第二十四話 決着は呆気なく
◇◇◇◇
「……あ?」
辺り一帯を真っ白に染め上げるほどの雷が落ちた。空が落ちた、と錯覚するほどに。
背後の歓声が悲鳴に変わる。振り返ろうとした瞬間に、俺の目の前で竜巻が起きた。俺はすぐに転移で逃げようとしたが、その前に今度は地震が起きた。それにより座標がずれ、転移に失敗する。俺は為すすべもなく巻き込まれた。
「ぐっ、がっ!」
なんとか自分に防御魔法をかけたが、竜巻の中でもみくちゃにされ、更に一緒に巻き上げられた岩などにぶつかっていては多少のダメージも受ける。既に、全身が痛い。
「うおっ!?」
竜巻に巻き上げられ続けた俺は遂に竜巻の上から空へと放り投げられた。全身が浮遊感に襲われる。そんな俺の真上で、空が光った。
「……やべ」
そして、雷が俺の体を貫いた。
「ああああああああああ!!?」
熱い痛い熱い痛い!!体が焼けてる!!
防御魔法のおかげで死にはしなかったが、視覚と聴覚は潰された。回復までは時間がかかる。しかも、全身に力が入らない。俺は力無く落ちていく。
「うぐっ」
地面に落ちた。痛い。周りの状況が分からない。
これは天変地異だ。龍種は天変地異を起こせる。俺はそれにまんまとやられたわけだ。
「ウィリアム!生きてるか!?」
ギラウスの声が聞こえた。多分、俺の耳元で叫んでいるのだろう。微かにだが聞き取れる。
「……あ」
声が出ない。喉もやられたみたいだ。
「……無事、だっ……たの、か?」
「ああ、部下が俺を庇ってくれてな。くそっ!団長なのに情けねぇ!」
その部下は死んだのだろう。ギラウスの口調から察することが出来た。
「既に俺の部下はほとんど死んだ。だから、俺はこの戦いに負けるわけにはいかない」
……俺には関係ないね。
「だからウィリアム。勝つために力を貸してくれ」
だが、勝つためって言うなら仕方ない。どれだけでも貸してやる。都合の良いことに、俺もあいつには腹が立ってたんだ。
「アルフレッドもいるが、あいつももう戦えない。俺たち2人でやるしかないんだ」
おいおい、俺のことは叩き起こすって鬼畜かよ。
「……勝算、は?」
「一つ、作戦がある」
ギラウスが提案する作戦は不確定要素が多かった。多かったのだが、それしかない。
「お前は……それで、いいのか?」
「ああ。言っただろう?俺は負けるわけにはいかないんだ。あいつらの分まで、絶対に」
ギラウスの決意は固かった。なら、俺が言うべきことはもう無い。
「……片目だけで、いい」
ギラウスが俺に治癒魔法をかけようとする。その時に俺は自分の右目を指差した。
「分かった」
目さえ見えるようになれば、あとは自分で自分に回復魔法をかけれる。
「もう大丈夫だ。あとは自分でやる。……ほら、右手を」
「ああ」
ギラウスが差し出した右手に、俺の魔力を付着させた。
「よし、こっちの準備は出来た。あとはあっちだけだ」
「頼んだぜ」
「任せろ」
俺の答えを聞いて頷いたギラウスは緑龍を睨みつけた。
「おおおお!!」
ギラウスの角が伸び、魔力が高まる。鬼の本領発揮だ。そして、ギラウスは緑龍へと向かっていった。
俺は自分を回復させながら、ヨロヨロと歩く。足にもダメージがあったらしく、真っ直ぐ歩けない。
背後から、ギラウスと緑龍の激しい戦闘音が聞こえた。それでも俺は振り返らない。ゆっくりと、兵器が転がっている場所まで歩く。
兵器は既に壊れていた。正確に言うならば、砲弾を射出する部分が壊れていた。だから俺は砲弾に触れる。大丈夫、これはまだ壊れていない。
俺は用事を済ませて、振り返った。両目の視覚は取り戻したが、全身が酷く痛むのは変わりない。視線の先では、未だにギラウスが緑龍と戦っている。ギラウスは全身から血を流しながらも、緑龍とやり合っていた。流石、魔人族だ。人間族の俺は他種族と比べて体が脆いが、ギラウスは違う。多少のダメージではビクともしない、屈強な鬼なのだ。
