第二十三話 紋は光る
◇◇◇◇
緑龍が咆哮を吐き終わった後に残ったのは巨大なクレーターだった。俺以外にもそれなりに逃れていたが、今ので騎士の半分は殺られた。跡形も残らずに。
「……くそが」
ここの騎士には良い印象がない。それでも、一緒に戦っていた奴が死ぬのは少々堪えるな。それに何より、新兵器とやらがほとんど壊された。正確に言うと消された、なのだが。
「おい!お前ら大丈夫か!?」
ギラウスが部下に声をかける。その顔は憤怒の色に染まっていた。まあ、自分の部下が既に半分は殺されたんだ。穏やかではいられないだろう。
「……なんだ?」
右手がほんのりと熱い。手袋を取ってみると、例の紋が禍々しく輝いていた。ちょっと、嫌な予感がする。
「まあ、いい」
目の前に降りてきた緑龍に目をやる。俺はリミッターを外し、70パーセントまで戻した。体が壊れるとか、今は言ってられない。多少の無理は元よりするつもりだったしな。
「……ギラウス、アルフレッド。お前らも兵器の準備を頼む。出来るだけ早めに、な」
今のギラウスは精神的に戦うのはまずい。怒りは人の視界を狭め、思考を鈍らせる。アルフレッドはそもそも通用しない。なら、俺が一人で引き受けるしかない。
「……そうだな。分かった」
ギラウスは一度深呼吸をして答えた。やっぱり、あいつは歴戦なんだろうな。理解している。本当は戦いたいだろうが、今の自分では冷静に戦えないと。そこに関しては素直に尊敬できる。俺では、理解してても自分を抑えられないから。
兵器は3台しか残っていない。準備には膨大な魔力を使う。騎士が複数人で取り組まないと撃つことすら出来ない代物だ。燃費が悪過ぎる。その準備も途中で中断させられた今、ギラウスとアルフレッドという膨大な魔力を保持する二人がそこに加わるのはでかい。
「さあ、しばらくはタイマンだクソ野郎」
緑龍が予備動作なしで巨大な火球を撃ち出してきた。俺はそれをハクで真っ二つにすると、一歩の踏み込みで体を飛ばし、緑龍の顔の横まで移動する。常人ならば消えたように見えるだろうスピードで動いたのだが、緑龍は甘くなかった。眼が俺を捉えてる。
「っ!」
俺めがけて振られた腕を空中で体を捻ることでなんとか躱す。
「跪け!」
俺は魔法を行使する。緑龍の足元に強力な重力場が発生し、その巨体を大地へと貼り付ける。が、すぐに引き剥がすだろう。それまでに一撃を加えなければならない。俺は左手を緑龍に向けた。
「灼天大砲!」
高熱を帯びた光線が、一直線に緑龍へと吸い込まれる。それは翼に直撃し、少しだけ火傷を残した。緑龍が悲鳴をあげる。
「うるっせぇ!」
今度は右手で模倣術式を展開し、もう一度『灼天大砲』を放った。それはさっきと同じく一直線に緑龍へと伸び、そして翼に大きな風穴を開けた。
「……え?」
模倣術式は確かに元の魔法よりも威力が出る。でも、ここまで上がるか……?
