第二十七話 知名度が上がるとめんどくさい
◇◇◇◇
「えっ、ウーガも参加するの!?」
「う、うん。一応ね」
ウーガはチラリと俺を見て答える。マナには悪いが、本当のことは言わないことにした。言ってしまうと、今すぐにでもあの2人を血祭りにあげに行きそうだからだ。
「へぇ〜、ウーガが学内トーナメントにねぇ……。なにかあったの?」
「え?い、いや、なにもなかったよ?」
「ふ〜ん」
マナ、疑いすぎだろ。気持ちは分かるけど。ウーガも目が泳ぎまくってるし。
「まあいいや。もしウーガとトーナメントでぶつかっても、私は手加減しないからね?」
「分かってるよ。……やっぱりちょっとだけ優しくしてくれない?」
「嫌よ。私の将来がかかってるんだもの」
まだ一年なのに、マナは随分今回のトーナメントにかけているようだ。俺がマナと初めて会った時、彼女は俺にもう人生のことを考えてるのかと言っていた。が、どう考えてもマナの方が考えてるな。
「ウィルは本当の本当に出ないの?ちょっと戦ってみたいんだけど」
「悪いが不参加だ。まぁ、この五年間で一回ぐらいは参加しようと思ってるから、その時までお預けだな」
「はーい」
一応、この学内トーナメントは死者が出る可能性もある。それなのにマナの目はキラキラ輝いている。……なんか、嫌な予感がするな。
「マナ」
「なに?」
「お前が学内トーナメントを楽しみにしてるのは分かったが、あまり甘く見過ぎるなよ?死ぬ可能性だって0ではないんだから」
「分かってるよ」
まあ、本当に危なくなったらトーナメント中だろうと割って入るけどな。
◇◇◇◇
「馬鹿なのか?」
「なんで罵倒?」
保健室の主、女の味方、男の敵、などと様々な異名を持つニーナ先生の元に、学内トーナメントに参加しないことを報告しに行った。彼女も俺の秘密を知る一人。と言うより、俺の秘密を一番知ってるのはニーナ先生だけだ。転生者ということと、赤龍との契約を除いて、俺が隠していることは全て知られている。
だから一応、と思ったのだ。なのに、
「馬鹿って……」
「馬鹿だろ。お前ぐらい強かったら、望むものは大抵手に入るんだぞ?」
「俺にとっては、それが自由なんですよ」
「だからってお前……はぁ」
ため息はやめろ、ため息は。なんか俺が凄えダメな奴みたいじゃないか。
「『赤紋』の噂だって、今やちょっとした伝説になってるんだぞ?お前が名乗り出て、証明のために実力を見せたらそれだけでお前は英雄だ」
「いいんですよ。俺は強さ自慢をするつもりも、どこかの国を守るつもりもないですし。自分が幸せになれたらそれでいいんです」
「ブレないなぁ……はぁ」
だからやめろって。
「それに、俺よりも強い人なんてたくさんいるでしょう?」
「確かにいるのはいるが、たくさんではない。お前はそろそろ自分の立ち位置を自覚しろ」
そんな事言われても、俺、対人戦なんてほとんどしたことないし。基本的にエルドラドにボコられてた記憶しかない。
「そう言えば、この学園にもいるぞ。お前よりも強いだろうな〜って奴」
「ウッドフォード・バラッド。じゃないんですか?」
「あ?知ってたのか?」
「いえ、以前聞きまして。マナの腕を潰したクソ野郎だって。そのマナが俺より強いかも、みたいなこと言ってたんで適当に答えました」
「お前……私は一応、この学園の教師だぞ?適当に答えるな」
「自分で『一応』って言っちゃうんですね」
「黙れ。お前が『赤紋』だってバラすぞ」
俺は無言で、土下座をする。この人にはしょっちゅう土下座させられてるからな、慣れたもんだ。流れるような動きで膝をつけ、無駄のない動きで額を地面につける。
「まあとにかく、あいつとならお前も楽しめるんじゃないか?」
「別に戦いに楽しさは感じませんよ」
ニーナ先生は俺のことを戦闘狂だとでも思っているのだろうか?
「まあいいや。今年は粒揃いって聞いてるし、お前が参加しなくてもほどほどに楽しめるだろ」
生徒の戦いを楽しみにしてるのか、この人。翼人族ってのは結構血の気が多いと聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。天使みたいな見た目なのに。
「ああ、そう言えば」
俺が保健室を出て行こうとすると、ニーナ先生がなにか用でも思い出したのか俺を止めた。
「なんです?」
「いや、昨日の事なんだがな、アルフレッドが来たんだよ」
またか。
アルフレッドはちょこちょここの学園に来る。もちろん私服で、正体は分からないようにしているが、それにしても中央騎士団の団長が一人で出歩くとはどういうことなのか。
龍種討伐後にあいつが学園に初めて来た時なんて、俺が部屋に帰ったら椅子に座って『やあ』とか言ってたからな。あれはビビった。咄嗟にジャーマンスープレックスをかましてしまったが、仕方ないことだろう。
しかも何に一番ビビったって、私服が死ぬほどダサい。ほんとに。四捨五入したら犯罪者ってぐらいダサい。あれは一回転生した方がいいレベルでダサい。
「それで、お前に頼みたいことがあるって」
「断るって言っといて下さい」
「分かった」
内容も聞かずに断った俺に、ニーナ先生も頷く。多分、アルフレッドもそれが分かっているから俺ではなくニーナ先生に伝言を頼んだのだろう。アルフレッドが団長になってから、国外からよく依頼がくる。あいつが団長として、まだまだ未熟だからだ。要するに、舐められているのだ。
その中には、『赤紋』と会わせて欲しいという話もあるらしい。どこもかしこも、強力なコネクションが欲しいのだろう。アルフレッドもそれに関しては呆れているようで、俺に聞くのも形だけになりつつある。
「今はまだ断れるのはアルフレッドが尽力してくれているからだが、あいつの立場を考えたらその内それも限界がくる。もし一国の王から申請がきたら、流石の中央騎士団の団長でも断るのは難しいからな」
「……分かってますよ」
そこなのだ。既に、エルフの里長から俺に会いたいと申請があったらしい。それはアルフレッドがエルフということもあってなんとか断れたが、それでもギリギリだったという。
一応、予防線は張っている。『赤紋』の素性が不明な点だ。アルフレッドも、生き残った精鋭の騎士も、俺の噂を流しつつも名前や容姿については黙秘してくれている。
俺としても、名前がバレるのだけは避けたい。名前がバレると、ランベルツ領にも多少の影響が及ぶだろう。領を継がないと宣言したのに迷惑をかけるなんて論外だ。いっそのこと俺のことを勘当してくれたらいいのだが、レクトとオリヴィアがそんな事をする訳がない。だから、俺がなんとかしなければならない。当たり前だ。
「ま、お前ならなんとかしてしまうんだろうけどな」
それは過大評価だ。今のところ、俺はこの世界に転生してからまだ何も為していない。我が儘を貫いているだけだ。我が儘を許してもらってるだけだ。
「まぁ、なんとかしますよ」
何の根拠もない。口だけ。こんな俺が、前世から変わることが出来るのだろうか?
学内トーナメントまで、あと3日。