俺はゆっくりと近付いていく。そう、ゆっくりでいい。俺はもう、緑龍と戦わないのだから。
「う、うぅ」
アルフレッドが倒れていた近くまで歩いてきたらしい。呻き声が聞こえた。見ると、アルフレッドがなんとか起き上がるところだった。
「ウ、ウィリアム……」
「よお、アルフレッド。無理すんな。もう、お前に出番はないから」
「それは……?」
「お前らの団長からの伝言だよ。お前らはよく頑張った。ゆっくり休んどけってな」
「団長が……?」
アルフレッドは、そこで緑龍と戦うギラウスに気付いた。
「団長っ!……ぐっ」
ギラウスに加勢しようと思ったのだろう。いきなり動こうとしたアルフレッドは、しかし激しい痛みに顔を歪めて蹲った。
「ウィリアム!!」
ギラウスの叫び声が聞こえた。ちょうど、ギラウスが緑龍の両の手を弾いたところだった。ここか。
……悪いな、アルフレッド。でも、これはお前らの団長の頼みなんだ。
俺は、さっき触れて魔力を付着させた砲弾を、ギラウスの右手に転移させた。
「っ、ちゃんと転移もんだなぁ!」
ギラウスは砲弾を抱え、笑った。馬鹿野郎。俺が転移を失敗する訳ないだろ?……ついさっき失敗したばっかだったわ。
「だ、団長……?」
アルフレッドは呆然としている。まだ、状況がよく分かっていないのだろう。
ギラウスが行動に出るより先に、緑龍が動き出した。ったく、世話の焼ける。
俺は転移して切り落とした緑龍の爪を拾い、そして緑龍の背後に転移んだ。
「じっとしとけっ!!」
緑龍の尻尾に爪を突き刺す。流石は龍種の爪。同じ龍種の尻尾に突き刺さり、地面に縫い付けた。
「はは、助かったぜウィリアム!あとは任せた!」
ギラウスはそう言って砲弾を抱え、緑龍に突進した。人外の力で押し込まれた砲弾は緑龍の鱗に深々と突き刺さり、そして、砲弾を直接掴んでいるギラウスによって底上げされた爆発が、緑龍を体内から襲った。
「ーーーーー!!!」
緑龍がのたうちまわる。が、尻尾を地面に固定されてるためにあまり動けない。しかも、その動きも少しずつ鈍くなってきた。最後は、俺の役目だ。
「団長ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ギラウスは砲弾と共に爆散した。あの爆発をゼロ距離から受けたのだから当たり前だ。アルフレッドの悲痛な叫びは無視する。ここで止まったら、それこそギラウスの覚悟が無駄になる。あいつは、俺に託したんだから。
俺は転移をし、緑龍の頭上へと移動した。右手に力を込めて紋を輝かせ、更に魔力を纏わせる。が、これで終わりじゃない。ここで殺り損ねる訳にはいかない。俺はリミッターを全て解除した。
「これで……一生眠ってろ!!!」
そして、緑龍の脳天に拳を撃ち込んだ。
俺の拳は鱗を破り、肉を貫き、骨を砕く。そのまま緑龍の頭を地面へと叩きつけ、大きなクレーターを作った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
……終わった。緑龍の顔は潰れ、魔力ももう感じられない。俺たちの勝ちだ。
右腕がやばい。めちゃくちゃ痛い。めちゃくちゃ痛いのに、ピクリとも動かない。感覚がない。100パーセントの力で殴ったからだろうが、思ってたよりも反動がでかかった。右肩から先がなくなったみたいだ。
「いや……勝ちではないか」
俺は周りを見渡しながら呟いた。百を超える騎士と挑んだこの戦い、最後は緑龍を倒したが、こちら側も生き残ったのは二十人にも満たない。
それでも、終わった。
「……おい、ウィリアム」
「なんだ?」
フラフラと、アルフレッドが近付いてきた。何故か、俺を睨んでいる。
「なんだ?じゃないだろ!?団長が死んだ!お前のせいで、団長が死んだんだ!!!」
……は?なに、こいつ。殺してもいいかな?
ああ、ギラウスが最期に『あとは任せた』って言ったのは、こういうことか。あの野郎、めんどくさいこと押し付けやがって。