「ーーーーーっ!!!」
緑龍が更に悲鳴をあげる。一瞬、体が硬直した。やばい。
「っ!!」
緑龍はその隙を見逃さない。緑龍は即座に重力場の束縛から抜け出すと、空中で体を硬直させている俺に爪で攻撃してきた。驚いたことに、俺の体の硬直は既に解けている。ハクで体を隠す。が、爪に弾かれてしまった。緑龍は今度は頭突きを繰り出す。一か八か、俺は右手を前に出した。
当たり前だが、俺はめちゃくちゃ吹っ飛ばされた。体が空中にあった分、飛距離は馬鹿みたいに伸びる。だが、
「……怪我はない」
頭突きを正面から受け止めた右手は無傷だった。
「やっぱりそうか……」
俺は近くの岩に着地して右手を見る。手の甲に刻まれた紋が赤く輝いていた。
この紋が刻まれたこの右手は、恐らくあの赤龍の加護を受けている。これは仮説に過ぎないが、それと同時にこの仮説が正しいと俺は確信している。理由は分からない。あいつの気まぐれかもしれないし、他の理由があるのかもしれないが、それでも、今の状況で役に立つのは明白だ。なにせ、あの緑龍相手に通用するのだから。
「ふ〜、はぁっ!!」
足をバネにし、遠く離れた緑龍へと突進する。その途中、地面に突き刺さっていたハクを引っこ抜いた。
剣戟が響く。俺のハクと緑龍の爪が何度も激突する鈍い音だ。ハクを右手で待つことでパワー負けすることもなくなった。とは言ってもそれを支える体は変わってない訳で、一撃を受ける度に衝撃が全身を走る。それだけでも気絶しそうなぐらいの苦痛だが、ここが耐えどころだ。既に二本の爪を切り落とした。出来る限り体に防御魔法をかけて耐久力を底上げする。
それにしても、
「まだか!?」
兵器の準備が遅い。が、進捗を確認する暇はない。この攻防の中に後ろを振り返る間がないのだ。
剣を振る速度を更に上げる。三本目の爪を切り落とした。緑龍が息を吸い込む。
「だらぁっ!!」
咆哮をハクで真っ二つに斬った。やっぱり、こいつの斬れ味は半端じゃない。俺もうっかり刃を触らないようにしないとな。
「氷葬!」
緑龍が氷の中に閉じ込められる。かなり魔力は込めたが、すぐに出てくるはずだ。俺は転移を発動しギラウスの元まで行く。
「準備出来たぞ!」
やっとか。
兵器は巨大な砲弾だ。先を軽く尖らせている。これは、砲弾を対象に食い込ませ、内部で炸裂させる仕組みになっている。前世の徹甲榴弾に近い。と言うか、同じだ。違う点と言えば、前世の世界ほど科学が発展していないため、動力が魔力ということぐらいだ。
「三発しかない。一発も無駄に出来ないぞ」
「確実に当てる必要がある。どうする、ウィリアム」
そこで俺に振るなよ。
「同じようにやるしかねぇだろ。俺があいつの隙を作って、お前らがそれを見逃さずにぶちかます」
バキバキと音を立て、緑龍が氷を砕き出てきた。あれ、普通は内側から砕けないんだけどなぁ。
「絶対に、見逃すなよ?」
俺は右手に力を込める。紋が赤く輝いた。
「じゃあ、行ってくる」
地面を強く蹴る。もう転移は出来るだけ使わない。そろそろ魔力が怪しくなってきたからな。だからと言って、本気でも走らない。70パーセントまで戻した今の俺が本気で走ったら、多分足がイかれる。
「雷槍」
俺の周囲に雷の槍が無数に浮かび上がる。
「いけ!」
それらが一斉に緑龍へと迫った。これだけの電量だ。多少は麻痺するはず。案の定、緑龍は動きを鈍らせた。
「うらっ!」
俺は右足に全力で魔力を込め、緑龍の顎を蹴り上げた。緑龍は仰け反り、鱗の薄い腹が露わになる。
「ここだぁ!!」
騎士達が叫びながら砲弾を発射した。魔力でコーティングされ、更に加速し続ける砲弾は一瞬で緑龍へと至り、脇腹辺りに突き刺さる。そして、爆ぜた。
「ーーー!!?」
ムーア区域に、緑龍の悲鳴が響き渡る。その脇腹からは真っ赤な血が噴き出していた。
背後から歓声が聞こえる。やっと当てることが出来た兵器が通用したのだ。それは分かる。だが、流れ的にはめちゃくちゃやばいぞ?
緑龍の目が赤く光り出した。嫌な魔力を感じる。
「……あ?」
そして、空が落ちてきた。