人の男にぶつかりかけた。学生服を着ていないし、どう見ても大人だ。学外からの訪問者か。
「すいません」
「いや、こちらこそすまなかった」
男は身体が高かった。少しボサボサな黒髪に、死んだような目。黒の布地に赤のラインが入った軍服を着ており、腰には一本の細剣が差さっている。見るからに軍人だ。しかも、漂う雰囲気は尋常ではなかった。
「……あなたは?」
「俺か?俺はランドルフ・クレムハート。帝国の軍人だ」
ランドルフ・クレムハート、か。俺はその名前を知っている。
「まさか、『帝国序列一位』の……?」
「ほお、俺を知ってるか。いや、人間なら知っていてもおかしくはないか」
ランドルフ・クレムハートは濁りきった目で俺をじろじろと観察した。俺は全力で隙を見せる。
「お前は?」
「私はウィリアムと言います。それで、ランドルフ様はここにはどのような件で?」
出来るだけ、話題の矛先を自分に向けさせたくない。早く話を切り上げたいが、あまり急いでは怪しまれる。帝国の人間には特に、正体をバラしたくない。
「使える人材がいないか探しに来ていた。が、もう帰るところだ。何人か気になる奴はいたが、俺の隊にはいらない」
そこでランドルフは言葉を切った。普通、人材探しって決勝とか見るだろ。やっぱり、『帝国序列一位』は目の付け所が違うのか?
それにしても、ここらで去るか?俺はそう考え、また踵を返そうとした。
「そういえば、お前は観てないな。トーナメントには参加していないのか?」
「………」
とぼけるか?初戦負けしたと言えば騙せるか?
……無理か。ランドルフは『俺の隊』と言った。それはつまり、第一軍隊のこと。わざわざ『帝国序列一位』の人間が、帝国が誇る第一軍隊の候補を探しに来ているのだ。恐らく、試合は全て観ている。その上で判断するはずだ。
「ええ、私は自信がないので。まだ一年ですし、今回は不参加にしました」
「なるほど」
不気味だ。何を考えているのか分からない。
「では、私はこれで」
俺は少し強引に去ることにした。このままでは、ボロが出そうだ。
「そうか。ああ、最後に」
「なんです?」
「お前、隙が多いな。不自然なほどに」
………。
「何の話です?」
「……いや、分からないならいい。止めて悪かったな」
ランドルフは行ってしまった。
「……はぁぁぁぁ」
長いため息をついた。短時間だったのに、めちゃくちゃ疲れた。あの目。死んでるみたいなのに、中身を見透かすような、そんな目。控えめに言って嫌いだ。できれば、もう関わりたくない。
そして、今日はなぜかあいつが来てる。姿は見せてないが、気配は感じる。魔力とか、そんなんじゃない。本能だ。あいつと一度でも出会えば分かる。その圧倒的な存在感に、例え近くにいなくとも本能が警報を報せてくるのだ。
エルドラド・ジニーウォークス。世界最強の男が、今、この中央に来ている。
「……厄日だ」
ほんと、ついてない。嫌な予感しかしない。もう、帰りたい。
◇◇◇◇
明日の五回戦の組み合わせが発表された。マナの対戦相手はウッドフォード・バラッド。この学園の五年にして、かつてマナの両腕を再起不能なまでに潰した張本人。
「マナ」
「………」
「マナ?」
「ん、なに?」
マナの様子がおかしい。マナだったら、『倍返しだ!』とか言って張り切りそうなものなのに、乗り気ではないように見える。むしろ、あまり戦いたくなさそうだ。
「どうしたんだ?元気なさそうだけど」
「そう?いつも通りだけど」
そんなんで騙せると思ってるのか?明らかにテンション低いぞ。
もしかしたら、マナにとってウッドフォード・バラッドはトラウマなのかもしれない。以前、俺がウッドフォード・バラッドを潰そうと言った時、マナは俺を止めた。その時はてっきりマナが自分で倒したいからだと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。
「……マナ。別に棄権してもいいんだぞ?」
「棄権?なんで?」
「いや、今のマナは……何か、怯えてるように見える」
そう、マナは怯えてる。少なくとも俺にはそう見えた。
「怯えてなんかない!」
マナは立ち上がってそう言った。マナに本気で睨まれるのは久しぶりだ。
「……そうか。ごめん」
「……ううん、こちらこそごめん。私、もう行くね」
マナは自分の部屋に帰ってしまった。マナと喧嘩したのは初日以来だ。しかも、五回戦は明日。タイミングは最悪だ。
「……はぁ」
ついてない。
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