第二十二話 全然本気じゃなかった
◇◇◇◇
「ギラウス!アルフレッド!背後に回れ!」
俺はそう指示を出して、すぐに緑龍に炎弾を放った。威力はない。狙いを俺に引きつけるためだ。緑龍は俺を睨み、爪を向けてきた。が、その攻撃は知っている。
「っ!」
っぶねぇ!全力で回避して何とか間に合ったが、俺が知ってるのより全然速いんだけど!あのクソ野郎、どんだけ手ぇ抜いてたんだよ!?
「ふっ、くっ、」
一撃を躱すだけでもかなりの労力だ。一瞬でも気を抜いたら殺られる。まじで。これ、アルフレッドにはちょっとキツいな。
「援護部隊!撃てぇ!!」
ギラウスの叫び声に反応し、俺の頭上を越えて無数の魔法弾が緑龍へと飛んでいった。それらは一つ残らず全て緑龍に直撃したが、緑龍は無傷だ。
「はぁ、はぁ、正直、今のは助かった」
全くダメージを与えなくとも、一瞬の隙は生まれる。そこをついて俺は一時離脱した。開戦からまだ数秒、既に息が切れている。
「大丈夫か?」
「ああ、まだ何とか出来るだろうが……やっぱり、想像以上だった」
俺は転移魔法が得意だ。遠距離となればいくつかの条件が必要になってくるが、近距離、中距離ならほとんどノータイムで発動することができる。つまり、逃げる事に関しては大の得意なのだ。エルドラドの攻撃から逃げるために身につけた魔法という、由来が少し情けないのだが。
「打ち合わせ通り、基本俺が注意を引きつける。ギラウスとアルフレッドは隙を突いて攻撃を仕掛けてくれ。頻繁に仕掛けなくていいから、出来るだけ強力なのを頼む。んで、さっきみたいにちょこちょこ援護の指示を」
俺はいわゆるタゲ取りだ。収納魔法を展開し、ハクを取り出す。
「行くぞ!」
俺はハクを握り締め、緑龍に向かって正面から突撃した。振り下ろされる爪を躱す。少しずつ目が慣れてきた。
「ふんっ!!」
ギラウスが気合一閃、大きく振りかぶった騎士剣を緑龍の背後から直撃させた。その鱗に傷はないが、かなりの威力だったのか緑龍が傾く。流石だ。俺はすぐに転移を発動し、緑龍の懐に潜り込んだ。
「らぁっ!!」
ハクを横薙ぎに振る。思った通り腹の鱗はあまり厚くないのか、それともハクの斬れ味が良すぎるのか、そのどちらもだと思うが緑龍の腹には大きく一文字の傷ができた。血が噴き出す。
背後で騎士達の歓声が聞こえたが無視だ。転移を3度連続で発動し、俺はすぐに距離を取った。
「耳を塞げ!」
「ーーーーーっ!!!」
俺がそう叫んだのとほぼ同時に、緑龍も『叫んだ』。だが、俺は事前に知る限りの情報を伝えているために、対策は万全だ。
「アルフレッド!俺に合わせろ!」
「分かった!」
ギラウスとアルフレッドが高速で動き出した。合わせ技か?ちょっとカッコいい。
「……あ?」
消えた?
「おい、ウィリアム。これはどういうことだ?」
アルフレッドに尋ねられるが、俺も分からない。緑龍が、消えたのだ。
「おいおい、なんだこれは?あの巨体がどこに消えたってんだ?」
ギラウスも首を傾げている。俺たち3人が、揃って緑龍を見失ったのだ。
いや待て。俺はどのタイミングで緑龍を見失った?もしも姿を消せるなら、その消えるタイミングは分かるはずだ。だが、俺にはそれが分からなかった。そんなことががあり得るのか?
