第二十八話 ウサギは怒らせると怖い
◇◇◇◇
「えっへっへー」
マナがニコニコとしながらピースしてくる。俺、どういう反応したらいいんだ?
「どうだった?どうだった?」
「ああ、もう、うるさいなぁ。凄かったよ。かっこよかった」
「でしょ?」
学内トーナメントが始まった。既に三回戦まで終わっている。
今のところ、マナは三戦とも圧勝。本気のマナさんは凄かった。鉄製の盾を蹴りで真っ二つに割いた時はほんとに驚いた。対戦相手が降参したのも仕方なかっただろう。流石に俺でも、鉄製の盾を蹴りであそこまで綺麗に割れない。せいぜい、粉々になるぐらいだろう。
威力では当然負けないが、マナの蹴りには無駄な動きがないのだ。効率の良い衝撃の与え方をしている。だから、あんな綺麗に割れたのだ。割れたと言うより、切れたという表現の方が的確かもな。観客席から視力を強化して見たが、盾の断面は滑らかだった。あれだけを見て、原因が蹴りだと分かる奴はいないだろう。
マナを怒らせるのはやめよう。純粋にそう思った。
「正直、俺が思ってたよりも全然強かった」
「ふふん、もっと褒めてもいいよ?」
「はいはい」
俺はマナのウサ耳を撫でる。やはり蹴られた。が、躱す。躱しながら耳を撫で続けた。
「ちょ、やめてー!耳は嫌なの!」
「ははは、調子に乗るからだ。嫌だったら逃げてみろ」
よく考えたら、ここまで危ない威力を持つマナが俺を蹴ってたのって、結構ヤバかったよな。俺も身体はただの人間。何の準備もしていなかったらすぐに壊れる。マナが本気で俺の顎を蹴り上げていたら、俺の顔は吹き飛んでいたかもしれない。ただでさえ、普段は自分にリミッターをかけてるんだし。……怖っ!
「な、なんでさっきより激しく触るの!?」
「いや、なんか腹立ってきてな。今まで散々危ないことしてきやがって」
「なんのことよ!?」
「秘密」
俺は気が済むまでマナのウサ耳も触った。これ、セクハラじゃないよね?
◇◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ」
ウサ耳の毛と髪の毛をボサボサにされたマナは、息を荒くしている。一方、俺は満足していた。ふわふわで気持ちよかったのだ。
「そ、それにしても、ウーガもここまで勝ち残れるとは思わなかった」
ウーガもマナと同じく、三回戦を突破した。彼の場合、マナのような鮮やかな勝ち方ではないが。
まず、ウーガは頑丈だ。ちょっとやそっとの攻撃では意味がない。そしてあのパワー。相手がある程度のレベルでなければ、そもそもお話にならないのだ。
例えば、俺が魔法も何も使わずに突っ立っているとしよう。その場合、俺はアッサリやられる。殴られても、蹴られても、斬られても、刺されても、それらは全てダメージとして俺に届く。
だが、立っているのが俺でなくウーガだった場合、全て無効化されるのだ。殴っても蹴っても痛むのは自分の手と足。斬っても刺しても傷付くのは得物の方。もちろん一定以上の攻撃は通るが、それこそAクラスぐらいのレベルじゃないと難しい。要するに、種族としての格が違うのだ。
ゴライアス族というのは巨神グリゴリの系譜にあたると言われている。ウーガ・ゴライアスと名乗るからには、ウーガもそのゴライアス族なのだろう。そう考えると、ウーガがあそこまで頑丈なのにも納得できる。
「俺は勝つと思ってたけどな。あいつは確かに性格は臆病だけど、それ以上に潜在能力が高過ぎる。人間の俺なんかとは比べ物にならないぐらいに」
「そうなんだけどね〜」
「まぁ、流石にマナには勝てないと思うけど」
だってこの人、鉄の盾を蹴りで真っ二つにしちゃうんですよ?ウーガも真っ二つにされちゃうよ。
「なんか、自信なくなってきたんだけど」
マナはウサ耳をへにゃりと曲げてそう言った。その耳、そんな動きもするんだな。
「はは、それより、スカウトの方はどうなんだ?あれだけ目立てば既に声をかけられててもおかしくないと思うんだけど」
「されたよ。よく分からないところからだったけど、とりあえず二件」
二件か。それって割と凄いと思うんだが。
「まだまだだね。私は妥協するつもりはないから」
かっけぇ。ただのイケメンじゃねえか。
それにしても、やっぱりかけられてたか。てことは、各国からそれなりの要人が来てるってことだ。大丈夫だとへ思うけど、『赤紋』だってバレないようにしないと。念には念を入れて、な。
「まあ、ほどほどに頑張れよ」
明日からは四回戦が始まる。そろそろ、対戦相手も強くなってくるだろう。気を引き締めなければならない。まぁ、俺はあんまり関係ないんだけど。
◇◇◇◇
『あの人は僕の兄さんだよ。名前はゲイル。ゲイル・ゴライアス。時期族長候補の一人さ』
あの日、ウーガが学内トーナメントに参加すると決めた日、ウーガは俺にそう言った。
『ゴライアス族って結構過激な一族でさ、昔からリグゼル内でも覇権争いを繰り返していたんだ』
リグゼルというのは魔人族の国だ。魔人族の王、魔王が治める地。強力な魔物が跋扈する呪われた地。と言われており、実際その通りなのだが、別に魔王が何か悪さをしているわけでもなく、意外と観光地として人気が高い。
魔物が通常より強いことに関しては諸説あり、旅人も困らされているらしい。が、それを回避することが出来れば、過激派が住む地域にさえ行かなければ問題はない。ってギルが言ってた。
『僕はこんな性格だから、全然馴染めなくてさ。親からも見限られてたんだ。弱い者はゴライアス族にはいらないって。それで、僕は毎日同じ一族の人達に虐められてたんだよ』
ウーガの過去。軽い口調で言うが、当時は相当辛かっただろう。味方がいない環境は、人をひどく弱らせる。それは俺もよく知っている。
『兄さんには毎日のように泣かされてさ、親だって見て見ぬ振りだったし、僕はいつも独りだったんだ』
家族が味方をしないで、誰が味方をするというのか。殺意が湧いた。子を大事にしない親は嫌いだ。殺したいほどに。
『兄さんはゴライアス族の中でも特に強かった。だから、弱い僕が邪魔だったんだ。そして、居場所のない僕は中央に逃げてきた。なのに……』
その先で、また兄と関わることになってしまった。俺の軽率な行動のせいで。
『そんなことないよ。いつかは、こうなると思ってたんだ』
ウーガはそう答えてくれた。無理して笑いながら。本当に良い奴だ。それに反比例して、自分が嫌になる。俺が適当に言ってしまったせいで、こうなったのだから。それなのに、俺はただウーガを見守ることしか出来ないのだから。
「……はぁ」
俺は四回戦の組み合わせ表を眺めながらため息を吐いた。
ゲイル・ゴライアスvsウーガ・ゴライアス
そう、書かれた文字を眺めて。