「ぎゃあああああああああ!!」
また、背後から悲鳴が聞こえた。急いで振り返ると、背後で待機していた部隊が緑龍に襲われている。
「っ、なんで……!」
俺は即座に転移し、緑龍の正面に出る。そして右手を向けた。
「爆塵!!」
俺の魔法な中でも最大規模の爆発魔法。それを緑龍に直撃させた。流石の緑龍も仰け反る。
俺はリミッターを外し、50パーセントまで力を戻した。
「喰らえっ!」
俺は即座に模倣術式を展開し、自分が放った『爆塵』を10回模倣した。全ての過程を省略した上で、元の魔法の数倍の威力を出すことができる俺の切り札の一つ。その代償として消費魔力が莫大なため、リミッターを外さざるを得なかった。
俺は普段、自分に制限を掛けている。意識して、などではなく、自分自身に封印魔法を掛けているのだ。俺の身体が、俺の力に耐えられないからだ。だから普段は30パーセントまで抑えている。実はと言うと、俺はウーガと同じで自分の力加減が下手くそなのだ。しかも、ウーガとは比べ物にならないぐらい力が強い。故に、自分で力を封印した。
腹の底まで響くような轟音が連鎖する。これで多少はダメージを与えたい。
「おいおい……嘘だろ?」
緑龍は少し火傷をした程度だった。鱗の一つも剥がれていない。出来る限り全力で撃ったのに、お兄さん、傷つくなぁ。
「お前ら!早く退がれ!!」
俺は背後の騎士に叫ぶ。前方では、緑龍が大きく息を吸っていた。咆哮だ。多分、騎士達の回避は間に合わない。どれぐらいの範囲をカバーできるか分からないが、またハクで真っ二つにするしか……
「ぶっ!?」
突如、横薙ぎに払われた尻尾に弾かれた。なんとかハクで防いだが、勢いまでは殺せない。訳が分からない内に飛ばされ、地を削りながら転がる。全身が痛い。赤龍のを受けた時よりも強烈だ。ほんと、あいつどんだけ舐めてたんだよ。
「ぐ、うぅ、がはっ」
血を吐き出す。緑龍は遥か遠くだ。今にも咆哮を撃ち出そうとしている。が、ギリギリ間に合った。
緑龍の尻尾には俺の魔力をなんとか引っ付けることができた。そこを起点に、緑龍を転移。俺の真横、そして俺の反対方向に向けて移動させた。
「ーーーーーっ!!!」
咆哮が放たれる。誰もいない方向へ。あ、ダジャレじゃないよ?
咆哮はムーア区域の豊かな自然を一撃で無に帰してしまった。残ったのは赤龍の時と同じ、燃え盛る大地だけだ。
「はは……間に合った」
俺は軍の側へと転移する。
「おい!大丈夫か!?」
「これ……大丈夫に見える?」
「やっぱりやばいか?」
「うん、やばい」
内臓がイかれてる。またこれかよ。痛いのは勘弁して欲しい。
「治療班!ウィリアムの治療を急げ!」
ギラウスが叫ぶと、数人の騎士が駆けつけて来た。ありがたい。
「アルフレッド!いくぞ!」
「はい!」
ギラウスとアルフレッドが緑龍へと走って行く。俺はその様子をじっと見る。
ギラウスが緑龍の攻撃を受け止め、アルフレッドが一撃を当てた。が、ダメージはない。
「っ!」
また消えた。ずっと見ていたが、突然だ。突然、消えた。いや、消えたように見えた。
俺はすぐに探知魔法を展開する。やっぱりだ。反応はある。でも、姿が見えない。
「全員固まれ!!」
俺は治療を切り上げてもらい、軍を集めた。
「おい!ウィリアム!また消えたぞ!」
「消えてない!消えたように見えてるだけだ!」
これも聞いたことがあるだけだが、龍種は周辺の認識を支配出来るらしい。つまり、今の緑龍は俺たちの認識を操り、自分を視認出来ないようにしているのだ。そしてその支配が解けるのは、
「恐らく、奴が仕掛けてくる時だ」
俺は見解をみんなに話した。
俺たちは今、兵器部隊を囲むように背中合わせに並んでいる。いつ、どこから緑龍が現れるか分からないからだ。突然、どこに現れるか分からない緑龍に対応出来る可能性は極めて低いが、対策をしないようかはマシだろう。
「確かに……緑龍は攻撃の直前には姿を現してたな」
アルフレッドがそう呟き、剣を更に強く握った。少し、震えている。理解したのだろう。さっきまでの攻防から、自分の力が緑龍の足元にも及んでいないことを。
エルフという種族は総じてプライドが高いらしい。こいつもきっと、悔しくて仕方ないに違いない。まあ、俺には関係ないけどな。
「……出てこないな」
「逃げたのか?」
そんな会話が聞こえてきた。馬鹿なのか?そう考えたら相手の思うツボだろうが。現に、探知魔法はさっきからずっと反応している。ただ、その反応地点があやふやなのだ。
それにしても、良い天気だ。風はないが、涼しくて過ごしやすい。空には雲一つなく、のどかな日の光が俺たちを照らしている。足元の草がサラサラと音を立てながら揺れ、平和な雰囲気を醸し出し始めた。龍種と戦っている最中だってのに、ムーア区域ってのは本当に良い場所だな。
……風はないのに、なんで草が揺れてる?
「っ、下だ!!」
足元の草が急激に伸び始め、俺の足に絡みついていた。周りも見ると、他の騎士も同じような状態だ。
「早く解け!」
これはまずい!
「緑龍だぁ!」
悲鳴が聞こえた。頭上を見ると、緑龍が翼を広げて飛んでいる。口の端からは火の粉を散らしていた。もう、準備済みらしい。
俺はすぐに足に絡みつく草をハクで斬り裂いた。魔力で動いているからか、耐久力が尋常ではなく、引き千切るには少し時間がかかりそうだったからだ。
「……これは無理だな」
他人に気をかける時間がない。俺はすぐにその場から飛び退いた。そしてすぐに、空から大地へと真下に咆哮が放たれる。一直線に、圧倒的な破壊をもって。
開戦して約30分。既に状況は最悪だ。そして俺はふと、右手に熱を感じた。
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